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2004.12.18

ひと昔前の叡電

私の鉄道趣味の原点は、家の前を走る叡電です。
写真を撮り始めた頃の叡電のラインナップを紹介します。


2004121807


デナ21型24号 


めずらしい試運転列車の写真です。宝ヶ池陸橋より写しました。
昭和49年3月9日



2004121801


デオ200型204号 


鞍馬行。宝ヶ池駅にて写しました。
昭和49年3月9日










2004121803


デオ300型302号 


岩倉行。宝ヶ池駅にて。


当時の叡電のクィーン、仲間内では「新車」と呼ばれていました。カルダンモーターの静かな走りと、全金属製の車体が、すてきでした。写真ではポールの先端が写ってなくて残念(^^)
昭和49年3月9日

2004121804デナ500型503+504号


出町柳行。八瀬遊園-三宅八幡間にて。


叡電で最多勢力10両を誇った電車。ブレーキの関係で鞍馬線は二軒茶屋までしか入線できなかったため、主に叡山線で使われました。夏休みのプール輸送のため2連で運転中。
昭和49年7月20日

2004121802


デワ100型101号


宝ヶ池駅構内にて。


有蓋電動貨車のデワ101号、仲間内では「荷物電車」と呼んでました。叡電には貨車は似つかわしくなかったのでしょうか?宝ヶ池の構内は、いまもほとんど変わっていません。無人化されたのと、構内踏切に遮断機が付いたのと、側線の配線が変わったのと、場内信号の位置が動いたのと、案内版が新しくなったのと、保線事務所が移転して、跡地がマンションになったのと・・・・、アレ結構変わってるのかな?
昭和49年3月9日

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コメント

 なかっちょさん、こんにちわ。お邪魔します。
ポール集電の叡電なら、私も記憶あります。比較的最近までポールだったと思うのですが、どうでしょうか。うーん、なつかしいなあ!

 silver krisさん、いらっしゃいませ。ftabiではお世話になってます。
 叡電のポール電車がなくなったのは、昭和53年の秋で、京都市電の廃止とほぼ同じ時です。ほんとに最近まで走ってるような気がしますが、もう20数年経っているのですね。

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