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2010.10.17

【京阪】大津線500形の今昔

昨日の東山散策は、最後は蹴上駅から地下鉄で帰ったところで終わりましたが、その昔の、京阪京津線の頃の蹴上交差点の写真があるのでご紹介します。
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昭和54年(1984)4月28日の撮影の準急京津三条行き、501+502号です。旧260形を近代化改造した、500形が走り始めた直後のスナップです。GWの真っ最中ですが、そんなに渋滞しているようには見えず、観光客の姿も写っていませんね。
今は、電車の背後のトラックのいる辺りに地下鉄の出入り口が出来て、近くの高校生や観光客で混雑しています。
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500形は、台車を履き替えたこともあっと「乗り心地が良い」と好評でしたが、冷房付きの600形が出来ると、「夏は暑い」といわれ始め、1500V対応と合わせて、700形に再改造されました。501+502は、705+706号になりました。
前面は、さらにワイド窓になりましたが、側面は260形以来の印象を今も残しています。写真は、この夏に浜大津で写したものです。
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この時、取り外された部品の一部は叡電のデオ810形の新造に使われました。
京津500形の改造された当時、「京津260形が老朽化で廃車になり、お古が叡電に回ってくる。」という噂があり、修学院車庫の技術部まで聞きにいったことがあります。結局、叡電もデナ500形をデオ600形に改造して京津線の中古車がやってくることはありませんでした。
それから、15年経って、部品だけとはいえ、260形の形見が叡電を走り始めたのは、面白い巡り合わせですね。
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お帰りは、このバナーから「本館」へどうぞ。

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コメント

この大きさの車体は非常に模型的というか、モデラーに人気のようですね^^。実際古くは多くの改造を受けたようですし、バラエティーに富んでいるのが魅力なんでしょうね。

石坂線の700形は、京阪本線100形→200形→大津線260形→500形→700形と足回り、機器、車体が取替・改造されながら、80年近くにわたって走り続けています。
60形びわこ号や1000形(2代目)ロマンスカー、3000形(現8030形)テレビカーのような華やかさはありませんが、急カーブ、急勾配を克服し続ける技術の京阪のDNAを伝える隠れた名車といえるでしょう。

改造前のブリルやボールドウィンのアメリカ製台車の乗り心地は当時の市電や叡電の国産台車に比べると格段に良かったです。もっとも80形の空気バネ台車はもっと乗りよかったですが(笑)

京阪では更新を繰り返しながら、車籍を継承している系列が多いですね。
叡電も京阪の電装品をたくさん受け継いでいるようです。1988年に修学院車庫で、京津線からきたEC260形制御器を積み上げた状態を撮影しています。

ヤマさんへ
京津線がパンタ化されたときには、スライダー式集電装置を譲り受けてますし、連結器ももらってるような気がします。
今の叡電は、京阪の完全子会社ですし、機器の流用や集中購買も行なわれているのでしょう。

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