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2006年9月に作成された記事

2006.09.30

マニアエキスポ2006へ行って来ました。

前にご紹介した「マニアエキスポ2006」へ行ってきました。
われわれ万博へ小中学校の遠足で行った世代には、聞きしに勝るタイムスリップでした。10月1日までですが、間に合う方は、是非行かれることをお勧めします。

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モノレールを降りると、太陽の塔がお出迎えしてくれます。この万博のシンボルを見るだけで心は、小学生に舞い戻ります。案内板に従って会場へ。

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ここにも、SLの形をした乗り物が巡回しています。当時も電気自動車の構内バスというのがありました。「人類の進歩と調和」の祭典だけあって、古臭いイメージのSLの展示は無かったように思います。今は宇宙船のような形より、逆にSLが受けるのでしょうね。会場は鉄鋼館です。この建物は、当時のままなのでしょうか?
写真は、会場にあった模型です。

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会場に入ると、まず日本館の巨大なタペストリーが目に入ってきます。じつはこれは記憶に降りません(笑)。

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他に、グッズあり、写真あり、模型あり、イラストあり、映像あり、と、これでもかこれでもかと心に迫ってきます。
鉄道趣味で言えば、弁天町や梅小路に行って新しい展示品をみたあの感動です。

最後に、この展示会を企画された万博ミュージアムの池田館長にご挨拶して、取って置きのお土産をいただいてきました。
それは、当時、会場で実際に売られていた「スタンプ・コレクション」です。各展示館の実物または模型の写真の横に生のスタンプが押された記念写真集です。
倉庫に30年以上も眠っていたデッド・ストックのため、表紙はホコリまみれですが、中身はほとんど劣化しておらず、写真もスタンプも色あざやかです。

著作権の加減で丸写しは出来ませんが、さわりは次回に、お目に掛けたいと思います。

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2006.09.28

京都の散歩道、武田農園付近

涼しくなってきて、散歩に良い時期になってきましたので、近所を歩いてみました。とりあえず、きらら坂の比叡登山口に向かいました。もちろん比叡山に登るつもりはありませんが(^^ゞ
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山に向かうハイカーと別れて、曼殊院のほうへ回ってみました。まだ朝の開門直後というのに、すでに参拝者のすがたがチラホラ見られました。
門前から武田薬品の京都農園が広がっています。そちらへ向かう道から車やひとが来るので行ってみることにしました。この道は行けない(行き止まり)と思っていたのですが、農場の中を通リ抜けているようです。農場の中には、立派な洋館が見えています。武田薬品のゲストハウスなのだそうです。こんなものが建っていることも実は知りませんでした。
道は、やがて詩仙堂から曼殊院に向かうおなじみの小道へ合流しました。どうやら一乗寺から比叡山の無動寺の弁天堂へ向かう登山道の一部だったようです。この道は中学か高校の遠足で一度だけ歩いた記憶があるのですが、すっかり忘れてました。

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2006.09.26

【京阪】今日の一枚(三井寺)

大津の博物館で開かれた「江若鉄道展」の帰り、旧江若鉄道の廃線後を活用した遊歩道を歩きました。その途中のびわ湖疏水に架かる橋(この橋は、もとの江若の鉄橋の橋脚を流用しています。)から写した石坂線です。
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バックの山並みは長等山、山腹の建物は三井寺の伽藍です。

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2006.09.24

【阪急】河原町駅の今昔

「京都の鉄道今昔」秋冬ダイヤ第3便は、阪急河原町駅よりお送りします。このシリーズはやぶおさんのHP「寝台券は売り切れ満席」の掲示板 と共同企画でお送りしております。こちらも合わせてご覧ください。
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画像管理者の掲載許可済、無断転載を禁ず、(C)奥野利夫

元発言には、管理人さまの
今夜の一枚は奥野氏の写真としては珍しく地下駅での一枚です。
今までの奥野氏の写真の雰囲気と違って現代にも通じる都会の慌ただしさが感じられます。

