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2006.10.29

【江若】浜大津駅の今昔

「京都の鉄道今昔」秋冬ダイヤ第八便は、江若鉄道浜大津駅からお伝えします。このシリーズは、やぶおさんのHP「売り切れ満席」の掲示板 との共同企画でお送りしております。こちらも合わせてご覧ください。
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画像管理者の掲載許可済、無断転載を禁ず、(C)奥野利夫
この写真には、もと投稿の管理人様の
『八回目の今夜は「江若鉄道」を取り上げました。
2両の気動車がホームに停車中です。撮影は真夏でしょうか。夏の陽がふりそそぎ、窓は全部開け放たれています。1両目の気動車は国鉄キハ04タイプのようです。2両目はどうやら流線型のようで、個性的な顔をしていそうですが残念ながら、顔までよく分かりません。

撮影場所も特定できませんが、側線が何本も並び、かなり大きい駅のように思います。駅舎のたたずまいから「浜大津」を予想していますが、鑑定はいかに。

大阪や京都などの大都市に近いにもかかわらず、こんなローカル色あふれる非電化鉄道が存在していたことに驚きます。』


とのコメントが入っています。
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これに対して、私から上の写真とともに、
『管理人様のご推察どおり、江若の浜大津駅からお伝えします。
先週にご紹介した、京阪の浜大津駅に写っております駅舎のホーム側からうつした写真です。

ご覧のように、旅客用のホームは一本しかありません。その次の線路が機回し線で、機関車の付け替えに使用していました。右手に踏切が写っていますが、子供のころ客車列車が浜大津に到着後、機関車を切り離して膳所側に進んで、折り返しこの機回し線を通って、今度は今津側に引き上げ、また戻ってきて客車の反対側に連結するのを見ていたことがあります。この間に何度も踏切が長時間閉まり、人も車もイライラしながら待っていました。

夏休みに大津博物館であった江若鉄道の回顧展の展示で知ったのですが、この浜大津駅は敷地の大半が国鉄の所有で、江若の持分は、駅舎と旅客線と機回し線の部分だけだったそうです。

そして手前の部分は国鉄の貨物駅で、先週に懐古趣味様やなまちゃん様からもコメントいただきましたように、梅小路の8620が膳所駅を基地にして入れ替えと小運転に従事していました。

撮影は、夏のようですが、当時は(今もですが)江若の沿線の琵琶湖西岸には水泳場が点在して、シーズン中には、客車をかき集め、それでも足りなくて国鉄から古い客車を借りて水泳客をさばいたといわれています。写真の列車も満員の盛況のようです。江若の気動車の中には総括制御装置の無いものも多く、その場合2両以上連結して走る時は、それぞれの客車に運転士が乗り込み、ブザーの合図でクラッチを踏みギアをチェンジしてアクセルを踏み込んで運転したそうです。時にはクラッチをつなぐタイミングが合わず、前後の車両に、衝撃を与えながら発車することもあったそうです。

今の写真は、少し引いた位置から写した元江若浜大津駅の位置に立つ、再開発ビルとバスターミナルの写真です。今、江若を偲ぶものといえば、江若バスくらいのものでしょうか?画面中央を横切る道路付近から向こう側が貨物駅と江若の駅の敷地になります。江若が走っていた頃は、手前の駐車場付近はまだ湖面で、観光船が浮かんでいました。』
とのコメントを返しています。
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画像管理者の掲載許可済、無断転載を禁ず、(C)奥野利夫
そうしましたら、管理人様から「江若鉄道の海水浴列車の思い出」という題で、上の写真を貼っていただきました。
『なかっちょさまのお話に出ていた江若鉄道の海水浴列車をご覧いただきます。
C11と思われる蒸気機関車が、江若鉄道の客車を牽引しその後ろには、大キトのスハ32が連結されています。これが国鉄からの乗り入れ客車でしょうか。

