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2006年6月に作成された記事

2006.06.30

【京阪】七夕伝説のイベント

京阪沿線の枚方市・交野市付近には、七夕伝説にちなむ、名所・旧跡が点在しています。交野線直通の特急・準急の愛称に「おりひめ」「ひこぼし」などと付けていることからもわかります。例年7月を中心に、七夕まつりにちなむイベントが行なわれます。

詳しくは京阪のHP

Tanabata01 中書島駅の七夕かざり
Tanabata02 出町柳駅のお知らせ看板 Tanabata03叡電出町柳駅の七夕かざり
こちらは、水の神様「貴船神社」の水まつりにちなんでいます。
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2006.06.28

出町商店街のパンフレット

京都バスのパンフと同じく、叡電出町柳駅で手に入れたもの。
スクラップ帖の替わりに。

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表面

Demachi02_1

裏面

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中面見開き

Toden26

夜の出町柳駅ホーム

2006.06.27

15000カウントになりました。

一つ前の投稿を書き上げた直後に、偶然15,000カウントのキリ番をGetしました。

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【京都バス】40系統新設のパンフレット

6月1日から、京都バスに40系統「産大国際会館線」の開設ほかのダイヤ改正が行なわれました。
実は、この線が新設されたのを知ったのは、6月半ばごろになって、偶然京都バスのHPをのぞいたときのお知らせからです。
引っ越してから、駅前の京都バスのバス停の前を通らなくなったので、つい見逃していました。

この区間は、叡電木野-二軒茶屋間に並走するのですが、なぜか道路巾が狭くて、バスはおろか普通車でもすれ違いが困難なところでした。それが都市計画道路40号幡枝葵森線としてめでたく大幅改修されました。
(このバスの系統番号は道路番号から付けているのでしょうか?)

現在は、沿線の高校・大学のスクールバスといった趣ですが、路線の延長などの施策によっては、叡電や地下鉄のライバルに育つかもしれません。

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2006.06.24

【東海道線】鴨川鉄橋の今昔

国鉄東海道線鴨川鉄橋の今昔です。鉄道雑誌の記事などで有名な「奥野利夫」氏が撮影された、昭和20~30年代の京都近辺の鉄道写真と、私の撮影した最近の画像により、京都の鉄道の今昔を対比しています。
やぶおさんのHP「寝台券は売れ切れ満席」の掲示板との共同企画になっていまして、掲示版の約一ヶ月後に私のブログで、Update版をお届けしています。
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画像管理者の掲載許可済。無断転載を禁ず。(C)奥野利夫
この鉄橋は、京都駅のすぐ東側にあり、構内の入換線が鉄橋の上まで伸びていて、京都で折り返す列車がよく時間待ちをしています。さらに数百メートル走ると、東山トンネルに吸い込まれます。

奥野氏の写真には、煙が漂っていますが、これは上り列車のSLの煙でしょうか?昭和30年の撮影ですから、まだ米原-京都間の通称「湖東線」は電化されておらず
C62やD52といった大型蒸気機関車が最後の力走を見せていた頃です。東山トンネルを抜けると有名な「山科の大築堤」があります。最近も「鉄道ファン」誌上で、「山科ものがたり」が連載され読まれた方も多いと思います。

京都以東は未電化ですが、鉄橋上の入換線までは架線が引かれていて、電車の姿を見ることが出来たのでしょう。モノクロでよくわかりませんが、この80系電車はあるいは、茶色とクリームのツートンカラーの関西快速色をまとっているのかも知れません。
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さて、もと発言でやぶおさんが
『鉄橋の下を幹線道路が走っています。この道路から列車の全貌を見ることができ、絶好の電車見物スポットです。この眺めは今も健在なのでしょうか。』
との、質問を読者にされているのですが、答えは今の写真を見ていただくとわかるように、新幹線の鉄橋が在来線を覆い隠して、まったく絵になりません。道路と疏水と鴨川の流れは、昔のままですが。

なお、この道路は当時の国道24線、通称「師団街道」です。この通りの名前にまつわる話題も、やぶおさんのHP「寝台券は売れ切れ満席」の掲示板で取り上げられています。
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線路の南側は、新幹線で隠れますが、北へ回ると、こんな絵が撮れます。わずか30分足らずの間に、何本の列車が行き来したでしょうか。その中で気に入った列車を紹介します。ここは気楽な電車ウォッチングに最適です。お散歩気分でどうぞ(笑)
次回は壬生車庫の今昔をお送りします。

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【京阪】中書島駅4番線の信号の謎?

