« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »

2006年11月に作成された記事

2006.11.30

【訃報】映画監督の実相寺昭雄さんがお亡くなりなりになりました。

映画監督で、我々の世代には、「ウルトラマン」のディレクターとして有名な、
実相寺昭雄さんが、お亡くなりになりました。69歳でした。

実相寺監督は鉄道ファンとしても有名で、最近取り組んでいる、京都の鉄道今昔の取材でも、戦後から昭和40年代くらいの関西の鉄道の話題を取り上げた「昭和電車少年」などの著作を資料として参考にさせていただいています。

ご冥福を心よりお祈りします。 
合掌

【京福】比叡山ケーブル・ロープウェイが冬季運休

駅の掲示やHPの記事によりますと、京福叡山ケーブル・ロープウェイは、冬季期間(12月1日~12月31日と1月4日~3月16日)は施設整備のため、運転休止になります。
山頂のガーデンミュージアム比叡も来年4月20日まで休園になります。

但し、正月三が日は運転され、元日には、早朝運転(八瀬駅発車時刻:6時05分、6時25分)が予定されています。山頂で初日の出を見るイベントがあり、先着100人にホットドリンクのサービスもあるそうです。
私はたぶん大晦日の夜更かしで、起きて見にいけそうもありませんが(笑)

今まで、施設点検のため1~3日程度の運休はありましたが、これほど長期間の運休は記憶にありません。過去の鋼索車両や搬器の取替えでも、1週間からせいぜい1ヶ月弱で運転再開したように思います。

かなり大掛かりな施設更新を予定しているのでしょうか?
(たとえば、軌道をレールから鞍馬寺のようなゴムタイヤ走行に変えるとか、廃止になった比良索道の施設を持ってくるとか(どちらも京阪系の索道なので有り得ない話ではない?)

まさか、施設整備は表向きの理由で、実際は乗客が極端に減る冬季に運休して、経費節減を図るのではないでしょうね(^^ゞ

***
Cable01
叡山ケーブルカー新造記念乗車券、1988(S63)/01/01、
pinboke_entry

2006.11.28

【阪急】上牧駅付近の今昔

「京都の鉄道今昔」秋冬ダイヤ第十二便は、阪急上牧駅付近からお伝えします。このシリーズは、やぶおさんのHP「売り切れ満席」の掲示板 との共同企画でお送りしております。こちらも合わせてご覧ください。
0004891 画像管理者の掲載許可済、無断転載を禁ず、(C)奥野利夫

この写真には、管理人さんの元投稿の
『第十二回の今夜は毛色が変わった一枚を紹介します。
走ってきた電車はファンデリアを装備した1300形という阪急電車ですが写真をよく見ると,ホームの基礎部分の造りからどうやら仮駅のようです。

それでいながら,軌道はコンクリート枕木のしっかりしたもので架線柱はと見ると,なんとこれは静岡地区でも見慣れた新幹線のものと瓜二つです。

もしや,新幹線軌道を阪急電車が走っている姿でしょうか。
というのは,昔々の鉄道雑誌で新幹線の線路に阪急電車が走った写真を見た記憶があるのですが。
いつどんな目的で阪急電車が乗り入れた?のかはその道にお詳しい先輩諸氏のみなさまのお力をお借りしたいと思います。』

とのコメントが付いています。

0004899

これに対して、私からは
『京都の今昔は、またすこし越境して、大阪府高槻市内からお送りします。

すでに多くの方からコメントをいただいてますように、新幹線の工事中のため阪急京都線も高架にすることとなり、その仮線として新幹線の路盤を使用していた頃の貴重なスナップです。場所は、前後の写真から「上牧駅」と判定しました。

この写真は、私の我がままで、管理人さんにお願いして無理にシリーズに入れていただきました。新幹線と阪急の並走する写真を是非、捕らえてみたかったからです(^^ゞ

2回程、大山崎-上牧間に通って、どちらも1時間以上粘りましたが、なかなかうまく並走してくれません。そのなかで、ちょっと遠いですが、なんとか並んだのがこの写真です。』
とのコメントを返しています。

0004900
そして、上の写真が上牧駅の現状です。
島式ホームの横を新幹線が高速で駆け抜けていきます。

今回の話題は、関西の鉄道史に残る、「新幹線を仮線にした阪急」とあって、場所の特定から、工事概要、当時を知る方の貴重な体験談や写真の投稿をいただきいつもにも増してにぎやかな掲示板になりました。
他の方のコメントはこちらからどうぞ
おまけ
0004901m_1

