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2011.02.04

大仏鉄道跡を歩いてきました。(その2)

大仏鉄道ハイキングの後半です。
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赤橋から少し歩くと、「梶ヶ谷トンネル」があります。
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トンネルの手前の休耕田に変わったオブジェが展示してあります。アーチ形はトンネルをイメージしているのでしょうか?「ギロチンみたいだ」という声も上がってました(^^)
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トンネルの反対側です。ワラぼっちが雰囲気を盛り立ててくれます。
このあと、鹿背山不動尊の境内で昼食にしました。
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40分ほど昼食休憩して、ふたたび農道を歩き始めます。この付近の線路跡は薮の中を通って、道路からは確認しにくくなりますが、途中に「鹿背山橋台」が残っています。いままではレンガ積みの構築物でしたが、これは石積みです。
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鹿背山橋台からは里山の中の田んぼ道を歩きます。途中で見かけた石仏さまです。もう一箇所でも見かけましたが、双体佛です。摩滅してますが、阿弥陀さまと観音様でしょうか?右手はお地蔵さまのようです。
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関西線と併走する地点に出ました。ここは前に当尾の石仏様を見て歩いた時に、車窓からチラッと見えて、「いつか行ってみたいなぁ。」と思ってたところですが、一年半ぶりに現地を訪ねることが出来ました。
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手前が大仏線の観音寺橋台、向こうが関西線の橋台です。どちらも1898年(明治31年)に開業した当初の施設だそうですが、一方はわずか10年足らずで廃線になり、もう一方は100年以上も列車の運行を支えています。
不運の大仏線の象徴みたいな場所ですね(^^ゞ
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観音寺橋台から加茂駅前までは、一面の田んぼの中を歩きます。

「都いでて今日みかの原いづみ川かは風さむし衣かせ山」(読み人しらず「古今集」)と詠われた歌枕の地です。

なだらかな丘陵をバックに低い築堤が続き、単線の上に架線柱は向こう側という鉄道写真撮影にもってこい(笑)  の風景でもありますが、いかんせん団体行動では、「変わった列車がやってくるまで待ってくれ。」とも言えず、「いつか天理臨の日にでも来て見るか。」とつぶやくだけ。

最後は、加茂駅から笠置駅まで一両の軽快気動車にのって笠置温泉で温まり、反省会をして解散しました。
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お帰りは、このバナーから「本館」へどうぞ。

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コメント

JRの高架工事でかなり削れてしまいましたが、国道369号線を超えてすぐのところにいかにも線路が伸びてゆくような跡が残っていました。
現在の県立大学の脇を通って、大仏鉄道の碑の脇から現在の県道のもう一本西の道を通って、ドリームランドの前へ出ていました。

あちらはいろいろあって再開発できないでしょう。あやめ池の方は池の畔に小学校を誘致し、道路を付け替えました。おそらく数年でマンションが立つでしょう。

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