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2010.04.16

【京阪】パネル展で気になった写真の思い出

二日前に見てきたパネル展の「昭和47年の単線運転?」の写真が気になって、もう一度じっくり見てきて、事情を思い出しました。
その写真の前後には、「台風20号で護岸の崩れた鴨川べりの線路を補修中」とか「三条-七条間で折り返し運転中」とかの写真が飾ってあったからです。

昭和47年9月に関西地方を襲った台風20号は、京都市内にも大きな被害をもたらしました。修学院地区でも、比叡山から流れる音羽川の砂防ダムが決壊して、大量の土砂が麓に流れ出しました。
音羽川の流域は土砂に埋まり、死者も出ました。母校の小学校の校庭も砂で埋まり、数週間も体育の授業が出来なくなったくらいです。
バスや電車も土砂崩れの影響で運休や迂回運転の続いたところがたくさんあります。

余談ですが、砂で埋まった校庭の整備に父兄が借り出されました。その中に叡電の保線係りのお父さんがおられて、「スコップさばきも鮮やかに、砂を掘り起こしてくれはった。さすがはプロやなぁ」と管理人の父親が話してくれたです。

その後、音羽川は改修されそれまでの溝のような川幅から下の写真のように10メートル近くに広げられました。砂防ダムも再建され、それ以来おおきな水害は起こっていません。
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これも余談ですが、改修前は小学生でもジャンプすれば飛び越せるような川幅でよく飛び跳ねて遊びました。一度、飛び越しそこなってランドセルもろとも川に落ちて(笑)服も教科書も文房具も水浸しにして親に散々怒られたことがあります。
手前の橋から自転車もろとも転落したこともあります(^^ゞ

近代化された今の叡電沿線からは想像もつかない40年ほどまえの片田舎の小学生の思い出話でした。
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お帰りは、このバナーから「本館」へどうぞ。

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コメント

こんにちは、てけです。

私も「昭和47年の単線運転」のことはよく覚えています。
前日の土曜日、台風の大雨による鴨川の増水で上り線の路盤がえぐられて不通になり、翌日の日曜日、七条~三条間は朝から下り線を使って単線運転されました。
七条より大阪方は以下のような暫定ダイヤだったように記憶しています。
 普通:深草折り返し
 急行:深草から先は各駅停車で、七条折り返し
 特急:七条折り返し
当時、七条駅の北側(五条駅寄り)に上下線間連絡ポイントがあったので、大阪方面の電車はそこで折り返えす暫定ダイヤになったわけです。
当時は鉄板のHMですが、急行のHMには「三条」のところに『七条』と書いた紙が貼られていました。

単線運転で仮復旧した日曜日、私は所用があって三条に出かけました。八幡町駅から急行に乗って、七条駅の上りホームで降りて、七条通りを渡って、下りホームに移動(当時は市電が通る七条通りをはさんで、上下線のホームが分かれていました)。七条駅の下りホームは、七条~三条間単線運転の電車と、大阪方面へ折り返す電車の乗客で大変な混雑でした。やっとのことで三条行き単線運転の電車に乗れましたが、三条での所用には大幅に遅刻しました。

上り線路の路盤はレールが宙ぶらりんになるほどえぐられたわけではないので、翌々日の月曜日には早くも応急処置で復旧し、複線運転に戻りました。
また、その少しあと、七条駅北側の上下線間連絡ポイントは、同様な障害発生時にダイヤ整理がしやすいようにと、シーサスポイントに変更されました。

てけさん、こんにちは。

折り返し運転中の京阪に乗車されたのですか。不謹慎ですが、貴重な体験ですね。もちろん直接・間接に被害に合われた方には、笑い事では済まなかったでしょうけれど。
私は当時は中学生で、週明けも2・3日休校になったような気がします。自転車で近くの被害の様子を見に行きましたが、さすがに京阪沿線までは見に行けなかったです。

あそこの川、昔はそんなに小さかったのですか。昔そんな水害が起こったのも初耳です。

こんにちは。昭和47年の被害のときは、四条~寝屋川市間を通学していたときなので、帰宅時モロに影響を受けました。でも写真は撮ってないんです…残念。毎日気軽にカメラを持ち歩くことはなかったですからね。
鴨川だけではなく、八幡町~橋本間の川も増水してあふれ、一帯の田畑は水没し、京阪の路盤下寸前まで水がきていました。後にこのあたりも開発されて、たくさん住宅が建ってしまいました。

>> 5系統さんへ
改修前の音羽川はほんとうに溝みたいに狭くて、普段はダムで堰きとめてるので水がなく、ごみがたまったどぶ川でした。ドブネズミがうろちょろとしるのを見た記憶があります。
「天災は忘れた頃にやってくる。」と言いますが、「備えあれば憂いなし。」だそうです。京都市などが発行している防災マップを見ると、意外なところに危険が潜んでいるのがよくわかりますよ。

>> ヤマさんへ
気楽にカメラを持ってあるけるようになったのは、デジカメが普及した、ここ数年のことですよね。
私が京阪で大阪へ通うようになってからも、宇治川・木津川鉄橋が水没しそうになるくらいの大水は、2度ほど記憶にあります。八幡市から橋本にかけての三川合流地点付近の線路脇の田んぼや宅地も浸水しているのも電車のまどから見ました。
そういえば、集中豪雨で京都地下線が水没する事件もありましたね。

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