阪急の昔つながりで、P6のさよなら記念乗車券を貼ります。
次回はJR京都駅からお届けします。

link_01 link_02 link_03 link_04

2006.11.26

【京福】嵐山線の一部駅名を来春に改称

新聞記事によると、京福電鉄では、来年の3月19日より、嵐山線の全20駅の3分の1にあたる7駅の名称を変更すると発表しました。

 現行      改正   (理由)
三条口 → 西大路三条 (京阪三条駅との混同を避ける)
太秦  → 太秦広隆寺 (もよりの寺社名つける)
車折  → 車折神社 (同上)
嵯峨駅前 → 嵐電嵯峨 (JR嵐山嵯峨との混同を避ける) 
高雄口 → 宇多野(高雄からは離れているため地元の地名にする)
御室 → 御室仁和寺 (もよりの寺社名をつける)
竜安寺道 → 龍安寺 (同上)

難読駅名の多い嵐電ですが、観光客にわかりやすくして、観光資源を多く抱える路線をよりアピールするのが狙いのようです。

同様の理由で、昭和50/1975年に「嵯峨野→有栖川」の例がありますが、地下鉄東西線の開業やJR嵯峨野線の複線化をにらんで、全面的な改称に踏み切るようです。ただし、西院(さい)駅の読み方を阪急にあわせて「さいいん」に統一するのは見送るようです。

駅名の改称は、「愛着のある名前が消える。」などの反対運動がある反面、地元から積極的に働きかける場合もあり、どちらがよいともいえませんが、これが嵐電の発展につながることを願っておきましょう。

(日経新聞 京都版 2006.11.25 朝刊参照)

Hokomaku2
pinboke_entry

2006.11.25

【叡山】鞍馬線沿線のもみじ(3)

いよいよメインの貴船口駅付近です。
朝9時前に現地に着いたのですが、すでに観光客やカメラマンの姿が目に付きました。私は集合地まで徒歩2分(笑)ですが、みなさん早起きされたんでしょうね。
Kurama01
朝の貴船口駅、まだ売店も駅の窓口も閉まっています。
Kurama03
貴船川鉄橋を俯瞰撮影、まだ日が当たってきません。
Kurama06
駅前の梶取橋から
紅葉に露出を合わすと、電車が白く飛んでしまいます(^^ゞ
Kurama07
鞍馬川のもみじ谷を行く「こもれび」
Kurama11
清流電車ともみじ谷
Kurama09
朱色の神橋とオレンジのもみじ電車
link_01 link_02 link_03 link_04

【叡山】鞍馬線沿線のもみじ(2)

次は、二ノ瀬駅付近です。私は、この駅のホームのもみじの照り具合でその年の鞍馬・貴船方面のもみじの具合を推測しています。あまり良くないと撮影を中止して帰ります(笑)
Kurama17
もみじトンネル抜けて新緑電車が、二ノ瀬駅に到着
Kurama51_1
ログハウス風の待合室とカエデの大木がもみじ電車にマッチ
Kurama52
四季彩電車「こもれび」にもみじが映える
Kurama14
お茶の花を揺らして、桜色の電車が通り抜ける(二ノ瀬-貴船口)
Kurama15
入れ替わりにやってきた赤いきらら
Kurama12
鎮守様の陰から顔をだした桜電車 (二ノ瀬-貴船口)
ここから鞍馬山にのぼるハイキングコースが始まります。
この日も大勢のハイカーで賑わっていました。
link_01 link_02 link_03 link_04

【叡山】鞍馬線沿線のもみじ(1)

やっと秋晴れの休日になったので、叡電鞍馬線沿線のもみじを見てきました。
たくさん写真を写したので、何回かに分けてお送りします。
まずは、紅葉のトンネル付近から。 (市原-二ノ瀬間) 2006/11/25 a.m.撮影
Kurama34
紅葉のトンネルのライトアップ区間
徐行してくれるので、ゆっくり見物できます。
Kurama26
車内も照り返しで真っ赤に
Kurama21
鞍馬街道側からみたトンネル区間、紅葉につつまれています。
Kurama10
トンネルの出口に相当する二ノ瀬鉄橋付近
あいにくと鉄橋の塗装工事中です。
Kurama18
二ノ瀬鉄橋をわたる新緑電車
Kurama20
二ノ瀬鉄橋付近を渡る清流電車
link_01 link_02 link_03 link_04

2006.11.24

枚方菊人形

りばてぃさんから、菊人形の話を書いて欲しいとのコメントがありましたので、すこし。

去年の枚方菊人形が閉幕する時に、「最近の菊人形は、いっときにくらべてつまらなくなった、これでは、中止もやむ得まい。」といった記事をのせたことがあります。

ことしになって、この菊展を懐古する新聞記事を読む機会がありました。そこに菊師の方のお話が載っていて、「菊人形を作れる人も少なくなった。重労働で跡継ぎもいない、わしも年だし、もう引退したい。」と書かれています。