支柱に「河原町」とありますから阪急電車の京都ターミナルと思われます。ただそれにしては、ホームが一面二線で少々狭そうです。ただし手前に切り欠きのホームがあるようにも見えますが・・

右の特急電車も左の普通電車も2300系という形式ですが、これは阪急電車おなじみの顔で、代表的な電車と思われます。


との、コメントがついています。

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これに対しまして、私からは、
『大宮から河原町まで延長されたのが、昭和38年ですから奥野のお写真は、まだ開業間もない頃かもしれません。それからすでに40年以上経ちます。もちろん化粧直しや模様替えされて常にリフレッシュはされていますが、基本的な駅のレイアウトは昔のまま
です。ただ、今は、減量ダイヤでラッシュ時以外は、3番線は閉鎖のことが多いです。

この駅のある四条河原町の交差点は京都市内随一の繁華街で、奥野氏の写真に写るひとびとも、これから四条通りの百貨店での買い物や新京極の映画館を楽しもうとされているかもしれません。

私が子供の頃は、この駅自体が別世界のようなところでした。まず京都市内唯一の地下駅です。当時は、京都市内には、地下鉄はおろか立体交差になっているところも少なくて階段を降りて電車に乗ること自体楽しみでした。

地下に降りて長い通路を通ってコンコースに出て、さらに改札を抜けてからホームへまた階段を下りる。そのうちに方向感覚が無くなって、西に向けて走り出すはずなのに逆の方向へ電車が動くような気がしました。

また乗る電車は、カルダンドライブで普段はガチャガチャ騒音を撒き散らして走る叡電や市電にしか乗せてもらえないので、ほとんど音をたてず、スゥーと発車するところがお気に入りでした。
子供向けの電車図鑑に、「地下鉄は線路に脇に引かれた3本目のレールから電気を取って走る。」
と書いてあったのに、「この電車は地下鉄なのに、やはり屋根の上にパンタグラフがあって、天井からぶら下がった電線から電気を取っているらしい。」と、けっこう鋭いところに目を向けたりしてます(笑)

大阪で万博があったとき、なぜか学校から桂まで観光バスで行って、そこから阪急の急行で茨木市まで行きました。ほかの組は当時の最新鋭の3300系に乗っていったのに、私の組は古いP6(デイ100系)でした。先生に文句を言った覚えがあるのですが、今にして思えば貴重なP6の乗り収めだったのですが。

今昔のつもりが、昔々あるところに??
に、なってしまいました(^^ゞ
 
と、比較的長文のコメントを寄せています。
管理人さんよりは、

『奥野氏撮影の昭和38年が阪急河原町乗り入れ元年なのですね。
それで奥野氏もさっそく撮影に出向いたのでしょうね。

立体交差の話、高架線路に地下鉄道、モノレールと当時の都市交通の理想でしたね。それが今では、階段や段差のない平面移動できる乗り物に贅沢を感じますからこれも時代の流れですね。』

とのコメントが来てます。

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上の画像には、
『大宮-河原町間延長記念の乗車券とP6の惜別のカードです。
記念切符のデザインはやはり2300系の特急のイメージのようです。
一区20円の運賃が時代を感じさせます。今は150円です。

とのコメントを、入れて送ったところ、管理人さんより、
『阪急鉄道同好会の電車のサイドからのペン画・・・とてもいいですね。
TMSの『陸蒸気からひかりまで』を見る思いです。』

との返答が返ってきました。
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決して古さを感じさせない、2300系の車内と一転して、レトロなイメージの2300系の運転台です。

運転台の背面に「昭和38年」の文字を見つけました。「ナニワ工機」は今の「アルナ工機」ですが、最近鉄道車両新製から撤退しました。阪急の最新鋭車9300系(京都線)9000系(神戸線)は、日立製作所に発注されています。

運転台のマスコンには、TDKのロゴが光ります。CD・DVDのメーカーとは違います。「東洋電機製造株式会社」です。(笑) 右手のブレーキ装置の○にHをイメージしたようなロゴは「日本エアブレーキ」(現ナブテスコ株式会社)の製品でしたっけ?

