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2010年9月に作成された記事

2010.09.30

【京都市電】なんと三十三回忌(^^ゞ

今日、9月30日は、京都市電が西の方へ旅立って行った日です。
縁起ではありませんが(笑)なんと、三十三回忌(満32年)です。

朝一番に、高野橋から下鴨付近で撮影を開始し、外周線を一周、日暮れ時に京都駅前でタワーとともに写して、いったん家に帰って食事。それから今頃の時間(10:00p.m)に、自転車で烏丸車庫へ終電車を見送りに行きました。

日付が変わってから、また下鴨付近を通ると、すでに安全地帯を壊したり、線路をふさぐ工事が始まってました。あまりに手回しが良くて、呆気ないような、情けないような、残念な気分になったのを覚えてます。

それでも、電車の一部は、西方浄土(^^)ではなく、わずか数十キロから数百キロばかり西の大阪、広島、松山に安住の地を見つけられて良かったです。

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洛北高校前を発車する1931号
現在は広島電鉄の1915号として活躍中
すでに京都(21年)より広島(30年)の方がはるかに長くなっています。
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2010.09.29

【叡電】秋の花シリーズ(その2)稲刈り

叡電の沿線も、稲刈りのシーズンになりました。
でも、毎年のように田んぼがつぶされて宅地に変わっていきます。
前景、背景とも自然のままのところは、数少なくなってきました。
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デオ731 八瀬行き
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デオ731 折り返し出町柳行き (三宅八幡~八瀬・比叡山口)
この田んぼは、近くの御蔭神社の御神田で、下鴨神社の神饌を作っています。そのために昔ながらの農法で栽培されています。おかげでカメラマンも一昔前の田園風景を楽しめます。神様に感謝です<m(__)m>
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デオ801+802 出町柳行き
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デオ815+816 鞍馬行き (岩倉~木野間)
上の二枚は、これも少なくなってきた岩倉地区の田んぼを走り回って(笑)、やっと見つけた稲架けと木製架線柱区間で絵になるところです。
フェンスやコン柱、マンションなどの邪魔者がいっぱいあるのですが、なんとか編集してカット(^^ゞ

次回は、やっと咲き出したヒガンバナを取材したいと思ってます。
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2010.09.26

西陣を散策してきました。

急に、涼しくなってきましたね。
昨日から、部屋着も長袖、長ズボンに衣替えです。

さて、西陣で「西陣美の辻」というイベントが開かれて、その中で普段は予約制の写真家水野克比古先生の町家写真館が一般公開されるので、見に行ってきました。

201009_nishijin01 まずは、堀川一条の晴明神社へ、最近はパワースポットとして喧伝されているだけあって、若い人を中心に大勢のお参りで賑わっています。わたしもスポットで「気」を頂いてきました。

神社から一歩でると、まわりは静かな京町家が続きます。さすがに西陣織の本場だけあって、ウィンドウにみごとな織物や衣装をならべたお店も目に付きます。そんな町家の一軒に、水野先生の事務所兼アトリエがあります。もし看板が出てなければ見落として通り過ぎてしまいそうな普通の民家です。

入って、写真集やポスターで見覚えのある絵のパネルを拝見させていただきました。やはりおおきなパネルでみると迫力が違います。プロの構図とかシャッターチャンスのつかみ方を、勉強させてもらいました。

201009_nishijin02 なつかしい、箪笥階段を上がったお二階には、お嬢さまの水野歌夕さんの「京の路地風景」のパネルが展示してあります。女流カメラマンならではの繊細な絵が古い町家に似合ってます。向かいの分室は、水野秀比古氏のギャラリーになっていて、こちらにも京都の四季の風景の傑作が並んでいます。ご本人も、編集者の方と打ち合わせ中でした。