裏方の方の苦労も知らず、つまらないからやめろとは、失礼なことを言ってしまいました。もと菊師のみなさん、すみませんでした。ゆっくりとおくつろぎください。そしてまた楽しませていただける機会をお待ちしています。

Kiku_ningyo

2006.11.21

【京阪】ひらぱーラッピング電車

ひらぱーの「どうぶつの森 わくわくヴィレッジ」のラッピング電車です。ホームで電車を待つ人も思わず目を見張るカラフルな装飾電車になっています。
トーマスのラッピング電車と並んだりすると、遊園地のおとぎ電車の乗り場と間違えそうです(笑)

去年までは、この時期の装飾電車は「菊人形」に決まっていましたが、ことしから中止になったため、客寄せにかわいさをアッピールした電車を走らせているのでしょうね。
Wakuwaku01
Wakuwaku02
三条駅にて
pinboke_entry

2006.11.20

曼殊院・赤山禅院の紅葉

昨日は雨模様でしたが、近くの曼殊院・赤山禅院の紅葉を見てきました。
このところの冷え込みで、山も里も木々が一気に色付きました。今年は紅葉の色付が遅いとの予報でしたが、なんとか様になってきたようです。
2006_momiji01 曼殊院
2006_momiji02 曼殊院
2006_momiji03 修学院離宮中茶屋を望む
2006_momiji04 禅華院
2006_momiji05
禅華院
2006_momiji06
赤山禅院
2006_momiji07 赤山禅院
2006_momiji08 赤山禅院
今週末の飛び石連休が一番の見ごろのようです。

*********************************************************

btn415b

2006.11.19

【京福】西院駅付近の今昔

「京都の鉄道今昔」秋冬ダイヤ第十一便は、京福西院駅付近からお伝えします。このシリーズは、やぶおさんのHP「売り切れ満席」の掲示板 との共同企画でお送りしております。こちらも合わせてご覧ください。
11_sai_old01
画像管理者の掲載許可済、無断転載を禁ず、(C)奥野利夫
この写真には、管理人さんの元投稿の
『今夜は第十一回を迎えました。先週に引き続いて嵐電を運転いたします。ただし先週とはうってかわっての雪景色です。
京都の街は1年に何回か雪が積もることがあるようですが昭和30年のこのときは,かなりの大雪のようです。

軌道面や民家の屋根の積もり具合を見ると積雪30㎝ぐらいにはなっているのではないでしょうか。

その積雪のため,軌道の様子がはっきりしませんが信号機があることや,民家との境に柵が設けられていることで専用軌道の区間ではないかと思います。カーブの途中に駅があるようです。

例によって撮影地点は管理人には皆目見当がつきません。このお写真についてお心当たりのある方嵐電や沿線にまつわるお話しを書き込みいただければうれしく思います。』

とのコメントが付いています。
11_sai_new01
これに対して、私からは
『今夜の今昔は、続いて嵐電からお送りします。

撮影場所は、西院(さい)駅の少し四条大宮よりです。前にトロリーバスの今昔でお送りした場所とは、駅のホームをはさんで反対側になります。ここまで四条通に沿ってほぼ真西に向かっていた線路は西院駅をまえにして北西に向きを変え、四条通りを斜めに横切って、車庫の横でほぼ真北を向きます。

管理人様も書かれていますが、みごとな雪景色です。最近は京都市内の中心部ではこれほど積もることは無くなって来ました。やはり地球温暖化の影響でしょうか?

電車の説明はたびたびやってますので、きょうはこの変わった駅名の由来を書いておきます。

京福電車のホームページには、
『平安時代初期の833年、淳和天皇が佐比(さひ)大路と四条大路が交差する付近に造営した離宮を、京都御所から見て西の方角に当たるため、「西院」と呼んだことが地名の起こりと言われており、この地名を駅名としました。』
と、書かれています。一般にはこれが由来とされています。

ほかにも、賽(さい)の河原の伝説や、佐比大路、佐井(さい)通りに由来するなどいくつかの説があります。興味のある方は、検索サイトで「西院 由来」などのキーワードで探ってみてください。』
とのコメントを返しています。
12_sai_old02
この写真の場所の推測はけっこう難しかったらしくて、他の駅やもしかしたら?といった答えが多かったです。わたしもはじめ管理人様より選んでいただいたときは、「カーブの感じから西院かなぁ?」という程度で、はっきり断定は出来ませんでした。その前後に、今回貼っていただいた「澤田?商店」の写真があり、参考にとケータイヘダウンロードして現地へもって行きました。