京都の鉄道今昔の写真を撮るのに、中書島駅の4番ホームへ行きました。
かつては、三条方面との直通電車の発着で賑わっていましたが、いまは、
早朝に始発電車が出ていくだけで、その他の時間は南口への通路と化して
います。
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その4番線の宇治方に3台の信号機が設置されています。2台は、宇治線と本線への出発信号機なのですが、もう一台が、「第2出発」となっていて、しかも警戒現示のできる4灯式です。おなじ位置にあるのに「出発」と「場内」、これってどういう運転保安方式になっているのでしょうか?
Chusyojima11
ご存知の方が居られましたら、教えてください。
Chusyojima13

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2006.06.22

雨など降るもまた楽し

出町柳駅には、こんなおしゃれな伝言板風の広告?があります。
案内嬢の手作り、手書きです。
壁際にさりげなく置いてあるので、通勤通学で足早に歩く人の目には
なかなか留まりませんが。

『雨など降るもおかし  枕草子』

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2006.06.18

四つ葉のクローバー見つけたぁ

朝方は、どんよりとした梅雨空でしたが、昼前から晴れてきたので、植物園まで散歩に行ってきました。

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Hana09 アジサイ園を見て、バラ園に回りました。

京都の地名が名付けられた品種のコーナーもあります。
Hana06鞍馬・貴船・大原・北山・金閣・・・・・
修学院は、ありませんでした(^^)
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Hana08 盆栽展では、かわいらしい羽蝶蘭の展覧会をやってました。

ミニ盆栽ながらどの鉢もすばらい作品です。
子供の遊び場まで来ると
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四つ葉のクローバーを見つけました。 しかも、2本も!!
今週は、きっと2回も良い事があるでしょう(^^ゞ btn415b

2006.06.17

静岡名物「安倍川もち」と「わさび漬」

前の投稿で少し書きましたが、東京出張の帰り、静岡で途中下車して、やぶおさんとお話してきました。
お土産に、あべ川もちとわさび漬けをいただきました。

どちらも、静岡の名物として全国的に有名で、新幹線の車内販売でも、「静岡名物あべ川餠とわさび漬けはいかがですか。」と呼び歩いていたものです。が、どちらも有名すぎて、また、類似の製品がいくらでも買えるため、ついぞ買い求めたことがありませんでした。

Abekawa 今回いただいた品は、安部川は「石部屋(せきべや)」、わさび漬けは「田丸屋」とどちらも本家・本元のものです。あべ川餠は江戸時代から続く茶店で今もつくられたものだそうで、あんころ餠ときなこ餠が半々に入っています。徳川家康公の命名との言い伝えも残っています。弥二さん北さんの東海道中膝栗毛にも、安倍川の茶店のきなこ餠の話が出ています。砂糖が貴重だった時代は、さぞかし旅人に喜ばれたことでしょう。
もちろん、甘党の今の旅人にも大好評です。これぞ本場の味です。「よく名物にうまい物なし。」といいますが、それは売店で気軽に出来合いの品を買うからであって、やはり本場へ足を運んで、本物を食せば、「名物はみなウマい!!」になるでしょう。

Wasabi わさび漬けの田丸屋も明治以来130年も続く老舗なのだそうです。実は、わさび漬けを買うと、最初は物珍しくてよく食べるのですが、しばらくすると飽きてきて、結局捨ててしまうようなもったいないことを、よくやっていました。今回もらったものは、かずのこ入りでちょっと変わっていて、小瓶なので食べきれそうです。

