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2004.12.15

電車の音のきおく

「HPを作ってやろう」なとど大それたことを考えたばっかりに古い写真を整理するはめになりました。
実家へ戻って、アルバムとネガシートを取り出して眺めてみます。
あたりまえのことですが、人物は若く、背景は古いです(^^:

2004121501今昔が知りたくて、町を走ってみました。
一面田んぼの中を走るポール電車も、今は、線路が複線化され、周りは家だらけ、おまけに線路際はフェンスで囲われ、写真撮影もままなりません。

都心のちんちん電車は、とっくの昔に廃止され、今とおってもここに電車が走っていたとは信じられません。架線柱を転用した電柱が、わずかに電車の遺構として残っているだけです。

でも、電車の『姿』はなくなっても、『音』が記憶となって耳の奥に残っています。
ポール電車がポイントを渡る時、ポールが架線を乗り越す「ゴトン」という音、続いて車掌さんが鳴らす「チリン」という電鈴の音、ノッチが「カチッ」と入って、釣り掛けモーターが唸る「ゴォー」という音、「お待たせしましたこの電車は・・・・・・」

2004121502ギィー」と市電の止まる音、「チャリン」と硬貨を運賃箱に入れる音、「♪りんごの花ほころび、川面にかすみたち・・・」と「カチューシャ」のメロディーで始まる車内放送、「ピンポンパン、毎度ご乗車ありがとうございます。この電車は高野から東山通り・・・・・・次は植物園前・・・・」

過ぎし日よもう一度

写真上 京福電車鞍馬線 八幡前-宝ヶ池間 昭和49年3月17日 デオ302号 出町柳行き
今は、この写真をとった場所は、線路際まで民家が迫り、比叡山を望むこともままなりません。

写真右 阪神電車北大阪線 中津電停 昭和49年5月5日 33号 野田行き
今は、この線路敷き自体が道路に飲み込まれ、代替の阪神バスが往事を偲ばせるのみです。

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コメント

 なかっちょさん、こんにちは。
 「架線柱を転用した電柱」という文字に、歴史談話室は惹かれてしまいます(^^;。
 阪神の軌道線には縁がありませんでしたが、叡電は、何とかポールの時代に乗れました。ただ、その後に訪れていないのですが。

 伊 謄さん、こんにちは。
Ftrainでは、お世話になっております。
架線柱は、線路がなくなっても、別用途に転用されて、歴史を教えてくれますね。路面電車の遺構では、橋(陸橋)の上に良く残っています。梅小路SL館に近い七条大宮の交差点へ行くと、今にも東寺の塔をバックに国鉄陸橋を市電が走ってきそうな気がします。

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