(他に阪急1300系の特急編成の写真を投稿していただきました。
詳しくはやぶおさんのHP「寝台券は売り切れ満席」の掲示板
ご覧ください。

次回はJR京都駅西方(2)をお送りします。

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2006.09.23

出町柳駅に乗り入れた関空バス

昨日の帰宅時、例によって何か被写体がないかと、京都バスの乗り場へ行くと、この遅い時間に観光バス?が一台走ってきました。そのまま交差点を曲がってバス乗り場へ進入して来ます。
夜目にも明るいブルーの車体に「H.I.S」の文字。
どこの団体さんのお帰りかと近寄ってみると、なんと関西空港の連絡バスでした。一日一便だけ、叡電出町柳駅のバスターミナルへやってきます。朝は、6:13発なのは、時刻表が貼ってあるので知ってましたが、帰りの到着時刻はあとで調べると、21:01着でした。実際は20:45頃の早着でした。乗客は数名でしたが、関空からここまで乗換えなしで来られる便利さはあるのでしょう。

京都バスを待っているお客は、突然やってきたリムジンバスを不思議そうにながめていました。
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すこし見難いですが、行き先表示は「京都駅・出町柳駅」になっています。
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車内整備の後、「回送」の表示を出して走り去って行きました。昨晩は京都市内の駐車場で泊まって今朝の早朝に関空へ戻ったのでしょうか?それとも、夜のうちに、大阪まで帰っていったのでしょうか?

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2006.09.22

【JR西】京都駅西方の今昔(1)

京都駅西方の今昔です。
やぶおさんの掲示版に連載中の京都の鉄道今昔の取材の途中に、ここの昔の写真が張り出されたので、今の状況を見にやってきました。

元発言には、管理人さんの
撮影は京都駅西方と思われますが、いかがでしょうか?
バックにちらっと見える建物は京都中央郵便局だと思うのですが?

昭和39年のEF60はまだ茶色塗装でした。
青色に塗り替え直前の姿でしょうか。
所属札には『吹田』とあるようですが、お詳しい方、解説願います。』

とのコメントが入っています。

02a_takii_old01 画像管理者の掲載許可済、無断転載を禁ず、(C)奥野利夫
これに対して、『京都駅西方で間違いないです。タキイ種苗の前あたりでしょう。入れ替え中の写真ではないでしょうか?』
『今は、建物がいっぱい建って、この位置からは中央郵便局は見えないです。』
『1965/S40年には、すでにブルーに塗り替えられたEF60を見ています。トップ№のため、塗り替えなかったのでは?』

といった、コメントが寄せられています。
私も、『本線列車とすると、北から3本目の線路を走っているようですが、この頃は、まだ京都-梅小路-向日町間の複々線がいまのように方向別ではなく北側が貨物線、南側が旅客線だったのでしょうか。
京都駅構内で客貨線が平面交差して運転上不便なので、方向別に切り替えて、下り貨物は地下道を潜って、梅小路操車場にはいり、今、はるか号が通る単線の貨物線を通って向日町操車場の手前で、今度は本線をオーバークロスして、下り外側線へもどる線形に切り替えた話を本で読んだことがあるのですが。』

といった、コメントを寄せました。
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今、この場所は線路際がフェンスで囲われて、撮影に不向きになっています。線路敷きの壁面に「安全運転」と書いてあるのですが、これは列車じゃなくて、自動車向けの警告でしょうね。

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2006.09.19

【京阪バス】発祥の地の碑

京阪伏見桃山駅と近鉄桃山御陵前駅の間のビルの緑地帯に「京阪バス発祥の地」の碑が立っています。

碑文に寄れば、『京阪バスは大正11年7月創立で、当初は桃山自動車株式会社と称し、京阪電車の伏見桃山駅前を起点として、伏見桃山御陵参拝客の自動車輸送(0.8km)を11両の車両で開始したことに始まる。大正13年10月に社名を京阪自動車株式会社改称し京阪沿線の路線拡充に努めた。昭和47年4月には、会社創立50周年を機に、現在の京阪バス株式会社と改称した。』