サボには間に合わせで「高島町ゆき」と書いてあるように思われます。
地図で確認しますと、大津市の北に高島市があり、おそらくそこに水泳場があったと思われます。

国鉄の客車は膳所から乗り入れてきたのでしょうか。この列車も窓が全部開け放たれ、レジャー客で満員のようです。』

とのコメントが付いています。

私からは、

『浜大津で江若を見たときの思い出の写真が出てきました。
「昭和40年8月、びわ湖ヘルスセンターにて」との書き込みがあります。小生小学校1年でした。

今の地図でいうと、JR湖西線の西大津駅からびわ湖側に進み、びわこ競艇場のある付近の湖岸です。今行くと、とても泳げるようなところではありませんが、当時は遊園地や旅館も並んで手軽なレジャー地区でした。
ちなみに、懐古趣味様の写真の滋賀駅が最寄り駅になります。私たちは京都からの直通バスで向かったと思います。

奥野氏の写真の「高島町駅」は現在のJRの近江高島駅に相当し、萩の浜、近江白浜といった現在でも賑わっている水泳場があります。余談ですが、百貨店の「高島屋」の商号は、近江商人だった初代がこの近江国高島郡の出身から屋号にしたものです。』

というコメントをつけて下の写真を返しています。
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次回は京都市電の今昔をお送りします。

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コメント

 タカシマヤ・・・今日ちょうどタカシマヤの横を通ってきたため、ルーツの話に感心しております^^。
 昭和40年代、まだまだのんびりしていたのですねぇ。タイムマシンがあったら間違いなく訪れているでしょう(笑)。

タカシマヤ・・・は、新宿南口の高島屋ですか?
まだ見たこと無いんです。

私的には、ここに貨物駅があって、DE10が飯田町へ行くワムの紙列車の入れ替えをしていたのを思い出します。←いつの話だ(^_^;)

 二子玉川にある高島屋です。屋上には庭園があり、東急大井町線や田園都市線を眺めることが出来ます。
 遊園地亡き後、二子玉川と言えば高島屋となっています^^。

いわゆる「ニコタマ」のタカシマヤでしたか。
ここはもちろん知ってますが、買い物をしたのは一回か二回くらいです。田園都市線の沿線自体あまり行かなかったので。

溝の口→二子玉川→溝の口の花火大会用の往復乗車券
(A型硬券で往復断線のないタイプ)が残っています。

琵琶湖ヘルスセンターでヒットしました。昭和39年東京オリンピックの年に小学校1年生でした。
大津には雄琴ヘルスセンター・琵琶湖ヘルスセンターくらいしか無かったですね。
南郷水産センターのジェットコースターが出来た時は友達たちと皆で行きました。
琵琶湖ヘルスセンターを知っておられる方がおられ嬉しかったです。

>> らいん屋親父さんへ

こんにちは。
古い写真に、コメントいただきして、ありがとうございます。

琵琶湖ヘルスセンターと紅葉パラダイスと混同してました。琵琶湖ヘルスセンター
は、柳ヶ崎よりもうすこし北の唐崎地区にあったんですね。

南郷水産センターもよく行きました。ここも今行くと、もう時代送れ(失礼)の
遊園地の感じですけど、子供の頃は楽しいところでした。

ご無沙汰しております。喜撰猿丸です。以前、拙ブログにコメントを何度か頂戴し、ありがとうございました。

事後報告になって申し訳ないのですが、昨日付の拙稿「北唐崎(びわこヘルスセンター) 【京都今津線63】」http://contrapunctus.blog103.fc2.com/blog-entry-306.htmlにて、なかっちょ様の記事にリンクを張らせて頂くとともに、びわこヘルスセンターについて言及しておりますので、宜しければご確認のほどお願い申し上げます。不都合やご不明な点がありましたら、コメント欄、または拙ブログメールフォームにてご連絡を頂けると助かります。
宜しくお願い致します。

>> 喜撰猿丸 様

こんにちは。

最近は、なかなかコメントできないのですが、いつも楽しく読ませていただいてます。

琵琶湖ヘルスセンターとは、懐かしですね。もう写真の時から50年も
経ってしまいました。

琵琶湖の南湖に、水泳場があったとは、まだのどかな時代だったんですね。

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