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2006.04.04

【叡山】三宅八幡付近の今昔

京福叡山線、宝ヶ池-三宅八幡間の今昔です。この企画は、鉄道雑誌の記事などで有名な「奥野利夫」氏が撮影された、昭和20~30年代の京都近辺の鉄道写真と、私の撮影した最近の画像により、京都の鉄道の今昔を楽しんでもらおうと、はじめました。
いつもお世話になっています、やぶおさんのHP「寝台券は売れ切れ満席」の掲示板とのコラボレーションでお届けします。画像管理者の方の許可が得られましたので、改めて新旧並列のUpdate版を掲載しています。

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宝ヶ池-三宅八幡間を八瀬(現八瀬比叡山口)駅に向う、デナ24の単行です。左手の道は、旧の大原街道(現R357号線)です。撮影メモによれば、天皇誕生日の祝日で、国旗を掲げる家も見られます。当時は、ボンネットバスの京都バスが、まだ未舗装の旧街道を、砂埃をあげてを大原へ通っていました。
昭和34年4月29日撮影。
(C)奥野利夫/画像管理者の掲載許可済/無断転載を禁ず。
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同じ場所の40数年後の姿です。現地へ行って驚いたのは、背景の北山の山並みは別としても、小さな踏切、信号、そして国旗を掲げた家は建て替えてましたが、その隣の茅葺トタン張りの家が、21世紀の今も、まだ残っていたことです。この道は、昭和40年代に新道が出来て、バス路線もそちらに移り、いまだに旧街道の面影をよくとどめています。
2006年3月19日、墓参の帰り道に写す。

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コメント

同志社大学昭和32年卒です。島根県松江市在住です。三宅八幡駅近くの井口様という農家に約二年下宿していました。懐かしい写真を拝見して涙が出るほど懐かしいです。当時は田が多かったですが、今はすっかり変わりましたね。窓のさんに座って、家々から上がる竈の煙にむせぶ比叡山の夕景を眺めながら、下手なギターで"別れの一本杉"を爪弾いたものです。つい昨日のことのように大変懐かしく思い出させていただきました。有難うございました。

渡部邦彦さま、こんにちは。はじめまして。

三宅八幡に下宿されていたとのこと、学生時代を懐かしんでいただいたようで、この企画を始めた甲斐があります。

三宅には、「井口」さんと「二股」さんという苗字の家が多かったですね。私の子供の頃もクラスにひとりは、井口君と二股君がおりました。大人は屋号で、子供は町名で、「どこそこの井口」と呼び分けていました。
花園橋から岩倉にかけての田んぼもすべて宅地になりました。20数年前に写した写真でも、いまはどこか分からなくらっています。

このあとも、今昔の写真を周一回くらいお届けする予定です。また、ご覧下さい。

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