という、京阪バスの歴史がわかります。

たまたま、大手筋を歩いていて見つけましたが、バスファンの間では、それなりに有名なのかもしれません。
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創業の地である伏見桃山駅前には、現在は京阪バスの乗入れはありません。創業路線を引き継ぐ近鉄バスの桃山城行きも、数年前に、桃山城キャッスルランド遊園地の廃園と共に廃止になったようです。近鉄バスの向島行きが数本運行されているだけです。

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2006.09.18

【阪急】松尾駅の今昔

「京都の鉄道今昔」秋冬ダイヤ第2便は、阪急嵐山線松尾駅よりお送りします。このシリーズはやぶおさんのHP「寝台券は売り切れ満席」の掲示板 と共同企画でお送りしております。こちらも合わせてご覧ください。
02_matuo_old01 画像管理者の掲載許可済、無断転載を禁ず、(C)奥野利夫

元発言には、管理人さまの
今夜の電車は,「桂 嵐山」のサボをつけているため、先週と同じ阪急電車と思われますが、おでこがゆるくカーブして,前面3枚窓非貫通と阪急電車にしては珍しい形だと思います。

駅のたたずまいがまた素晴らしく、まわりは木々にかこまれとても京都市内とは思えない落ち着いたムードが漂っています。駅名標が見えますが,斜めに撮影されているため、拡大してもうまく判別できませんでした。

電車に乗り込もうとしているご婦人は半袖で日傘をもっていますから、盛夏の撮影だと思いますが,木陰に入ればマイナスイオンが充満して涼しそうです。ご婦人がゆったり乗り込もうとしているようですから、あるいは電車は交換待ちなのかもしれません。』


との、コメントがついています。

奥野氏のお写真は、200型の流線型電車です。わたしも小学校の3、4年の頃トロバスに乗って嵐山へ遊びにきたときに、やはりこの駅でこの電車にお目にかかりました。こども心にもある種のカッコよさを感じました。「りゅうせんけい」といえば、両親の世代には青春の思い出の詰まった電車だったと思います。

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今の写真を見ると、ホームが6連対応に延長された以外、40数年前とほとんど変わっていません。信号も、ポイントも同じ位置にありますし、三角屋根の待合室も改築はされているようですが、同じデザインで作られています。さすがに、構内踏切はなくなって、地下道で行き来するようにはなっていますが。

バックの桜の木はより成長してホームを覆うほどになっています。桜の時期はさぞかし見事でしょう。阪急のカレンダーの四月を飾ったこともあるそうです。
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この駅は、松尾大社の最寄り駅というより、駅前がすぐに参道です。駅舎も桧皮造りに似せた落ち着いた佇まいで、釣灯篭を模した照明器具が使われています。大きな鳥居を潜って神前に向うと酒樽が多く供えてあるのが目に付きます。ここはお酒の神様としても有名で境内には酒造博物館まであります。わたしもこのブログの発展と読者の皆様の安全を祈って参りました。
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200型電車が廃車になったのは、昭和45年ということですので、もちろん私の撮った写真はありません。コレクションの一枚にこんなものがありました。

次回は阪急河原町駅の今昔をお送りします。

(P.S)
駅の写真を撮っている時、つい車道にはみ出して、車に当たりそうになりました。
松尾大神のご加護で大事には至りませんでしたが。
みなさまも撮影時には車や電車に十分注意しましょう。

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2006.09.17

【近鉄】今日の一枚(桃山御陵前)

用事で伏見に行った帰り、桃山御陵前で京都行きの電車を待っていると、こんなど派手な広告電車がやってきました。
6両編成全部を借り切って、某理容美容学校の広告のラッピングがされています。専門学校の学生集めの事情は知りませんが、ちょっとやりすぎでは(笑)
Momoyama02

