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2006年1月に作成された記事

2006.01.29

カードコレクション(1月分)

最新収集した、カード・チケット類の中からいくつか紹介していきます。ある程度まとまったら、HPの「切符館」で分類→公開する予定ですが、いつになることやら(^^ゞ

2006年1月収集品 (カード)

図柄  名称、発行日
発行箇所、金額
060101 スルッとKANSAI
ラガールカード
犬シリーズ
ミニチュア・シュナウザー
2006/01/01
河原町駅
1000円

(今年の収集第1号)
060105 スルッとKANSAI
ラガールカード
犬シリーズ
3匹の柴犬
2006/01/01
山田駅
1000円
060118 スルッとKANSAI
パストラルカード
猪名川町制
50周年記念
20065/01/18
日生中央駅
1000円
051207   スルッとKANSAI
ラクヤンカード
電車シリーズ
3011形
2005/12/07
梅田駅
1000円
 060106 スルッとKANSAI
レインボーカード
OSAKA PiTaPa
導入記念
2006/01/06
東三国駅
1000円
060122   スルッとKANSAI
Kカード
ぼくもわたしも京阪の
駅と電車のデザイナー
2006/01/22
枚方駅
1000円

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2006.01.28

基礎配筋

今週は、基礎の掘削、地盤整地、捨てコン打ち、基礎の配筋と進みました。
来週そうそうに、配筋の検査があるとかで、職人さんも寒い中大忙しです。

IMG_1477 職長さん曰く、「鉄筋は『姉歯事件』で、素人さんまで、知れ渡ってしまい。困っている(苦笑)」とのことですが、建物の基礎になる部分ですから、くれぐれも手抜きの無いように願いたいものです。

この予定で行くと、上棟は2月14日の大安になりそうです。

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2006.01.25

No.21 都電一休さん号 in 1989

都電の一休さん号こと「6152号」です。

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荒川線がマンマン化されても、一両だけ応急車として生き残った6000系ですが、昭和63(1988)年の秋に、営業車として復活しました。週末を中心に一般営業され、車掌さん(正式には乗客整理員という職名だったようですが)が、ヒモを引っ張って鳴らす、「チンチン」の音を響かせて走っていました。
この写真は、「貸切」の方向幕を出しているので何かのイベントの時に撮影したもののようです。

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残念ながら、平成14年に、京福越前線の事故をうけた「ブレーキシリンダーが一つしかない車両は営業運転禁止」との通達が出て、営業停止。そのまま廃車になりました。
現在は、荒川遊園地に展示保存されています。
(写真は2枚とも鬼子母神前電停にて)

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2006.01.22

掘削開始

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地鎮祭が終わって一週間ほどたちました。この間に、地盤調査があり、結果はやや軟弱ということで、地盤改良後に、本格的な基礎工事に取り掛かる段取りになりました。

先週末から重機が入って地面を掘り返しています。やっと工事現場らしく(笑)なってきました。

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さくらカラーフィルムが無くなる!

コニカミノルタホールディングスが、「カメラ事業、フォト事業の終了」について発表しました。簡単にいえば、コニカのフィルムやミノルタのカメラが、無くなっちゃうということです。

個人的には、フィルムは富士やコダック、カメラはキャノンやペンタックスを愛用していたので、コニカ・ミノルタの製品はあまり使って来ませんでした。でも、無くなるとなるとさみしいものです。

『光あざやか サクラカラー』といったCMのフレーズや
『四枚増えて、値段は同じ! どっちが得か?こっちがポロッと落ちる。』といった、
鈞ちゃん(タレントの萩本欽一さん)のCMのセリフが思い出されます。
だいぶ古いですね(笑)

少し前に、お世話になっている写真屋さんと、「今後は銀塩写真はなくなってしまうのでしょうか?」と話したことがあるのですが、(そのときの結論はNo!! でしたが、) こんなに早くみじかな銘柄がなくなるとは思いもよりませんでした。