四条通から現地に踏み切りへ行くと有りました「沢田石材店」が。墓石や灯籠がゴロゴロ置いてありました。それで西院駅と確定したしだいです。

それと、現地の地域表示を見て知ったのですが、嵐電の西院駅と車庫は中京区壬生地区、阪急の西院駅は右京区西院地区です。駅名と地名が一致しないところは良くありますが、嵐電もそのひとつだったのですね。
おまけ
11_sai_new03
嵐電の方向幕一覧表
次回は阪急上牧駅付近からお届けします。

link_01 link_02 link_03 link_04

2006.11.18

JR恐るべし

いまさらながら、こんな事を書くのもおかしいですが、普段JRをあまり使わない身には、昨日は、JRの実力を見せ付けられた一日でした。

たまたま振休が取れたので、朝早くから「鉄」してきました。
まずは滋賀県の某駅に向ったのですが、京都駅での撮影が長引いて、某駅からの接続ぎりぎりの電車に乗り込ました。一駅止まる毎に時計と睨めっこしたのですが、無事到着、ジャストタイムでバスに乗り継げました。一本逃すと、今日の予定がすべておじゃんではありませんが、さすがにその速力には感服しました。

さて、それから乗ったり降りたりしながら夕方までJRの電車のお世話になったのですが、平日のデータイムにもかかわらず、どの電車も始発から乗った一本を除いて、すべてかなりな乗車率で、ひとりでワンボックスを占領して悠々と移動どころか、座ることもままならない電車ばかりです。

並走する私鉄やバス路線はどれもガラガラとは言わないまでもJRほど混んでません。「あるイベントが終わったときに、最寄の私鉄駅を通り越して、少し離れたJRの駅まで観客の列が続いた。JR恐るべし」という書き込みを、某掲示板でよんだことがあります。その時は「まさかぁ???」と思っていたのですが、こうして実体験してみて、アーバンネットの実力と集客力に脱帽しました。

JR恐るべし
pinboke_entry

2006.11.17

【京都市電】北野線の保存車 (2)

河原町御池東入の京都市役所前の幼稚園に保存されているN電です。
この電車は、もとN21号車で、京都市役所の斜め向かいにある幼稚園にあります。園内の立ち入りは出来ませんが、ご覧のように御池通りの歩道から写真を写すことができます。
グリーンとクリームの現役時代に似せた塗装になっています。ポールや足回りもきちんと残っています。車内は、園児たちの遊び場になっているのかカーテンはレースに取り替えられています。
Oike01_1
訪れたのが夕方で、すでに園児たちは帰宅していて園内はガランとしていました。一度子供たちの歓声に包まれている幸せな電車をスナップしたいものです。

(2006/11/17)
Oike02_1
pinboke_entry

2006.11.13

【京都市電】北野線の保存車

京都市北区の大宮交通公園にある、市電北野線の保存車です。車体の№は6号になっていますが、もとN1号車でした。
廃止後40年以上たちますが、かなりきれいに残っています。車内は図書室になっています。となりには京都市電1860号車や元加悦鉄道のC160型SLが並んでいます。
Kotukoen04
Kotukoen05
pinboke_entry

2006.11.12

【京福】蚕ノ社駅付近の今昔

「京都の鉄道今昔」秋冬ダイヤ第十便は、京福嵐山線蚕の社駅付近からお伝えします。このシリーズは、やぶおさんのHP「売り切れ満席」の掲示板 との共同企画でお送りしております。こちらも合わせてご覧ください。
10_kaiko_old01
画像管理者の掲載許可済、無断転載を禁ず、(C)奥野利夫
この写真には、管理人様の
『京都の鉄道今昔もはやいもので第十回を迎えました。初めて嵐電を運転いたします。
撮影は盛夏のことと思います。特等席ではランニング姿の小学生二人が前面展望を楽しんでいます。その隣は車掌さんと,運転士さんでしょうか。

前面の窓が開け放たれて,気持ちがよさそうです。冷房車が普及した現在ではもうこんな光景は見られませんが昔はごく普通に見られた風景なのでしょうね。私も一度真似をしてみたいものです。

ところで,嵐電の車体は重心が低くて特徴がありますね。2両つないでいますが,後ろの1両はまた形式が違うようです。駅名標の一部が見えるので嵐電にお詳しい方なら撮影場所の解明の大きなヒントになると思われます。

嵐電や沿線にまつわるお話しを書き込みいただければうれしく思います。』

とのコメントが入っています。
10_kaiko_new01
これに対して、私から上の写真と共に、
『たまたま、写真に駅名標の一部が写りこんでいますのでどこの駅かはすぐにわかりますが、これが無いと、ココドコ?状態かもしれません。今の写真を見ていただくと良くわかりますが、それほどこの付近は変わっています。