帰り際に、写真集(ご本人のサイン入り)を見ていると、水野先生ご自身がやってこられました。まあ、お向かいにご自宅があるのですから当たり前ですが(笑)
挨拶だけはさせていだきましたが、プロの写真家を前にすると上がってしまって(^^ゞ、「私も写真をやってます。」とは、言い出せませんでした。←(シャイですねぇ)

次の一般公開の日には、先生が取材でお留守の時間帯を狙っていきましょう(笑)
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2010.09.24

【古典】きのふはけふのものかたり 武藤禎夫訳

「京都検定」参考書シリーズの2冊目です。

Kinou_wa_kyou_no 江戸初期に成立したとされる小噺集「きのふはけふのものかたり(昨日は今日の物語)」を紹介します。

今の落語の小噺の元祖のような本ですから、面白くない訳がありません。書かれている内容は昔話ですが、そのエッセンスは、狂言から川柳、狂歌、落語、と続き、今のお笑いネタから四コマ漫画へと受け継がれ、今も十分通用します。
教訓的な話、たわいもない馬鹿話、そしてちょっとHな艶笑噺と続きます。

ひとつの話は、数行からせいぜい1ページ以内の小噺ですが、上下巻合わせて、150話、それに丁寧に、現代語訳と注釈、さらに類似の物語や川柳などが載せられているので、なかなか読み進みません(^^ゞ

同じような話が延々と続くのですが、そのつど笑ってしまいます。

(小噺その一)
むかし天下を治め給ふ人の御内に、傍若なる者どもあつて、禁中へ参、「陣にとらう」といひて、槍の石突をもつて御門をたゝく。

御局たち出あひ給ひて、「是は内裏様とて、下々のたやすく参るところにてはないぞ。はやはや何方へも参れ」と仰せければ、

「此家を陣にとらせぬといふ理屈のあらば、亭主罷り出て、きつと断を申せ」といふた。

(現代語訳)
昔、足利将軍の家来に、むちゃな連中がおって、あろうことか天皇様の御所へ「陣地を作らせてくれ。」と言って、槍のカバーで、門を叩いた。
あわてて、女官が出てきて、「ここは皇居といって下々の者の来るところではない、そうそうに立ち去りなさい。」と説教された。
それを聞いて、「ここへ陣地を作らせないと言うなら、主人(天皇様を指す)が出できて断りを述べるのが筋ではないか(恕)」と、怒鳴ったということである(^^)v

(小噺その二)
ある比丘尼、寄合ひて、色々の物がたりをしてあそばれたる所へ、わやくなる者行て、戸の節穴より、わたくし物を、いかにも見事にしたてゝ、によつと出す。

主の比丘尼是を見つめて、「やれやれ、こゝへ何やら知らぬ、蟲めが出た。そこな金火箸を、焼いておこさい。取りて捨てふ」といふ。

金火箸のくる音を聞て、かの物をひきければ、比丘尼うろたへて、「今までこゝにあつた摩羅がない」といはれた。

(18禁につき、現代語訳は遠慮いたしておきます(^^ゞ)

いかがですか?面白いでしょう。
えっ、面白い詰まらんの前に、古文が読めない。

それは、失礼しました<m(__)m>
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2010.09.22

【叡電】「きらら」の標的はおばちゃんだけか?

今朝は、朝早く(6時半頃)、八瀬方面で車両故障があって、いつも乗る電車がウヤにされて(^^ゞ 、次のきららに乗って会社へ行きました。今のダイヤになってから朝の電車のロマンスシートにドッカと座るのは久しぶりです。

閑話休題****

ときどき読ませていただいている、ワークスKさんのブログ「TransPacific Railroad」に、叡電のきららを開発した当時のいきさつが書かれています。
http://works-k.cocolog-nifty.com/page1/2010/08/post-cbc5.html

それによると、当時の叡電の社長さんから「目の覚めるような新車を作れ。」との指示があって、マーケティングリサーチしたところ、「オバちゃん好みの電車を作るということ」に行き着いたそうです。