今後は、フィルムカメラを使ってフィルムの消費を少しでも増やす努力をしなければいけませんね。

20060122

このフィルムの焼付け写真は、ここ

2006.01.21

叡電全車ワンマン化2周年

今日から、JRのイコカスルッとのピタパが相互乗り入れできるようになりました。そのスルッとの参加の見返りに、叡山電車が全面ワンマン化されてこの一月で2年になりました。毎日乗っているのに、いまだに、連結車が来ると、車掌さんが乗っていないのに違和感を感じます。

kippu01 ワンマン化で消えたものに、手売りの乗車券があります。最近は火祭りのようなイベント時でも、手売りの乗車券は、磁気化券になっています。

 無くなる時にコレクションしておけば良かったのですが、あまりにも身近で、「記念にするから一枚売ってくれ。」と、ついに言い出せずに(笑)、お別れになってしまいました。

 誰か、コレクションの余っている人、譲ってくれませんか?奇特な方はご連絡を。

20060120
←こちらも、だれか応募されませんか?

2006.01.15

ふくめし

近所のスーパーの駅弁大会へ行って、門司港駅の「ふくめし」を買ってきました。

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チラシで宣伝していた、明石駅の「ひっぱりたこめし」が食べてみたかったのですがすでに売り切れのようでした。
ごらんのようなパッケージで、フグのシールがアクセントになっています。
中身は、フグをかたどった容器に「河豚飯、河豚の唐揚げ3種、トラフクの辛子明太子和え、練りウニ、ちりめんじんだ煮、竹の子煮、梅人参、丸椎茸、菜の花、栗の甘露煮」が入っています。下の写真のように華やかな盛り付けのお弁当です。

味の方は、お弁当屋さんにはたいへん申し訳ないのですが、・・・・・でした。
フグのから揚げも鶏のから揚げ弁当を食べているような食感で、フグのような高級魚を食べなれない身には、このおいしさが分からないのかもしれませんが・・・・・・
むしろ、フグの骨付きの身をそのまま揚げているため、いちいち骨を取り出さねばならないなど気になる点が・・・・・・
ご飯は少し薄味でしたが、おいしかったですし、付け合せのうにや野菜の煮物もおいしいのですが、トータルでは、値段の割には・・・・・というのが食後の感想です。
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関西大手私鉄の譲渡車たち(下)

図書館の本の二冊目は、レールマガジンライブラーリシリーズの「関西大手私鉄の譲渡車たち(下)」です。
著者「高橋修」さんは、京都在住の鉄道愛好家で、お父上の「高橋弘」さんともども京都の鉄道趣味界を代表される方です。

この本の中で目を引いたのは、高橋弘さん撮影の、もと阪神831系が叡電デオ500型として入線した当時(S39/1964年)の写真です。そこには阪神時代のバンドン式連結器を装備し、トレードマークの楕円形ナンバープレートの変わりにペンキ書きの車番で走る「デオ503」と阪神から到着直後の「847」号が写っています。

dena501 このうち、阪神からやってきた直後の車体は実際に目にしています。当時はまだ修学院地区の都市計画が始まる前で、北山通りも東山通りも開通していませんで、修学院駅は今よりすこし八瀬よりにあり、いまマンションや道路になっている位置まで、車庫の引き上げ線が延びていました。ここで、廃車になった車両の解体や新車の据付がおこなわれていました。ある日学校帰りに引き上げ線を見ると茶色一色の電車が置いてありました。それが阪神から来た831系でした。
それが整備されて走り出したのが「デオ503」の写真なのですが、さすがに小学生の目には連結器やナンバー、台車といったところまでは目が行かなかったと見えて、まったく記憶にありません。もちろんこの本を読むまで知識としても知りませんでした。

ほかにも、阪神と南海から他社に移っていった車両の写真や経歴が簡潔にまとめられています。私は、「ネコ・パブリッシング」社の本は、濃すぎて(^^ゞ 敬遠していたのですが、やっと読みこなせる年になったようですね。