草蒸した線路、板敷きでロープで囲っただけのホーム、車体もベコベコで失礼ながらあまり手入れがされているとは言えません。しかしながら、乗客は一杯です。先頭車の窓から顔を出しているやんちゃ坊主ふたりなどは、私の小学生時代のようです。昭和40年代前半当時でも、Tシャツといった気の利いた夏用の子供服も少なかったですから、よくランニングに短パンで遊びまわったものです(笑)

電車は前がモボ122号、後ろが独特のドア配置からク201型とわかります。番号はちょっと読み取れません。モボ121型は昭和11/1936年、ク201型は昭和25/1950年製ですが、結構長生きして、1995年頃まで一部機器を更新しながらもこの原型のままの活躍が見られました。もちろん冷房などありませんから、夏は窓全開でした。街中の路面区間を走る嵐電の夏は暑かったです。たまに冷房車が来るとほっとしたものです(^^ゞ

1980年代後半から順次車体を更新し、ク201型は今の写真のモボ631型に生まれ変わっていきます。

しかし、奥野氏の当時の写真を拝見しているとどの電車も満員の乗客を乗せて走っている姿ばかり目に付きます。まだ、鉄道が陸上交通の王者として君臨していたよく時代のひとコマなのでしょう。』

とのコメントを返しています。
10_kaiko_new03
続けて、上の写真と共に
『昔の写真のモボ121型は、モボ621型になりました。
今の写真は、蚕ノ社駅の上りホームの後ろから写しています。これから電車でおでかけのようです。私もこの写真を写してから飛び乗りましたが車内は、けっこう混雑していました。朝から、阪急→京福と撮り歩いていて、冷房車でありがたかったです(笑)

この写真を編集していて気が付きましたが、この駅の出発信号機は橙・赤現示ですね。もっともこれから路面区間が続き、道路の最高速度は40Km/Hですから問題ないですけどね(笑) (2006.08.05 撮影) 』

と続けています。
Kaiko03_1

最後に、上の写真を掲げて、駅名の由来を説明しました。

「蚕の社」とはその名の通り、養蚕・織物の神様を奉った養蚕神社からとっています。正式名は「木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてらすみたまじんじゃ)と申しまして、蚕ノ社はその境内にあります。「三本鳥居」という、足が三本ある変わった形の鳥居がここの名物です。(ただし池の中にあって通り抜けることは出来ません。)
おそらく正式な神社名が長いので通称名を駅名に採用したのでしょう。
この付近は古代から秦氏の配下にありました。秦氏は大陸からの渡来民族で、当時のハイテクの養蚕・機織や土木技術を使って、京都盆地を切り開きました。いまも映画村で有名な「太秦駅」にその名を残しています。また近くには秦氏の首長の墓といわれる古墳がいくつか残っています。』

しかし、嵐電には、次週紹介する予定の「西院(さい)」をはじめ、「帷子ノ辻(かたびらのつじ)」「鹿王院(ろくおういん)」「車折(くるまざき)」など難読駅名がならんでいます。それぞれに由来があります。興味のある方は京福電鉄のHPに簡単な紹介があります。参考にしてみてください。

次回は「西院駅付近の今昔」をお送りします。

link_01 link_02 link_03 link_04

2006.11.11

カードコレクションを切符館にまとめました。

大変遅くなりましたが、このブログで紹介してきました、毎月のカードタイプ乗車券類を会社ごとに分類して、切符館にまとめました。
たいした物はありませんが、お暇な時にご覧いただければ幸いです。

下のバナーより、 What's New「切符館にカード乗車券類のコーナーを追加」にお進みください。
pinboke_entry

2006.11.10

【京阪】北浜駅とライオン

夜の北浜駅前の風景です。地下道の出口で、ライオンが頑張っています。この向って右側が口を閉じた吽形で、左側に口をあけた阿形が並んでいます。
何ゆえ、橋の装飾にライオンを置いたのかは知りませんが、今は閉店しましたが、近くに三越大阪店があることから、有名な三越ライオンと関係があるのかもしれません。
Kitahama01 

link_01 link_02 link_03 link_04

2006.11.08

京都市が来年1月にLRTの実証実験

新聞の報道などによりますと、京都市は、来年1月24日に、今出川通りで、LRTの実証実験を行います。

今出川通りの出町柳から北野白梅町間、4.1KmをLRTの路線と想定し、専用レーンを設けて、LRTに見立てた、市バスを10分間隔で走らせて、道路の混雑や沿線住民への影響を調べるそうです。

途中に駅に相当する停留所を4箇所設けて、モニターによる乗降の状況や、道幅の広い白梅町-千本間を複線区間、狭い、千本-出町間は単線と想定して、停留所間の行き違いや、交差点で信号をすべて赤にしての行き違いの実験なども行われるようです。