やぶおさん、ありがとうございました。あらためてお礼申し上げます。

【京都市電】京都駅前の今昔

京都の鉄道今昔、今回は、京都駅前のターミナルの今昔です。
鉄道雑誌の記事などで有名な「奥野利夫」氏が撮影された、昭和20~30年代の京都近辺の鉄道写真と、私の撮影した最近の画像により、京都の鉄道の今昔を対比しています。
やぶおさんのHP「寝台券は売れ切れ満席」の掲示板との共同企画になっていまして、掲示版の約一ヶ月後に私のブログで、Update版をお届けしています。

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画像管理者の掲載許可済。無断転載を禁ず。(C)奥野利夫
昔の写真は、立派なレストラン兼事務所ビルの建物をバックに、4系統の表示を出した市電がカーブを曲がって、西ターミナルに入ろうとしています。当時の京都駅の電停は東と西に別れ、西には広軌線3線(西大路・千本、東山、烏丸)と北野線の乗降ホームがあり、東には2線(伏見、河原町)の計6箇所のホームが並んでいました。
ほかに、降車専用ホームと留置線もあり、昼間は1,2台の電車が休憩しているのをよく見ました。写真の右側に2台の電車が止まっているところが東乗り場です。
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今の写真は、おなじ駅前交差点に進入する市バスです。道路の位置が変わって、手前の歩道の位置がかつての市電の線路敷きとなります。バックの建物も近代的なガラス張りに変わっています。写ってはいませんが、画面左手には京都タワーがそびえています。

駅ビルとあわせて、立派なバスターミナルが出来たのは良いのですが、駅前の交差点の信号が変わらなくて、なかなか前に進まないのが難点です(笑)
高速ターミナルには全国からバスがやってきます。調べると北は仙台・山形、西は熊本・長崎までの便があります。バス停はポールが一本立っているだけのところもあり、そこに「東北方面のりば」などの表示をみると不思議な気がしてしまいます。
次回は、国鉄鴨川鉄橋の今昔です。
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ツバメが巣づくりをはじめました

Thubame01 我が家のガレージの壁に、つばめさんが巣づくりをはじめました。
新しい家なので、つばめは来ないだろうと思っていただけに楽しみです。

ただ、真下の車が汚れるのが難点ですが(^^ゞ

東京出張報告書

久しぶりに、東京へ出張する機会がありまして、仕事が終わってから、すこし「鉄」
してきました。

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何しろ京都の片田舎に住む者の、久しぶりのお上りさんですので、最近の東京の「鉄」事情がわかりません(^^ゞ

ひと月ほど前なら、交通博物館へ飛んでいくところでしょうが、とうとう閉館してしまったので、土地勘のある都電へ回ってみました。

三ノ輪駅を降りて、都電の停留所へ行きます。日の長い頃ですので、雨降りの6時過ぎにしては、明るい中で写真が撮れました。

最後尾の席に腰掛けて車窓を眺めながら早稲田に向います。東京在勤のころ何度も乗ったのに、意外と曲がりくねった線路や、短い駅間は、新鮮です。宮ノ前-小台付近は併用軌道で停留所ももっと歩道脇に寄っていたように記憶しますが、完全に道路と仕切られてセンターポールが建って、電車専用軌道になっています。

紙の博物館も飛鳥山公園内に移転して、跡地は更地になっていました。飛鳥山まで来ると日が暮れてきたので、ここで降りることにしました。飛鳥山から王寺駅前にかけての併用軌道区間で、路線電車らしい都電を何枚か写しました。

王子から都営南北線でホテルに戻ることにしました。平成3年に駒込-赤羽岩淵間 が開業したときは、まだ東京にいたので初乗りに行きましたが、それ以降は用が無かったので、今回未乗区間を、溜池山王まで乗りました。本当は目黒まで乗りとおしたかったのですが、目黒まで行くと埼京線も臨海線も都営線もと終電車まで乗り回しそうなので(笑)、自重しました。
乗換えた銀座線は01系の101の編成でした。この電車が登場した時に東京に転勤になり、赤坂見付の駅で何台も待って上野まで初乗りしましたが、それからもう20年以上が経ったとは驚きです。
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Img_2286 帰りは静岡駅で途中下車して、「京都の鉄道今昔」でお世話になっております、やぶおさんと今後の編集会議をやってきました(^^)
駅ビル内のオシャレなカフェでケーキセットを食べながらオタクな話をしているおじさん二人をまわりのOLさんたちはどう見ていたでしょうね(^^ゞ