それも、ただおばちゃんを喜ばすだけではなくて、おばちゃんという「通」で「渋ぶ」い、「玄人を唸らせる」様な、ハイ・センスの「本物」が必須だというのが「結論」なのだそうです。

この戦略は当たりまして、十年以上経過した今でも四季を問わず、「きらら」に乗って洛北を目指すお客さんは引きも切りません。←ちょっとオーバーですが(笑)
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ここからは、個人的な意見なので読み流していただければ結構ですが、沿線の一「鉄道ファン」からみた、テイアン(笑)です。

昔も、今も、これからも「おばちゃん」ばかり当てにしても良いのか?というところは、やはり気になります。叡電のもうひとつの稼ぎどころは通学客輸送です。でも高校生、大学生は2年~4年経つと卒業して大半は沿線から離れていきます。

それならば、社会人になって、家庭を持ってからも、彼氏彼女とあるいは子供を連れて乗りに来てくれように仕向け(^^)なければいけません。
「渋い、大人の魅力」もいいですけど「明るい、若者の気力」もバカにはできません。けれど、やっぱり面白くなければ高い金を出して出町柳までは来てくれないでしょう。
最近は、ちょいちょいと若い人向きの企画列車が走ってますが、これを定期化(たとえば月一回とか)するのは面白いと思います。スポットでは見逃したら終わりですが、決まった日取りならスケジュールも立てやすそうです。

花見列車、ビール列車、月見列車とジジババ向けじゃなくて、バレンタイン列車とかホワイトデー列車とかハロウィンかぼちゃ電車とかクリスマス電車などを運転しましょう(*^_^*)
コンサート電車とか落書き電車とかお笑い電車も面白そうです。

それと、若い人はやはりお金がない(失礼)ので、対費用効果にビンカンです。一日乗車券も割引率が低いと使ってくれません。
どうすればよいか? 割引率を上げるのは簡単ですが、利用範囲を広げるのも手かもしれません。 せっかく沿線には、地下鉄や市バス・京都バスが走っているのだからこれとコラボしない手はありません。地下鉄はJRや近鉄や阪急とリンクしているし、バスは機動力があります。貴船口~貴船間は当然として、岩倉駅~実相院間、国際会館駅~岩倉駅間に連絡バスを走らせて、京都市交・JR・近鉄・阪急発のフリー切符を売り出します。詩仙堂・銀閣寺方面のバスとのリンクも有効でしょう。
いちいち切符を買いなおす手間がいらないだけでも便利と思わせられます。

出町柳で京阪からの乗換客で満員になるのなら、思い切って、宝ヶ池・岩倉~鞍馬間の区間列車を走らせましょう。単線区間の容量がネックですが(^^ゞ

もう終わってしまったようですが、アニメで叡電沿線に似た景色が出でくると噂の番組がありました。滋賀県の某鉄道会社では記念切符を出したりと、そのブームに乗ったようですが、修学院駅に「聖地巡礼」の若者らしきグループを見かけても、叡電も地元商店街も黙殺(?)したのは、ちょっと残念な気がします。
(ちなみに私はけ○おんオXクではありませんので念のため(^^)v
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2・3年前に、某SNS掲示板で、沿線の学生さんが「学生に叡電の魅力を伝えて乗せるにはどうしたらよいか?」と呼びかけてました。わたしも半ば本気、半ば冗談で、ここに書いたようなことを提案しましたが、「最終的には鉄道会社が乗ってこないと企画は絵に書いた餅に終わる。」といってやりました。

もちろん、会社と交渉した形跡はない(結果報告がないうちに尻切れトンボで終わっている)ようですから、現実はなかなかキビシイでしょうが、いろいろと妄想を書くのは楽しいものですね(笑)
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登場直後のデオ601 (1979年1月)
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2010.09.20

