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2010.11.05

世界遺産の高野山町石道を登ってきました。(その1)

10月は、繁忙期でお休みした中年ハイキング隊ですが、11月を待ちかねて、世界遺産の高野山の町石道大門坂コースに挑戦してきました。

Kouyasan10 南海難波駅に朝8時集合のため、普段の出勤とおなじ電車で大阪へ向かいます。高野線の急行は、絶好のハイキング日和とあって、山歩きの格好をしたひとで一杯です。河内長野で金剛山へのハイカーを下ろして、いよいよ紀見峠を越えます。この区間は小学校高学年か中学の頃、家族で高野山へ行っていらい30数年ぶりの通過ですが、すでに橋本まで複線の新線となり、ニュータウンも出来て、子供頃の印象とぜんぜん違ってました。岩湧山へのハイカーを紀見峠でおろし、橋本乗換で、いよいよ山線区間へ差し掛かります。

橋本を出ると急にのどかな風景に変わり、柿畑やみかん畑が目に付いて、さすがに和歌山県らしいです。合格祈願入場券で有名な学文路(かむろ)駅をすぎると、大門坂の起点、九度山駅です。ここでもたくさんのハイカーが降りましたが、日帰りで高野山まで登るのは時間的にキツイので、私たちはもうすこし電車で高度を稼ぐことにします。みぎに左にレールをきしませながら50‰の急勾配を上り、紀伊細川駅で下車します。

Kouyasan01 この駅の標高は、すでに363mですが、ここから標高800m余の大門まで400m強の標高差を登ることになります。それでも走く距離も10Kmもあり、電車風に表現すれば、1000分の40程度の勾配です。わずか5Km弱で600mもの高度を稼ぐ比叡山のきらら坂(1000分の120以上(^_^;) に比べれは、かなり緩やかです。

駅をでで、町石道のある矢立まで細い車道をだらだらと登っていきます。小一時間あるいて、坂がきつくなって来たところで矢立にでました。ここには60町石が立っていてます。全行程が180町(約20キロ)などでちょうど3分の2の地点です。お茶屋さんがあり名物のやきもちを売っています。もちもちした皮にこしあんが入ってました。

Kouyasan02 休憩の後、いよいよ山道に踏み込みます。最初すこし急な上りですがすぐに緩やかな上りになって足取りは軽いです。1町(約109m)毎に町石が立っているので、それを見つけながら歩くと退屈しません。でも今から700年以上前におそらく人力・畜力だけで何百キロもある石の卒塔婆を運び上げるとは、当時の人々の信仰にかける熱意が伝わってくるようです。

38町石付近の展望台で、ちょっと早めの昼食休憩にしました。森の中で食べるご飯は何時になくおいしいです。ちょっとモヤってあまり展望がききませんでしたが、快晴だと遠く大阪湾・淡路島まで見渡せるそうです。

30町石から25町石付近までくると紀伊山脈の山々が遠く熊野・那智まで連なっているのが見え、自分たちがかなり高いところ(標高700m位)まで登って来たのが実感できます。

12町を過ぎ、大門まで数百メートルのところから最後の急坂と階段になり、一気に疲れが出て脚が重くなります。頑張って登ると、急に視界が開けて、巨大な大門が目に飛び込んできました。

(続く)
Kouyasan03
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お帰りは、このバナーから「本館」へどうぞ。

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コメント

高野山へは行った事が無く、極楽橋の駅で降りた程度です。一度ゆっくり行ってみたいものです。

もう今年の観光シーズンは、終わりですが、来年の初夏の頃に行って見られてはどうですか?

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