この話題の詳しい写真紀行は、ちかくホームページにアップする予定です。

下のアイコンよりお進みください。


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2006.06.11

【京都市電】九条陸橋の今昔

京都市電の九条陸橋の今昔です。鉄道雑誌の記事などで有名な「奥野利夫」氏が撮影された、昭和20~30年代の京都近辺の鉄道写真と、私の撮影した最近の画像により、京都の鉄道の今昔を対比しています。
やぶおさんのHP「寝台券は売れ切れ満席」の掲示板との共同企画になっていまして、掲示版の約一ヶ月後に私のブログで、Update版をお届けしています。

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画像管理者の掲載許可済。無断転載を禁ず。(C)奥野利夫
この陸橋は東山区の今熊野と南区の東九条を結び、数百メートルにわたって続いています。途中、鴨川と琵琶湖疎水の2河川、JR奈良線と京阪本線の2鉄道、本町通りと師団街道ほか数本の道路をひと跨ぎして、うねうねと上下しながら走ります。

東側には紅葉で有名な東福寺、西側には奥野氏の写真の中に聳え立つ五重塔で有名な東寺(教王護国寺)があります。今でも、テレビの京都が舞台の番組の最初には、五重塔と新幹線の取り合わせなどが流れたりするほど有名な京都のランドマークのひとつです。
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今の写真を撮った日は、早起きして、一番電車で6時過ぎにに現地へ到着しました。
というのは、市街地では朝のラッシュ前でないと車に邪魔されて、路面電車やバスの写真が写しにくいからです。おかけで車の居ない道路を快走する市バスを写せましたが、バックをみてびっくり、五重塔が高いビルに隠れてほとんど見えなくなっているのです。
おかげで、奥野氏の正確な撮影位置を割り出すのに陸橋を行き来してしまいました(笑)
次回は、京都駅前の今昔です。
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【京阪】出町柳駅の英語の路線図

出町柳の駅の改札口よこの案内掲示板に、英語の路線案内図が貼り出されているのを見つけました。
Keihen02 改札回りが改装され、案内所兼用のカウンター形式になった有人改札には、女性駅員さんが常駐されるようになっています。似顔絵のイラストもあって、彼女らの手書き作品のようです。
ほかにも、女性らしいイラストを多用した割引切符の案内広告などもあって、従来の印刷ポスターとはひと味変わっていて、目をとめる乗客も多いようです。

2006.06.05

【京阪】人身事故で遅れていました。

今日の帰宅時は、香里園付近の事故のため、京阪が遅れていました。
不謹慎ですが、このようなときは普段見られない運用を見ることができます。

Keihan3000_02 淀屋橋を3分ほど遅れて19:48頃発車して天満橋まで来ると、普段は使わない時刻の天満橋駅2番線に列車が留置されています。急遽天満橋止めになった列車でしょうか。

中書島では長らく抑止されました。そのためか丹波橋の急行連絡はありません。中書島で特急を待たせて、急行を先行させたのでしょう。かわりに通常なら三条まで逃げ切りの普通を深草で追い抜きました。

三条の普通連絡はなくて、出町柳では第二場内付近(通常より手前の位置)でまた抑止になりました。この間に特急と普通の2本が発車していきましたが、到着すると、2番ホームにも急行が居ます。どうやら特急発車後に、第一場内で止まっていた普通を入れてすぐに発車させ、そのあとに特急を入線させたようです。結局7分遅れの20:47着でした。

ダイヤが変わってから走って乗り換えることはなくなりましたが、今日は50分発の叡電の乗り場へダッシュさせられました(^^)

