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2006.10.09

【近鉄(奈良電)】丹波橋の今昔(1)

「京都の鉄道今昔」秋冬ダイヤ第5便は、近鉄(奈良電)丹波橋からお伝えします。このシリーズは、やぶおさんのHP「売り切れ満席」の掲示板 との共同企画でお送りしております。こちらも合わせてご覧ください。

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画像管理者の掲載許可済、無断転載を禁ず、(C)奥野利夫

この元投稿には、管理人さまの
『9月の再開以来、ずっと阪急電車を取り上げてきましたが五回目の今夜は、初めて近鉄電車(と思われます)を取り上げます。

線路が4本もある大きなジャンクションを渡り線を通って電車が駅に着こうしています。481形という電車ですが、サボに文字が見えます。リサイズ前の写真を拡大すると「京都 橿原神宮」と読み取れましたので近鉄電車と判断しました。
481形は、スタイル的には古いタイプに見えますがノーシルノーヘッダーで、前面Hゴムと改造電車のようにも見えます。

この電車や撮影場所についての情報をお持ちの方の書き込みをお待ちしています。』

とのコメントが入っています。

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これに対して、私から
こんばんは、今日の今昔は、また【京阪】の丹波橋駅からです。わざわざ【京阪】と断ったのは、【近鉄】にも丹波橋駅があるからです。でも、奥野氏の写真の電車は、管理人様の説明にもあるように近鉄の電車のようです。

前に京阪の丹波橋の今昔をお送りした時に話題になりましたので、ご存知の方も多いと思いますが、このころは京阪と近鉄(当時は奈良電鉄)が丹波橋駅を介して相互乗り入れしていました。
この乗入れは、戦後すぐに始められ、1968/昭和43年に、近鉄が1500Ⅴ昇圧のため中止になるまで続けられました。
当時の時刻表などを見ると、京阪三条と近鉄奈良、近鉄京都と京阪宇治などの系統があったようです。また乗り入れしない奈良電(近鉄)の電車も京阪のホームを共同使用していたため、同一ホームで乗換が出来て、今よりは便利だったようです。

ただ、奈良電の京都行きの列車は、奥野氏の写真にあるように京阪の下り線を横切って、京阪の上りホームへ進入するため、信号待ちが多く、『よく運転士が警笛を鳴らして、信号係へ「はやくポイントを切り替えろ!」と催促していた。』という光景が見られたと、市民新聞の伏見区の昔話で読んだことがあります。


駅の構内は、当然乗り入れ当時の線路配置は残っていませんが、今の写真の一番右手の安全側線がかつての奈良行きの線路の跡です。
とのコメントを付けてアップしました。
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奥野氏の写真に写る「481番」の電車を、書き込みしたときは知らなかったのですが、この電車は、『モ460型(461~482)という形式』で、近鉄奈良線の前身大阪電気軌道(かつては大軌とよばれていました)の前面五つ窓の木造車200形260形の鋼体化車で、正面2枚窓の非貫通車とお写真の貫通扉つきの2種類がありました。この電車客室窓や扉に種車の部品を多用したため近鉄の鋼体化車の中では比較的原型の面影を残している存在です。古臭い感じがするのはその所為です。』
素性の車であることを教えていただきました。なにわさま、懐古趣味様にお礼申し上げます。

その他、近鉄・京阪乗入れ当時の話題や現状報告(廃線跡巡り)が掲示板で交わされました。ぜひ続きをお読みください。ただしこの掲示板は話題が進むのが早くて、丹波橋の話題ははるか向こうへ行っている場合がありますのでご了解ください(笑)
次回も丹波橋相互乗り入れの続きをお送りします。

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