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2006.04.27

奈良線の思い出

最近、リンクをお願いした、懐古趣味さまの「懐古趣味の鉄道写真帳」で’70年代の奈良線の写真をたくさん見せていただきました。思い出すままに、ひと昔前の奈良線のことを書いてみます。

「京都駅の奈良線ホーム」のこと

20060317200549 京都駅の8番ホーム(現10番線)は奈良線専用のホームでした。ホームの外れに運転室があって、ここに助役さんが待機して、通票閉塞器を操作していました。

今は、8、9番線になっている付近は、奈良線の貨物待避線があって、DE10に牽かれた荷物列車や貨物列車が発着していました。1番線に着いた、EF58牽引の荷物列車のうち、数両を切り離して入替が始まります。
まず、東の鴨川鉄橋のあたりまで前進して、ここから戻って、1番線東端の荷物ホームに一両、7番線西端の荷物ホームに一両と置いて、最後に、奈良線の待避線に二・三両置きます。入れ替わりに、荷物を積み終わった車両を引き取って、それを東京側に繋いで、入替え完了。30,40分ほど掛かったでしょうか。

ゴハチが米原へ向けて発車する頃、高倉陸橋下の待機線にいたDE10が奈良線荷物列車の先頭につきます。助役さんが通票を渡して、発車です。新幹線とタブレットの受け渡しが当時に見られるのは、なにかアンバランスな感じでした。

「東福寺駅」のこと

Toufukuji 京都へ帰って、わざわざ東福寺へ回り、そこから三条へでて、回数券か定期で下車して、国鉄の長距離切符を集めました。奈良向きの先頭車は、キハ10系のことが多く、一駅だけですが、よく乗りました。スリムな車体と、低い背摺の座席が印象に残っています。奈良まで乗りとおすときは、もちろん、キハ45系や58系の乗り心地の良い車を選びましたが(笑)。ばい煙でくすんだホームと、京阪の助役さんが国鉄の運転係も兼ねて、列車を見送る姿がいまもまぶたに残っています。
駅南端の奈良線の乗り越しを越えて、ホームを通過していく京阪特急の最後尾で、車掌さんが挙手の礼をして、助役さんが答礼で見送るのも、いかにも鉄道員らしくて、カッコ良かったです。

「稲荷駅」のこと

稲荷駅といえば、ランプ小屋や市電稲荷支線が鉄道好きの間では有名ですが、私は、駅の北側にあった貨物ホーム跡?付近に興味がありました。疎水のそばを走る気動車を一度カメラに収めようと思っているうちに、複線化でイメージが大きく変わってしまいました。

「桃山-六地蔵間」

桃山駅の北側には貨物駅があり、お酒を運ぶタンク貨車が出入りしていました。いかにも酒の町伏見の玄関らしい風景でした。いまはタンクローリーで全国へ出荷しているのでしょう。
桃山から奈良へ向う線路は桃山丘陵のふちを走り、並行して走る近鉄や京阪と数百メートルしか離れていないのに、急に山間部に入り込んだような感じになります。ここを走るといかにも汽車に乗って旅している気分にさせてくれます。六地蔵駅は1992年の開業ですから、非電化当時は、桃山の次は木幡になります。

「宇治駅」のこと
奈良線近代化工事で、この駅のイメージも大きく変わり、ある意味で平凡な駅になりましたが、昔は、東洋レーヨンの工場や自衛隊の基地へ向う貨車の入替があり、広い構内を車両が行きかっていました。宇治橋たもとの踏切から見ると、腕木信号機が何本も立ち、助役さんが自転車に乗って、タブレットを機関車から機関車へ運んでいるのが見えました。それほど構内は広く、貨物列車も長かったわけです。

このさき、新田、木津、奈良と走っていくわけですが、記憶に残っているのはこのあたりまでなので、この辺で下車したいと思います。

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