【叡電】秋の花シリーズ(その1)キバナコスモス

こんにちは。
ようやく朝晩は涼しくなり、日中も汗ばむほどの陽気が去り、半月遅れくらいで初秋の雰囲気を感じられるようになって来ました。

まだまだ夏の草花も巾を利かせておりますが、「花と叡電」のシリーズも、行き先をひとつ進ませていただくことにします。

1号車は、おなじみ岩倉川河川敷のキバナコスモスです。
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デオ801+851
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デオ802+852
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デオ901+902
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デオ903+904
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2010.09.19

前にも言いましたが、お互いにルールを守って趣味を楽しみましょう(^^)v

数日前に、会社で、
「なかっちょさん、この三連休はどこかに鉄道写真を撮りに行かれるのですか?」と聞かれました。

私が、「涼しくなってきたので、どこか近場に行きたいと思ってます。」と答えると、

同僚は、
「自分は、奈良から関西線で通っているが、この春のサクラの頃に河内堅上駅付近で線路内立ち入りで、新聞ネタになったけど、数ヶ月たってほとぼりが冷めたと思ってか、また、危ないことをしている輩がいて、また電車が止まりかけたんですよ。」と、教えてくれました。

懲りない面々とはよく云ったもので、どの世界にも変わった奴は居り続けると、なかば憤慨しながら聞いてました。

しかしながら、我が身を振り返ってみると、どうしても、趣味に(限りませんが)没頭すると、回りがみえなくなって、つい一線を越えてしまうことは、有り得ないとはいえません。

かといって、あまり冷静すぎるのも、面白くなさそうです(^^ゞ

この調整はかなり難しいところではありますが、お互いにルールは守って、趣味を楽しみましょう

一時の、暴走で、趣味はもちろん、社会的立場を失うようなことになれば、取り返しがつきませんもんで(^^)v
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【本】京都故事物語 奈良本辰也編

Kyoto_koji_monogatari 前に書きましたように、「京都検定」の2級合格をめざして勉強しております(^^ゞ
参考書を読むと、いろいろと参考文献が挙げられてまして、知識補充のため、いろいろと図書館で借り出したり、古本屋を漁ったりして読んでいるところです。

その中で真っ先に手配したのがこの本です。奈良本辰也先生が編集された、京都歴史本の古典です。昭和42年に初版がでて以来、昭和55年に新版、平成になってからも文庫版と読み続けられています。

さすがに40年も前に書かれた本なので、当時の街中の様子の描写などは古く感じますが、もともと平安から戦前くらいまでの京都の歴史を通観したコラムの集大成ですので、執筆当時の社会情勢(学園紛争の真っ只中でした。先生は、この騒ぎに巻き込まれて立命館大学教授を辞任されました。)などはあまり関係ありませんが(笑)。

京の町家からはじまって、京の味、京女・京言葉、装い、年中行事、水と道などのテーマで150項目以上のコラムが続きます。

知っていること、知らないこと、もっと知りたいことがいっぱいあって、その都度、ネットで調べたり、手元の資料を探ったり、ヒマな時は実地調査と称して散歩に出かけたりしています。

それにしても、京都の文化は奥が深いですね。勉強しても勉強しても、次々とわからない問題が出てきます。
はたして、12月の試験までに、暗記しきれるでしょうか???
不安になっています(^^ゞ
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2010.09.14

【本】「坊っちゃん」はなぜ市電の技術者になったか 小池滋 著

136151坊ちゃんの読後の感想に、「東京へ帰った坊ちゃんは、街鉄(今の東京都交通局の前身)の技手になるのですね。教師から技師への変身はどんな訳があったのでしょう?気になりますね。」
と、書いたら、やはり同じような疑問を持つ人は多いと見えて、その名も
「「坊っちゃん」はなぜ市電の技術者になったか」という本を、このブログの常連さんに教えていただきまして読んでみました。

著者の小池滋先生は、漱石と同じ英文学者にして、大の鉄道ファンとしても知られています。当然、「鉄」の目と、「教師」の目の両方で、当時の世相から、「なぜ?」の理由を推測されています。