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2006.01.14

画本:宮澤賢治「シグナルとシグナレス」

今年から「京都市立図書館」でもインターネットによる本の予約が始まり、いちいち図書館へ足を運ばなくても好きな本を取り置き出来るようになりました。それでさっそく何冊か借り出して見ました。その中から鉄分の多い(^^)感想文を書いてみます。

一冊目は宮澤賢治作の童話「シグナルとシグナレス」です。「銀河鉄道の夜」のモデルになったともいわれる、「岩手軽便鐵道」(現JR釜石線)の分岐駅、花巻駅をモデルにしたと思われる駅を舞台にした童話です。本線に立つ腕木信号機(シグナル)と軽便線の信号機(シグナレス)の淡い恋物語です。擬人化された信号や電柱、倉庫などが登場します。

写真のように素敵な絵本ですが、私が感心したのは、そこに描かれた当時の鉄道の情景です。通信手段は電話ではなく電信が主流だったこと、本線の信号は電灯ですが、軽便線ではまだランプの明かりで現示していたことなどが読み取れます。もちろん童話ですから、当時の花巻駅がそのような設備だったかはわかりませんが、大正から昭和初期の風景が反映されているのでしょう。
signal

もうひとつ気に入ったのは、本の見返しに大正14年の東北本線と連絡支線の時刻表のコピーが添えられているのです。それによれば、軽便線は峠が越えられずに、仙人峠止まりになっており、釜石方面は徒歩連絡になっていること。本線の急行には一・二等寝台車が連結され一等は上段5円、下段は7円、二等でも上段三円、下段四円五十銭もしたこと(今なら一泊数万円の高級ホテル並み?)、馬面電車で有名だった「花巻電鉄」が当時は「盛岡電気工業」線と専用鉄道のような会社名だったことなどがわかります。

大人向けの小説から当時の世相を読み取るのはよくあることですが、童話から「鉄」な話題が拾えるとは宮澤賢治恐るべし(笑)ですね。

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2006.01.11

地鎮祭

新年最初の大安の今日を選んで、いよいよ地鎮祭を執り行いました。

060111_03 昨年の暮れに旧家を解体し、それから隣家の養生に取り掛かったのですが、折からの寒波で作業が遅れ、当初予定の年内の着工は見送りになりました。

昨日から職人さんが来て、敷地を整理し、今朝も早くからテントを立てたり、会場を設定したりしてくれました。

やがて時間になり、施主の家族や工務店の関係者、職長さんも集まり、大河ドラマ「宮本武蔵」で有名になった「八大神社」の宮司さんのお払いで式が始まりました。
祝詞奏上、敷地のお清め、玉串奉典と続き、いよいよクライマックスの鍬入れの儀式となります。施主が鍬で清めの砂山にエイエイエイと掛け声をかけながら三度土を掘り、続いて現場監督さんが鋤で三度ならして行きます。

そのあと参加者全員で乾杯をして、工事の無事と関係者の健康を祈念しました。最後に残ったお神酒を敷地の四方に撒いて、敷地を清めて式は終わりました。

晴天に恵まれたとはいえ、底冷えの野外の式典は、寒かったです(^^ゞ
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式の後の打ち合わせで、新たに工程表を貰いましたが、それによると4月29日が祝日で大安に当たるので、この日に竣工の予定となっています。ちょうどGW中で、引越しにも便利だし、5月5日は八大神社の祭礼なので、氏子としては、新居でお祭りを迎えるのはありがたいです(^^) btn415b

2006.01.09

Yahooの動画で「ウルトラQ」を見た

鳴り物入りで始った、Yahoo動画サービスですが、さっそくのぞいて見たものの、無料コンテンツはもちろん、有料でもあまり見たいものがなくて、がっかりしてました。

その中で、「円谷プロの特撮映画」のコーナーを見つけてアクセスしてみました。
視聴料7日間420円を払ってログインします。ちょうど、
ウルトラQ第10話 「地底超特急西へ」東京から北九州を3時間で結ぶ夢の超特急「いなずま号」の試運転の日に何かが起こる。
というのをやっていました。

