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2011.05.31

法然上人二十五霊場巡拝記(その4)3番十輪寺から鶴林寺へ

昨日の廃線めぐりですこし書きましたが、法然上人の足跡をたどる巡拝の第2回目を回ってきました。今回は阪神・山陽電車の沿線です。
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できれば「鉄」や25霊場以外の社寺にも回りたいところがあるので、京阪のダイヤ改
正初日のチェックも兼ねて、普段どおりに家をでて、8時半発の直通特急姫路行きに
乗り込むことができました。

やってきたのは阪神車で、赤胴車のクロスシートに腰掛けてゆったりとスタートです。
京都では雨、大阪では曇りだった天候も、神戸高速の地下線を出て須磨付近に差し掛かるともう晴天になっており、「ラッキー」って感じです。途中三宮で途中下車してちょうど10時に高砂駅につきました。家から3時間半かかってます。やはり遠いです。

駅前から廃線跡の遊歩道を通って、十輪寺に着きました。このお寺は法然上人が讃岐へ流される途中、高砂浦の漁師を教化されたところとされています。りっぱな山門をくぐって境内に入り、庫裏で案内を請うと、「よくお参りくださいました。朱印は押しておきますので、本堂へどうぞ。」と案内していただけました。

だれもいない本堂で阿弥陀様にお念仏を唱えて、それから脇仏さまなども拝ませていただきます。模写ですが、重文の仏画なども飾ってありました。本堂から庫裏のあいだの中庭にはソテツの木などが植えられて、やはり温暖な瀬戸内の港町らしいです。(上の写真)  庫裏でしばらくお話してからお寺を後にしました。庫裏の土間に人力車が置いておりました。やはり古刹はすごいです。
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お寺をあとに結婚式の謡で有名な高砂神社に回りました。尉と姥のイラストの書かれた結婚式場の前に、相生の松(五代目)が植えてあります。境内には池田輝政が築いた高砂城跡が残っています。池田公というと、備前岡山の太守というイメージがありますが、輝政は今の姫路城の基礎を作り、高砂の町の整備にも努めた播磨の大殿様だったんですね。知りませんでした(^^ゞ

写真は、表門から大鳥居越しに港方面を見たところです。その昔は直ぐそばまで海岸が迫ってたんでしょうが、今は海面は沖までうめたてられコンビナートが広がっています。
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神社を出て、ぶらぶらと駅に戻ります。神社の横手に運河の船溜りがあったり漁協の事務所があったりしますが、港町の雰囲気はありません。でも昭和レトロな建物や古民家もたくさん目について、古くから栄えた町であることを象徴してます。町の観光協会ではこの古い町並みを映画のロケ地として誘致しようと活動してるみたいです。

この写真のお店の看板は「志ちや」と読むのでしょうか?

高砂駅から加古川を渡って一駅目の尾上の松駅に移動します。加古川は台風で増水して茶色い水がゴーゴーと流れてます。おじいちゃんに連れられた男の子が興味深そうに車窓から川面を見つめてました。

尾上の松駅をでて、またまた高砂線の廃線後をたどって数百メートルあるくと鶴林寺の門前に到着です。
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ここは、「播磨の法隆寺」とも呼ばれる弘法大師ゆかりのお寺です。広い境内ですが月曜の午前中とあって、参拝者は少ないです。まずは本堂へお参りします。本尊は薬師如来様ですが秘仏とされ、60年に一度しかご開帳されないそうです。次の公開は2057年だそうですが、もう見るのは無理でしょうね(^^ゞ

境内を見て回ります。念仏修行を行なう常行堂(念仏堂としては最古の建物なのだそうです。)北側の塔頭寺院、本堂裏のお地蔵様、子供向けのお菓子が供えてありました、そして宝物館に入ります。

この宝物館はこじんまりした建物ですが、中には重文の聖観音像をはじめ、涅槃図や九品来迎図などが展示してあります。観音様は別名「あいたたの観音様」と呼ばれ、「昔、どろぼうがこの観音様を盗んで溶かそうとしたそうな。でも果たせずに、怒って叩いたところ「あいたたたぁ」と、声を上げられたそうな。それでどろぼうはびっくりしてお寺に帰したそうな。叩かれた時に腰が曲がって、今のように腰をひねったお姿になられたそうな。」

と、いう伝説が残っています。観音様はガラスケースに収まってますが、ほかの仏像や調度などは直ぐ目の前、手を出して触れるところに展示されています。仏様をこんなに間近に観察(失礼)させていただく機会はあまりないので、貴重な体験でした。

さらに観音堂、鐘楼、太子堂と廻り、西側の新薬師堂に参ります。このお堂には丈六の薬師如来さまが、日光・月光両菩薩と十二神将を従えてお奉りしてあります。江戸時代に本尊の薬師如来が秘仏のため、いつでもお薬師さんを拝めるようにと篤志家が寄進した物だそうです。狭いお堂に所狭しとならんだ仏像を真近に拝むと物凄い迫力です。 

写真は、手前の屋根が管理人の立つ観音堂、右が鐘楼、左が大師堂、正面が本堂、本堂と大師堂の間に、常行堂、その奥に新薬師堂が写ってます。
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最後に、優美な朱塗りの三重塔を写して、お寺を後にしまし、た。ここは花のお寺でもあり三重塔のそばの栴檀の紫の花が満開でした。もう少しすると沙羅の花や菩提樹の花が咲くそうです。また訪れたい名刹です。
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鶴林寺を出て、南へ10分ほど歩いて、尾上の松で有名な尾上神社に回りました。境内には神功皇后の伝説を伴って、枝葉がすべて東(都の方向)を向くという都恋しき片枝の松と呼ばれる遊龍松もありました。たまたま団体客の着いた所で、乗ってきた大型観光バスを見て、近くの保育園児が「大きなバスぁ~!」とはしゃいでおりました。

神社をでてほぼ15分に一本の電車に間に合うように駅に急ぎ足でもどります。またふた駅だけ神戸方に戻って、別府駅で下車、次の列車までの15分間で大急ぎで旧別府鉄道の廃線後を見て回ります。駅前では、遊歩道になった旧野口線と山陽電鉄線をくぐる野口・土山両線の跨線橋跡くらいしか見られませんでした。すこし歩けば当時の車両や資料を保存してあるところもあると聞きますが、今回は現状確認だけでお仕舞いです。

(須磨寺から4番如来院へ続く)
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お帰りは、このバナーから「本館」へどうぞ。

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コメント

なかっちょさん
すごく参考になりました。
興味が湧くところがたくさんあって
楽しいですが、結構遠いんですね・・・。
気合入れて行かないと
帰って来れない? かも・・・。

兵庫県西部位で「遠い!」と、ボヤいてたのでは、満願は覚束ないですよ

この次は、もっと面白い? 話題が出てきますよ。
乞う、ご期待!!

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