一ヶ所、先生の推論に同調できない部分がある(^^)のですが、全体の推定は大いにうなづけるものです。ネタをバラすわけには行きませんので理由は書きませんが(^^♪

その他にも、7編の名作の「鉄」な謎が解き明かされています。一読されることをお薦めします。
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2010.09.12

【叡電】今日の叡電 ちいさい秋見つけた(^^) 

もう9月も中旬で、お彼岸やお月見がニュースになる時期なのに、うだるような暑さが続いてますね。7月・8月は暑くて当たり前ですが、9月ともなると、精神的・肉体的にも参ってきて、少々バテ気味です(笑)

さて、今朝は、線路際にすこしでも秋らしい兆しがないか見てきました。
いつもの田んぼへ行くと、稲穂がだいぶん色ついて、秋らしいです。そして太陽の位置も、夏頃とは変わってきて、影の落ちる位置もどんどん変わっています。

それでも、「決定打が無いなぁ~。」、と、歩き回っていると畦の隅の日陰になるところにありました!
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探していた彼岸花です。いつもの年なら9月中旬にはだいぶん花芽をだしているのですが、今年は残暑の影響で遅れているみたいです。
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まだまだ日差しはきつく、行き交う電車の東側の窓は全部カーテンが下りているし、乗客も乗務員もみんな夏服のまま。
ただ、だんだん伸びていく日時計の影だけがカレンダーの進むのを正確に計ってくれています。
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2010.09.11

【本】夏目漱石の坊ちゃん

Bochan 子供が、読書感想文を書くために、子供向けの本を借りてきたので、私も学生時代以来、30年ぶりくらいでに「坊ちゃん」を読んで見ました。

久しぶりに、原作を読み返すと、さわりの部分は覚えてますが、小さなエピソードは忘れてしまっているところもあります。

それにしても、文句なしに面白いです。正義感の塊のような江戸っ子の青年教師の坊ちゃんは、理科学校を出て、四国松山の中学に、数学教師として赴任します。

そこで、勿体ぶったり、体面を取り作ったり、お世辞を言ったり、偉らぶったりする上司や先輩教師になじめず、また、生意気盛りの中学生にイタズラを仕掛けられたりして、騒動を起こします。

そして、最後は、赤シャツと野だいこをブン殴って、学校に辞表を叩き付けて、数ヶ月で東京に舞い戻ってしまいます。

この小説は、若い頃の漱石自身がモデルと云われますが、一緒に借りてきた漱石の文学アルバムを見ると、『帝国大学を優等で卒業し、月給八十圓 (今なら月収80万円?(@_@;) の高給で、松山に赴任し、現地では「立派な学士様が英語教師で来て下さった。」と尊敬された。』 と書かれています。

まあ、小説ですから、虚実ない交ぜにして書かれてはあるのでしょうが(笑)

ない交ぜといえば、今読み返して気がついたのですが、三津浜の港についた坊ちゃんは、伊予鉄に乗って松山の城下に向かうのですが、港から町まで二里離れていると書かれながら、マッチ箱の汽車はゴロゴロと5分、運賃3銭で着くことになっています。ちょっとおかしいのでは?

それと、東京へ帰った坊ちゃんは、街鉄(今の東京都交通局の前身)の技手になるのですね。教師から技師への変身はどんな訳があったのでしょう?気になりますね。
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伊予鉄道1号機関車
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2010.09.08

【京阪】特急60周年記念HM付きの8031F

記録として貼っておきます。
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2010.09.07 20:55 頃
快速特急A2002Z 出町柳到着後、特急B2103A として折り返し入換中
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2010.09.06

「奈良絵本・絵巻の宇宙展」を見てきました。

百万遍の思文閣美術館で開催中展覧会「奈良絵本・絵巻の宇宙展」を見てきました。

「奈良絵本・絵巻」とは、パンフレットの説明によれば、「室町時代後期から江戸時代中期にかけて主に京都で制作された絵本・絵巻」なのだそうです。
実は、「奈良絵本」のことは何も知らなくて、「奈良時代の絵巻物か?」「宇宙の方に引かれるなぁ」と、いった気分で見に行ったのですが(^^ゞ