最高時速450キロ、路線の大半がトンネルで、ジェットエンジンで推進する超高速鉄道の車内が舞台です。
まだ、新幹線が開業して数年しかたたない昭和40年代の作品ですから、中央列車指令所の制御盤の造作といった大道具から、電話・マイク・モニターといった小物まで時代を感じさせる(つまり古臭い)作りになっています。コンピュータという言葉も一般的ではなかったのか「電子頭脳」・「電子計算機」という言葉をセリフで使っています。

このころのコンピュータのイメージは、自分達とは別の世界の機械で、パンチカード、紙テープ、磁気テープ、モニタ位はなんとなく分かるが、機械の中身(つまりCPUやメモリやディスク)は空想の世界のもの、といったところでしょう。

この15年ほどあと、社会人になった私が、偶然コンピュータを相手にする仕事についた昭和50年代後半でも、まだコンピュータは一部の専門職の扱う機械でした。それがパソコンの登場、インターネットの発展、高速通信技術の整備により、わずか20年ほどで、コンピュータの知識も技能もなくても気軽にIT機器を使いこなして自分で情報を発信する時代になりました。

子供の頃に白黒テレビでみた特撮映画が今、パソコンの画面に甦り、いつでもオンデマンドで再生できる時代に本当に来るなんて、円谷監督もとSFのメガホンを取りながらも、思いもよらなかったでしょう(^^)
今、円谷監督が生返ったらどんな特撮映画を作ってくれるでしょうね(^^;

2006.01.07

七草がゆ

今朝の京都は、また雪の朝になりました。いまも降り続いています。今日、1月7日は七草粥をいただく日です。ちかくのスーパーにも、
「せり・なずな・ごぎょう・はこべ・はとけのざ・すずな・すずしろ」の七種の野草のパックが売られています。
このうち「大根・カブラ・セリ」くらいは身近な野菜ですが、「はこべ」は鳥のえさ、「ごぎょう・ほとけのざ」になっては雑草で食べられるの? といった感覚ですね。
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おもちを入れて、うす塩味のおかゆに仕上げるとけっこうおいしくて、何杯でも食べられそうです。

君がため春の野に出でて若菜つむ
わが衣手に雪は降りつつ

(光孝天皇)

雪の朝の七草粥、ちょっと平安貴族になった気分です(^^)

   

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No.20 鞍馬山ケーブル in 1974

昭和49年の鞍馬山ケーブルのお正月風景です。

2006
この年は、寅年で、鞍馬寺では12年に一度の大祭が行なわれました。初寅の日には大勢の初詣の人がお参りに訪れます。ケーブルカーもピストン運転で乗客をさばきます。写っている車両は、初代の牛若号です。翌年二代目に更新され、平成8年には、現在運行中の三代目に更新されています。
このケーブルは鞍馬寺が運営する珍しい鋼索鉄道です。そのため、「運賃」ではなく「奉仕協力金」をお納めして、「乗車券」ではなく参拝記念「乗車票」をいただいて乗せていただくことになります。
2006
花びら形の乗車票

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2006.01.01

あけましておめでとうございます。

ご来館のみなさま、
あけましておめでとうございます
昨年は、「ピンぼけブログ館」をご観覧いただきありがとうございました。
本年も、本館(HP)掲示版、ともどもご観覧、ご記帳のほど
よろしくお願いします。<m(__)m>

2005

梅小路SL館の正月風景 (1974/01/05) 
まだ、開館('72/10)より実質一年ちょっとしか経っておらず、構内は現役のDLやDCがいっしょに留置されていました。C57の留まっている付近の線路も、まだ枕木がむきだしになっています。博物館というより、車庫の使っていない一部を開放しているといった雰囲気でした。
同時期の梅小路の記事はこちら にもあります。

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