2006.06.04

LRTのシンポジウムに行ってきました

前に紹介した「今出川通の交通まちづくりとLRT」のシンポジウムに行ってきました。
会場に行くと、地元のひとが大半で、(町内会の回覧板で広報されたそうです。)でいわゆる鉄ちゃんの姿は少なかったです。

最初に市の都市計画局長さんの挨拶があり、つづいて都市計画局の担当者さんから、京都市の「新しい都市交通システム検討結果」についての報告がありました。

それによると市では平成15年度から、「歩くまち・京都」をテーマにあたらしい京都の都市交通のあり方を検討してきたそうです。そこからLRTの導入が提案され、何路線か計画されたうち、この今出川線(出町柳-白梅町 4.1km)と四条・河原町・御池・烏丸を回る小環状線をモデル区間にとりあげたようです。

次に、同志社大学教授で交通政策が専門の青木真美先生による基調講演がありました。他都市、特にヨーロッパの先進事例を挙げて、LRT導入の意義やメリットの説明がありました。
わたしも、一応はLRTについては知っているつもりでいましたが、専門家の先生の話を聞いてうなずいたり、感心したりしてきました。

今日のメインのパネルディスカッションに入ります。司会は青木先生、パネラーは地元代表者3名、京福電鉄の鉄道部長、市都市計画局室長の5名です。
まず、司会者の説明があり、最初に「今出川通りにLRTを作る計画についてどう考えるか。」についてパネラーが順に意見を述べます。
地元でも賛否両論があり、また予定線との遠近がそのまま温度差にあらわれる事情がよくわかりました。
地元は西陣織を中心とした和装産業の町ですが、近年、和装産業が低迷し、この街づくりが産業振興や観光客誘致に効果があるのか?といった意見も出ていました。

京福電鉄からは、まず京福の現状の説明があり、乗客は漸減傾向にある、全線均一運賃や一日乗車券の値下げ、北野線の嵐山直通運転などの増客手段を講じている。などの報告がありました。

市の担当者からは、まず「LRTは市電とはちがう」「LRTは路面電車である、市電は路面電車である、したがってLRT=路面電車=市電」の図式は成り立たない。との説明があり、ある意味でびっくりしました。私としては、「LRTは従来の路面電車(ちんちん電車)の発展したもの。」との考え方がありましたが、市の説明では、かつての市電を復活させるのではなく、新たに新型軌道系交通機関を構築するのだそうです。
市電の再開では、かつての市電廃止の政策の誤りを認めるとも取られかねないので、こう表現すると受け止めるのは、考えすぎでしょうか?

発言が一巡すると、こんどは「LRTを導入するにはどのような手段をとればよいか。また、そのための問題点はなにか。」について各人が発言しました。

地元からは、やはりLRTが地元の発展に直結するようにして欲しい。軌道の新設による自動車の規制・抑制の不満や不安の声が多かったです。
京福からは、相互乗り入れが行なわれるのであれば前向きに検討はしたい、ただ現行の車輌や施設の改良の財源、運賃やダイヤの調整、車庫の確保など現実的な問題点が提起されました。

市からは、自動車の抑制のため、パークアンドライドをはじめとする交通社会実験を行なって、いろいろとデータを集めたいなどの説明がありました。財源は、海外でも公共交通機関は都市のインフラの一部として、補助金を出して運営を助けている。駐車料と乗車券を一体とした、パークアンドライド一日乗車券の発売などの事例が紹介されました。

最後に司会者がまとめを行い、会場の参加者から出た質問に答えて、セッションは終了しました。

Line_05

一市民としての感想は、計画はなかなかよく出来ている。とくにモデル路線を2本に絞ったところは、総花的にならなくて評価できると思います。
ただ、路線が単線で計画されている、京福・叡山との相互乗り入れを予定している、車庫用地の確保が難しい、なにより市民レベルに浸透しているとは言いがたい? など、問題点も感じられます。