展示されているのは、絵巻物のスタイルをしたものと、いまの絵本と同じで、絵と文章が交互にあるいは、絵に説明書きのある冊子のスタイルをしたものとがあります。

題材は、多岐にわたってますが、やはり絵本なので、私たちも良く知っている昔話、たとえば、「ものぐさ太郎」とか「鉢かづき姫」とか「酒呑童子」とか、あるいは「伊勢物語」「源氏物語」「北野天神絵巻」などの平安朝から続く絵巻物のポピュラーな画題が取り上げられています。

なかには、題名は知っているが内容は知らないものや、名前さえ聞いたこともない物語も並んでいます。

絵も、稚拙なものからプロの絵師や書家の筆になるとおもわれる立派なものまであります。女子供のオモチャ絵本から名家の嫁入り道具までその用途にあわせていろいろと制作されたようです。

最近の研究で、制作者や制作時期が特定できるようになった、特に「女流作家兼絵師」の存在が明らかになった。ということが大きく取り上げられています。やはり女性作家の筆と思って見ると、絵の中の人物の表情や衣服、背景まで「女らしさ」を感じるから不思議ですね(笑)

詳しくは、思文閣美術館のサイトへどうぞ。
http://www.shibunkaku.co.jp/artm/
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さて、会場で流していた奈良絵本の概要を説明するビデオで、題材に「小野小町草紙」をあげています。

Jyuni_hitoe 小野小町といえば、世界三大美女ともうたわれる絶世の美人だったと伝えられますが、文芸の世界では、「若い頃にその美貌を武器に男を手玉に取った報いとして、年取ってから醜く落ちぶれて、さすらいの末にさびしく亡くなった。」とする小町落魄伝説を取り上げているものがなぜか多いです。

逆に、「プレイボーイの貴公子がおんなを泣かせた報いで、さびしい晩年を送った。」と言う話は、あまり聞いたことがありませんよね。

男尊女卑の倫理感の時代に作られたから当たり前なのかもしれませんが、ちょっと考えさせられる気分になりました。

とはいえ、
「思ひつつ寝ればや人の見えつらむ夢と知りせばさめざらましを」
古今集恋ニ(552)

の詠みは、おっさんにもぐっ! と、きますよね(^^ゞ
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2010.09.04

【大阪モノ】開業20周年

たまたまスルッとKANSAI の広報誌を見ていたら、「大阪モノレールが6月1日で開業20周年を迎えました。」との記事が載っていました。

平成バブルの末期の頃は、まだ東京に居りまして、はじめて乗ったのは、京都へ帰ってきた1993年頃に万博公園に行くのに、南茨木~万博公園間を乗った時でしょうか。

それから阪急沿線に住んでた10年ほど前は、よく乗ったり、撮ったりしましたが、最近は、京阪線との接続が特急の止まらない門真市なので、あまり乗る機会がありません。エキスポランドが閉鎖になって、万博公園の魅力が半減したのも行かない理由でしょう。実は、彩都線は、まだ公園東口から先が未乗だったりしてます(^^ゞ

彩都線豊川駅前は、旧西国街道(国道171号線)の上を越しており、旧郡山宿の宿場町などがちかくにあります。涼しくなった頃に散歩がてら出掛けてみたいですね。
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2010.09.01

【京阪】京阪特急60周年

お約束(笑)通り、「京阪特急60周年」のサボをつけた8001F旧塗装車を写してきました。
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丹波橋駅上手の踏切から写してます。余裕があればもう1・2枚写したかったのですが、次の列車が近づいてきたので泣く泣く踏み切りの外へ・・・

明日が最終日なので、もう一度、どこかで狙ってみます。
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記念HMを付けた8003Fとマークのアップです。 (出町柳駅)
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