市交通政策室では、まだまだ低いLRTの認識を一気に高めることも狙っているようです。
モニターは12月1日から300人募集するそうですが、いまのところ具体的な応募要領は載っていません。平日(水曜)ですが、予定のたつ方は(もちろん私も(笑)は、市交通政策室のHPを注意していましょう。

6月に開かれたLRTのシンポジウムに行ったときは、まだ半信半疑でしたが、市もかなり真剣に考え出しているようです。鉄道ファンとしては諸手を挙げて賛成と言いたいのですが、市民(=納税者&利用者)の立場としては、これからの政策の推移を注意深く見守りたいものです。

参考:京都新聞、日経新聞 11月8日朝刊

2006.11.07

カードコレクション(10月分)

最新収集した、カード・チケット類の中からいくつか紹介していきます。ある程度まとまったら、HPの「切符館」で分類→公開する予定ですが、いつになることやら(^^ゞ

2006年10月の収集品 (カード)

図柄  名称、発行日
発行箇所、金額
061008_3 スルッとKANSAI
Kカード
1900系50周年記念
2006/10/08
出町柳駅
2000円
061016 スルッとKANSAI
Kカード
トーマスと仲間たち
2006/10/16
出町柳駅
1000円
061001_1 阪急阪神
ホールディングス誕生
記念一日乗車券
2006/10/01
阪神梅田駅
1200円
061008_4   スルッとKANSAI
らくやんカード
阪急阪神
ホールディングス
誕生記念
2006/10/08
阪神梅田駅
1000円 

line_01

link_01 link_04

2006.11.06

【京都市電】四条烏丸の今昔

「京都の鉄道今昔」秋冬ダイヤ第9便は、再び、京都市内へ戻って四条烏丸からお伝えします。このシリーズは、やぶおさんのHP「売り切れ満席」の掲示板 との共同企画でお送りしております。こちらも合わせてご覧ください。
09_karasuma_old01
画像管理者の掲載許可済、無断転載を禁ず、(C)奥野利夫

この写真には、管理人様のもと投稿
『久しぶりに京都市電を取り上げます。電車は1000形です。この電車なら以前、祇園での京都市電を取り上げたときに登場したのと同じ電車でしょうか。

広い通りはいかにも京都らしく並木道になっています。そして目立つのが「木津川水泳場」「主催 朝日新聞社 奈良電車」と記入された横断幕です。

この横断幕によって撮影は夏休みそれも影の長さや人通りから、早朝の撮影かと予想されます。

当時は木津川に水泳場があったのでしょうか。盆地の京都周辺で水泳ができるところいえば、先週取りあげた琵琶湖が思い当たりますが、木津川も有名だったと思われます。それにしても母と子の水泳場とは妙なネーミングですね。

きょうは鉄とそれた話題になってしまいました。運転指令長殿すみません。』

とのコメントが付いています。

09_karasuma_new01
これに対して、私から
『最初、この写真を見たときは、電車の行き先表示から京都市内中心部の烏丸通?とは推測してみたのですが、正確にどの停留場の近くかが、なかなか判りませんでした。

ランドマークになる建物などがあればすぐに判りますが、この付近は変化が激しく撮影の頃を知らないと、判定がむつかしいです。
まず目を付けたのが、「福徳相互銀行」と「協和銀行」の看板です。どちらも現在はりそな銀行グループに統合されましたが、りそな銀行の京都支店は、今も四条烏丸にあります。次に、写真の奥に小さく写る建物に見覚えがありました。これは現在、新風館とよばれる若者向きのショッピングビルに改装された、旧電電公社の三条電話局です。私事ですが、父親がここに電話技師として勤めていて、何度か迎えに行った覚え
があるのです。決め手になったのは、手前の線路の渡り線です。

電話局、銀行、渡り線の3題話で「四条烏丸電停の北詰」と判定しました。
そうすると、電車は南進して京都駅に向っているところなので、影の向きから見て、午後、それも夏の遅い夕暮れ時のようです。背後の山並みは北山になります。

この写真の電車は、まだポールを前後につけて走っています。おなじ時に撮影された他の写真を見ると、すでにピューゲルに変わっているものもあります。ポールとピューゲルの両方載せている欲張った(笑)電車も走っているので、まさに過渡期であったことがわかります。
この市電の集電装置変更は、昭和30年秋の京福叡山線の宝ヶ池乗り入れの中止のきっかけにもなっています。ちなみに乗り入れに使用されたのも、この1000型電車でした。

管理人様も話題にされていますが、道路を横切って貼られているのが、前の京阪・近鉄(奈良電)の相互乗り入れのときにも少し話題になった、「木津川水泳場」の宣伝幕です。新聞社と並んで、「奈良電鉄」の名前も上がっています。なまちゃんさまのお話では、昭和39年に廃止されたそうですが、私も親からよく話は聞きました。
市内の目抜き通りに宣伝幕を出す位ですから、海の遠い京都では、手軽に水に親しめる天然のプールとして親しまれたのでしょう。ここから市電で京都駅へ行き、そこから奈良電に乗り換えて一時間弱程で着きます。臨時駅も開設されてにぎわったそうです。