しかし、私の気持ちが、いままでの「どちらかといえば反対」から、「条件付で賛成」へ転換したことは事実です。

お遊びで、LRTの開業後の今出川通りのイメージ図を作ってみました(笑)
緑濃い、京都御所と同志社のキャンパスの間を快走するLRT、車内にそよ風が吹き込み観光客も学生さんも気持ちよさそうです。(上)
上京総合庁舎前付近の狭隘区間をすり抜けるLRT、道路改築等で紛糾し、路線新設の一番の難所でした。(下)
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2006.06.03

【京都市電】N電北野線の今昔

京都市電の北野線の今昔です。鉄道雑誌の記事などで有名な「奥野利夫」氏が撮影された、昭和20~30年代の京都近辺の鉄道写真と、私の撮影した最近の画像により、京都の鉄道の今昔を対比しています。
やぶおさんのHP「寝台券は売れ切れ満席」の掲示板との共同企画になっていまして、掲示版の約一ヶ月後に私のブログで、Update版をお届けしています。

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画像管理者の掲載許可済。無断転載を禁ず。(C)奥野利夫
ここは、京都駅からもほど近く、東西両本願寺の門前町として栄えた商店街です。いまでも、仏具屋さんや、駅前旅館などがならびにぎわっています。
N電が走るのが西洞院通りで線路は1067mm軌間の狭軌、交わるのは七条通りで、
こちらは1435mmの標準軌間です。N電が廃止になるまで、広狭の交差や3線区間が市内でもあちこちで見られました。

写真のN110号車は、明治44に製造され、昭和30年当時で車令44年の大ベテランということになります。このあとも数年使用され、昭和36年にN電廃止とともに廃車となり、伏見区の学校へ引き取られたようですが今は解体されて現存しません。
(車歴の調査は、「関西の鉄道№32」の高山禮蔵氏の記事と中村浩史氏のサイト「京都市電の廃線跡を探る」を参考にしました。)
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今行くと、奥野氏の写真にある町家も何件か残っていますが、当時は商店だった家も店を閉じていまは普通の民家になっているところが多いです。もちろんパチンコ屋さんもビルに変わっています。
走っている50系統のバスは旧N電北野線の代替系統です。一部路線が乗せ換えられたところもありますが、今もN電当時の路線をトレースしています。
京都駅から狭い町家の並ぶ道を走り、二条城前や西陣織会館、北野天満宮、金閣寺といった観光名所を結んでいます。天神さんの縁日の25日には、お参りのひとでいっぱいになります。

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次回は、九条陸橋の今昔です。
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【本】 日本の鉄道シーン―素晴らしき80年代

「日本の鉄道シーン-素晴らしき80年代」という本を、本屋で見つけて、買ってしまいました。
内容は、筆者のはしがきを借りると

Ihonnotetudosine 『本書は、80年代の鉄道風景にスポットライトをあて、「国鉄の黄金期」を振り返ってみたい。あわせて、国鉄解体によって生まれた新鉄道会社の激動のスタートと、この時代の民営鉄道(私鉄および公営鉄道)の様子も記録にとどめておきたいと思う。』

という、コンセプトで編集されており、筆者および協力者の写された写真をアルバム風に並べ、解説を加えるといった体裁になっています。この時代は、管理人がいちばん鉄道趣味にのめりこんだ(笑)時期とも重なっていますし、収録された写真も、失礼ながら素人ぽくって、親しみのわく絵ばかりです。

表紙の北陸線の当時のスターたちが並ぶ絵も、どこかの駅で同じような構図で写された記憶をお持ちの方が多いと思います。ページをめくりながら「この電車は乗った、ここで撮影した。」「こんなイベントもあったよなぁ。」と、ひとりごとを言いながら読み進めていけます。
本屋や図書館で見かけたら一度手にとって見られることをお勧めします。


著者「三澤春彦」氏のサイト
http://www1.u-netsurf.ne.jp/~hedgehog/index.htm

パソコン加速ソフトを入れてみましたが・・・・・

はやりの「パソコン加速ソフト」をインストールしてみました。
結果は・・・・・????です。

ネットオークションで格安に手に入れたので、出費は生ビール一杯程の値段
ですので、どういうことはありませんが。

正直なところ、もうすこし効果が表われて欲しかったです(^^ゞ

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