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2004.12.26

関西にもゲタ電があった頃(1)

写真を撮り始めた頃は、旧型国電もたくさん走っていました。まだ、東海道山陽緩行線にも72・73系のブドウ色の電車が走り片町線や阪和線へ行くと朱色スカ色の旧国の方が多い位でした。
その中から何枚かUPして見ます。

 撮影メモを見ると、このときは鳳駅西口を出て(なぜか改札口が無人だったので、京阪との連絡乗車券はそのまま記念に残っています。)羽衣支線に沿って東羽衣まで歩き、東羽衣から鳳まで支線を乗りつぶしし、そのあと鳳駅構内で撮影しています。

2004122601←クモハ60-157
ウィンドシル・ウィンドヘッダーがきれいに残っています。


 
2004122602                        クモハ76-338→

         全金属車、なぜか湘南タイプの先頭車は写していません。残念。


2004122603←クハ55-336
ノーシル・ノーヘッダー車です。


2004122604                       クモハ60-121→

                        東羽衣支線運用車です。


2004122605←クハ55 区間快速和歌山行き

サボのデザインがシャレています。






↓クモハ60(東岸和田行き) ↓クモハ60(和泉府中発天王寺行き) 撮影日=昭和49年3月17日
   2004122606      2004122607

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コメント

はじめまして。旧型国電が好きなSATOです。
関西の旧型国電は一度も見ることなく引退されてしまったのですが、随所に関西らしさが出ていますね。
関東は箱型のサボ受けでしたが、関西は引っ掛ける方式でしたよね。またHゴムで改造するところも心持ち小さくなっていますね。
当時の大鉄局は同じ国鉄でも個性がありましたね。

SATOさん、こんにちは。ご覧頂いてありがとうございます。
70年代末は、国鉄・私鉄を問わず、まだまだ釣掛電車が多く活躍しておりブルトレや特急電車ならまだしもゲタ電にカメラを向けると変な顔をされたものです。
80年代に入るといわゆる旧型EL、ECブームが起こり、飯田線や宇部小野田線のフィーバーにつながっていくわけですが、その頃の写真もおいおいアップしていきますのでまた見ていって下さい。

初めまして。旧型国電にはあまり詳しくないのですが、そのワイルドな外観には圧倒されます。それにしても、折角端麗な半流も、Hゴム窓でバランスが崩れてしまいましたね。当時の人はあまり美的感覚にはこだわらなかったのでしょうか。

Primera

 Primeraさん、こんにちは。お越しいただいてありがとうございます。
>>当時の人はあまり美的感覚にはこだわらなかったのでしょうか
そうですね。耐用年数の長い鉄道車両は陳腐化が避けられず、部品の入手難とサービスレベルの維持のための改造は仕方なかったのでしょうね。私も撮る時は旧型を狙ってましたが、毎日の通勤通学時は新車を選んでましたから(^^)

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