奥野氏の撮影の頃は、電車ものびのびと走っています。あるいは盆休み中かもしれません。私の知る四条烏丸付近は、京都市内最大のビジネス街のため、電車もバスも道路も混雑していて、いつになったら目的地に着くかイライラしてつり革を引っ張っていたものです(笑)

変わって、今の写真ですが、撮影に行った日はたまたま時代祭りの日に当たり、市内は時ならぬラッシュに見舞われていました。いつまで待っても車の列が途切れずなかなか撮影のタイミングがやってきません。なんの変哲もない渋滞した道路のスナップしか貼れなくて申し訳ありませんm(__)m 』

と、ちょっと長文のコメントを返しました。続いて下の写真を貼り、
09_karasuma_new02
『奥野氏の撮影位置とは電車をはさんで対角線の位置の烏丸蛸薬師交差点東側から写すと、このような洋館をバックに走る路線バスの写真が撮れます。この建物はもと銀行でしたが、今はギャラリーに改装されています。この付近には明治時代に建てられた洋館や江戸時代から続く京町家がたくさん残っています。』
とのコメントを返しました。
09_karasuma_new03
町屋の見本として、この典型的なうなぎの寝床のスタイルが見られるお家を貼ったのですが、意外と好評で、今も「やぶおさんの掲示板」で古民家、古建築の話題が続いています。私は模型はまったくやらないので知らなかったのですが、模型の情景造りに、古民家のジオラマが発売されているそうです。
次回は嵐電蚕の社の今昔です。

link_01 link_02 link_03 link_04

2006.11.05

源氏物語宇治十帖を巡るハイキングに行ってきました。

源氏物語の宇治十帖を巡るハイキングに、行ってきました。
集合は、京阪宇治駅前です。駅前広場でスタンプ帖をもらって、出発しました。

Uji18 Uji21 3番(手習)

歩き出してすぐに、1番「東屋」、2番「椎本」と続きます。つぎの京阪宇治交通の宇治車庫前バス停留所付近に3番「手習」とポンポンとスタンプが貯まります。でもここから三室戸寺の門前までが急なのぼりにかかります。
しばらく歩くと旧奈良街道と交差します。ここは西国三十三ヶ所の札所巡りの巡礼道でもあります。ふるい石柱の道標が目に付きました。

Uji03
右 みむろみち(三室戸寺)
左 おうばくみち(黄檗山万福寺)
Uji04
左 うぢ みむろどう道(宇治 三室戸寺)
右 おうばく 上のだいご道(黄檗山万福寺 上醍醐寺)

旧街道沿いには、立派な長屋門を構えた民家が2軒並んでいました。この付近の庄屋さんか近くの厳島神社の神主さんのお宅でしょうか。

Uji05 Uji06_1

11番「厳島神社」でスタンプを押して、三室戸寺へ向います。途中にトタン葺きながら、長押を上げ、本瓦葺に似せた押さえを並べた民家を見つけました。
雑貨屋さんには、なつかしい「7UP」の看板も見つけました。

Uji02_1 Uji07

三室戸寺でスタンプを押すと、あとは宇治橋まで下り坂です。5番「蜻蛉」を押して、源氏物語ミュージアムで昼食休憩にしました。名誉館長である瀬戸内寂聴さんの文化勲章受賞の話題もあって、館内は賑わっていました。

Uji09 源氏絵巻灯籠と館内の庭のたたずまい Uji08_2 ミュージアムの玄関でみつけた溝ふた、さすがもみじの名所だけあって、素敵なデザインです(笑) 真ん中は宇治市章.

ロビーで、源氏クイズに挑戦しました。
第一問、源氏物語は何帖からなっているでしょうか? A.44帖、B.54帖、C.64帖
第二問、源氏物語の第一帖の巻名は? A.若紫、B.明石、C.桐壺
第三問、紫式部が源氏物語の構想を練ったのは?A.石山寺、B.平等院、C.三井寺
第四問、源氏物語の登場人物は、およそ何人? A.200人、B.300人、C.400人
第五問、光源氏の長男は? A.薫、B.夕霧、C.頭中将
第六問、普賢菩薩の乗り物(象)にたとえられた容貌の持ち主は?
                                A夕顔、B.花散里、C.末摘花

六問全問正解で、そなたも源氏物語博士でおじゃる(笑)