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2006.09.16

【京阪】今日の一枚(中書島)

今日は休日出勤でした。
偶然、朝の出勤時も、夜の帰宅時も終着駅まで先着の急行に乗り合わせました。
普段は急行に乗らないので、面白いので、各停車駅ごとにホームの写真を写すことにしました。
中書島に停まったときは、宇治線の留置線に10000系が休んでいたので、高感度モードで写しました。
ガラスに車内の様子が反射して幻想的な写真になりました。
Keihan12
他の駅の様子は、HP版の我楽多館の写真散歩のコーナーにあります。
下の「HOME」アイコンからどうぞ。

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2006.09.10

【阪急】上桂付近の今昔

長らく夏休みをいただいておりました「京都の鉄道今昔」のシリーズですが、今日から秋・冬ダイヤで運転を再開いたします。すでに共同企画者のやぶおさんのHP「寝台券は売り切れ満席」の掲示板では9月1日より再開しております。こちらも合わせてご覧ください。

さて、再開第一便は、阪急嵐山線よりお送りします。
01_kami_katura_old画像管理者の掲載許可済、無断転載を禁ず、(C)奥野利夫

元発言は、管理人様の再開のご挨拶に続いて、
そうこうしているうちに、雑木林と農家が点在する京都にしては田舎びた畑の真ん中を4両連結の電車がやって来ました。電車は1304とあり、サボには「桂 嵐山」とありますからまぎれもなく京都の電車と思われます。
写真の奥には、線路が分岐しているようですが、そちらも電化されているようです。


との、コメントが入っています。

これに対して、
この写真は、嵐山線の桂-上桂間です。桂駅を発車した嵐山行き電車は、急勾配を登って高架線を走り、国道9号線を越えたところで下り勾配になり、上桂駅の構内で地上にもどります。新旧の写真は、上桂駅に到着しようとする電車を写しています。
奥野氏の写真の電車は、1304号を名乗っていますが、私の知っている1300型と、ちょっと違います。調べてみると、新京阪300型として、昭和18年に生まれ、阪急統合後に、1300番台に改番、さらに、昭和32年に新1300型に、番号を譲って、750番台に改番された車両でした。
今の写真では、当時の最新型の2300型(S35登場)がいまや最古参になり、余生を送っているといった雰囲気です。』


と、書いたのですが、他の読者の方から、『もうすこし桂寄りの地点ではないか?
との、コメントがあり調べたところ、やはりそのようでした。以下、その御つもりでお読みください(笑)

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最初、古い写真を見たとき、上桂付近であることは、単線であること、バックに高架線が写っていることからわかったのですが、逆に、困ったなぁとも思いました。
と、いうのは、この付近は家が建て込んでいて、線路脇から電車を写すスペースが無いのでは?という気がしたからです。
事前にロケハンする手もありますが、地図で当りをつけて桂駅から歩くことにしました。現地に行ってみると、まわりはやはり家で囲まれていますが、奥野氏の撮影地とおぼしき場所は、側道があってうまく高架線に登って行くところを写せました。

変わらないのは、線形と架線柱ですね。立派なトラス柱は、昭和初期の開業当時のものでしょう。線形も、開業当時は複線であったため、(戦時中に一線撤去)複線分の路盤が続いています。
新京阪は、将来の発展を期待して、開業にあたり過分ともいえる投資をしたことは有名です。桂駅での京都線の乗り換えの便を考えてか、上下本線の真ん中に嵐山線のホームを作り、上り線を立体交差で越して、そのまま国道9号線の交点まで立体交差にしました。奥野氏の当時でも、まったくの田舎電車ですが、一面たんぼの中を走る高架線と鋼製の大型電車は、それまで省線と嵐電しかなかった京都の西部地区のひとびとの度肝を抜いたことでしょうね。
今でも、まわりの住宅地にくらべて高架線路の構造が古めかしいのが逆に目立っています(笑)