Uji10 15番(宇治上神社) Uji12  13番(恵心院)
Uji11_1
ミュージアムを出て、さわらびの道わ歩きながら、6番総角、15番宇治上神社、7番早蕨と押していきます。宇治上神社では、国宝の本殿の格子の中にカマキリがいるのが面白くて、シャッターを切りました。
やがて、再び宇治川べりに出ました。秋の日を受けて水面はきらきら光っています。おもわず百人一首のうたを口ずさんでしまいました。(柄にも無いですが(^^ゞ )
Uji16 8番(夢の浮橋) Uji13_2 21番(縣神社)
川沿いに、12番「橋寺放生院」、13番「恵心院」、14番「興聖寺」、と押して回ります。恵心院(宇治十帖で、身投げした浮舟を助ける横川の僧都のモデルといわれる恵心僧都源信ゆかりの寺)では、平安時代の作の十一面観音像を拝むことができました。高さ三尺程度のちいさな仏様でしたが、柔和な顔つきをされておられます。
宇治橋を渡ります。橋のたもとで8番「夢の浮橋」、あがた神社参道で9番「橋姫」、平等院前で22番「平等院」、21番「縣(あがた)神社」と続きます。
宇治から大津に抜ける宇治川ラインの道は車で一杯でした。ここはハイキングのコースとしては、ちょっとの気がします。
Uji14
料亭「花やしき」
Uji15 「喜撰橋」を渡ればゴール」
平等院の裏を通り、戦前の無産政党家の山宣ゆかりの「花やしき」を過ぎて、10番の「宿木」を押すとコースは終わりです。喜撰橋(「世をうぢ山と人はいふなり」の百人一首で有名な喜撰法師にちなむ)を渡り中ノ島に入るとゴールです。
23箇所中18箇所まで回れました。もちろん天ケ瀬ダムの近辺まで行って全行走破された人も何人もゴールしていました。
Uji19 Uji20
Uji17
記念のピンバッヂと抽選の景品の絵葉書をいただきました。

秋空の元、心身とも良い運動になりました。
次回は11月23日に「京阪電車100周年記念宇治川ハイキング」が企画されています。

もし都合が付けば出たいものです。
btn415b
答え 1-B,2-C,3-A,4-C,5-A,6-B

2006.11.04

【JR西】今日の一枚(宇治川鉄橋)

源氏物語の宇治十帖を巡るハイキングの途中で、宇治橋のたもとから奈良線を写してきました。
103系・113系・115系といった、国鉄新性能電車2代目世代も全廃の話題の聞こえてくる地域もありますが、ここJR西の支線区では、まだまだ大活躍しています。
Uji01
右手に写るのが、京阪の宇治駅です。ちょうど10000系のトーマス塗装車が止まっていたのですが、奈良線がくる直前に発車していきました、残念。

link_01 link_02 link_03 link_04

2006.11.03

東海道草津宿を見てきました。

東海道五十三次は草津宿を見てきました。
草津駅を出ると駅前が空中庭園になって、江戸時代の宿場の大門風になっているのには、驚きました。南洋軒の駅弁「たぬきの万福めし」を昼食に買って出発です。これは、写真のように容器がたぬきの置物になっています。食事の後は小物入れになります。他に、植木鉢になる「お鉢弁当」や竹筒をイメージした「かぐや姫弁当」などがあります。詳しくは、南洋軒弁当部のHP

Kusatu01 Kusatu09

今回の草津行きの目的のひとつである東海道線の「旧草津川トンネル」を見て、旧中仙道の草津川トンネルをくぐります。トンネルの壁には、ご覧のように、江戸時代の旅風景が描かれています。

54_kusathu03 Kusatu02

トンネルを出ると、そこは草津追分、東海道・伊勢路と中山道・美濃路の分かれ道になります。徳川将軍も松尾芭蕉も弥二さん・北さんもここを通ったのでしょうか?
復元された高札場には、当時のお触れが掲げられています。

Kusatu03

Kusatu10
お土産にうばがもちを買いました。
これも南洋軒の商品です。
Kusatu04

追分のすぐ先に、草津宿の本陣と脇本陣が立っています。
本陣では、菊花展のまっさかりでした。
脇本陣では、この3連休に行なわれる、街道のライトアップの準備で大忙しでした。
イベントの詳細は、草津観光協会のHP

Kusatu05 Kusatu06

ちなみに売店のおばさんの話として新聞種になったこともありますが、「草津温泉(おそらく群馬県?)はどこですか?」と手ぬぐい片手に駅の改札を出て観光協会の窓口で訪ねるひとが、年に2・3人は居るそうです(笑)

Kusatu07 イベントで使われる、ぼんぼりとランタン Kusatu08
54_kusathu02_1
街道沿いで見つけた、お茶屋さん、漆喰の虫籠窓が立派です。
btn415b

« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »

フォト
2019年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