やはり、ロケハンは大事ですね。

01_kami_katura_new02
現地を訪問したのは、午前9時まえでしたが、すでに茹だるような暑さでした。線路脇の百日紅の花が暑さを物ともせずに咲き誇っていたのが印象的でした。
(06/08/03 訪問)
次回は松尾駅の今昔です。

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2006.09.09

【嵐電】今日の一枚(白梅町)

夕暮れのような写真ですが、実は時間は午後2時をすこし回ったところです。薄暗いのは夕立が来る直前で、このすぐあとにものすごい土砂降りになり、付近は水浸しになりました。
うまい具合に、駅前のスーパーで買い物をしているうちに雨は通り過ぎたので濡れずに済みました。
Hakubaicho01
北野白梅町駅に到着するモボ631

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2006.09.08

【京阪】トーマスの7200系をGet!!

夏休みの登場以来、撮り逃がしてばかりいた、トーマス塗装の7200系ですが、今日やっと捕まえて、枚方市で撮影してきました。
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なぜ枚方かというと、お世話になっている、やぶおさんの掲示板に、枚方市近郊で撮影されたと思われる古い京阪の写真が載ったので、その確認に行って来たのです。結果は、街灯もない鉄橋横の川辺は、50年の時間の経過ですっかり変わっていて、これといった証拠は見つかりませんでした。
Hirakata01
近いうちに、昼間に行って見ます。

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2006.09.05

【京阪】今日の一枚(四条)

帰宅時に、丹波橋駅で追い抜いた急行が6001Fだったので、四条で途中下車して、写して見ました。最近、記録の意味でトップナンバーやぞろ目電車が来たら写すようにしています。
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特急に客を取られて、京都市内線では急行はガラガラです。
その中で、ローレル賞のエンブレムが光っています。
この現行の京阪スタイルを確立した電車も、すでに登場から20年以上も経っています。ぼちぼち更新修繕などが予定されているのでしょうか?
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2006.09.03

古いネガの整理が終わりました。

盆休みから始めていた古いネガの整理がやっと終わりました。ネガの本数73本、駒数にして、1700駒以上ありました。
もちろん全部鉄道写真ではありませんが、また折を見て公開したいと思います。
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西武の古典EL、日立電鉄、江ノ電の旧型車、箱根登山の旧型車、樽見鉄道の開業などが写っています。昭和59年の撮影です。

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2006.09.02

【叡山】旧空中ケーブルの切符

ネットオークションで、叡山電車の戦前の旧叡山空中ケーブルの切符を入手しました。探せば出てくるもので、これで3種類目になります。図柄は、蛇が池から大原方面を望んで写しているようです。
ほかの2種類はココ
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S.12年4月22日の日付があります。今より気温が低かった当時は、山上は遅咲きの桜で満開だったでしょう。また今年の延暦寺の行事予定表を調べると、4月22日は「上宮太子講式」(聖徳太子の偉業を称える式典)となっています。70年前にも、この儀式に参加するためお山を目指した参拝者が多かったのでしょうか?

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2006.09.01

【京阪】今日の一枚(淀屋橋)

今日も1900系が来ないか、淀屋橋駅で見張っていましたが、残念ながらやってきませんでした。代わりに2600系のトップナンバーが停まっていましたので撮影しました。10000系があと何本か新製されれば、2600系も「さよなら」でしょうか?
スーパーカー2000系として京阪近代化を担った名車の血を引く電車ですから、第一線を退く日が来ても、産業遺産してぜひ後世に伝えたいですね。
Keihan2600
この写真を撮ったあと、特急待ちの列に並んでいると乗務員さんが胸に名札のようなものを付けておられるのに気が付きました。良く見るとトーマスの缶バッジです。スタンプラリーが終わって、余ったのを宣伝に付けているのかもしれませんが、大のおとなが付けているのをみて笑ってしまいました。
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