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2011.05.20

倉敷へ行って、水島臨海鉄道に乗ってきました(その1)

19・20日と、一泊で倉敷へ出張してきました。
某コンピュータメーカーのユーザ・シンポジウムのスタッフとして、お手伝いがメインのお仕事です。

朝から晩まで道案内したり、荷物運びしたりと、くたくたです(笑)
でも、スタッフの役得(^^ゞ で、倉敷の美観地区の裏側をほんの少しのぞけて楽しかったです。
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仕事の合間に写した、昼間の倉敷のお堀。平日にもかかわらずそれなりの人出です。
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夜の懇親パーティが終わってから、ほろ酔い気分で宿に帰る途中に写したライトアップされたお堀。 夜9時を回って、さすがに人通りは少ないですが、この風情をもとめて散策する日ともチラホラ見られました。
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早朝ウォーキングのお手伝いで、朝7時前に、大原美術館前に集合。昨夜飲み過ぎで、まだ眠たかったですが、朝の風が心地よいです。
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パーティには、こんなかわいい5人組みのユニットが来てくれました。
S-Qty(エス・キューティ) といって、中・四国地方初のご当地ユニットなんだそうです。キャッチフレーズは「岡山から元気と笑顔を発信!」とか。

岡山の方に聞くと、「地元では人気もの」なのだそうです。
このブログの読者は、コメントをいただく限りでは、岡山方面の方はお見受けしませんが、もし読まれてる方がおられたら応援してあげてくださいね。わたしも若い部下につられて、CD買っちゃいました
公式サイトは→ http://s-qty.com/
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水島臨海初乗りに続く
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お帰りは、このバナーから「本館」へどうぞ。

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コメント

可愛い子ちゃん達の名前
”KURA” かと思いました・・・。^^!

CD買っちゃったんですか?(笑)
ご当地アイドルって、結構多いみたいですね。
町並みはさすがに素晴らしいですね^^。

ナンシーさん、りばてぃさんへ

知らないだけで、調べると「ご当地アイドル」って、
あちこちにいるんですね。京都にもいはったとは、知りまへんどした(笑)

もう、アイドルで騒ぐ年でもないしね。

こんにちは。

倉敷の景色、情緒があっていいですね。寅さん映画のワンシーンのようです(^^)
年内に一度行ってみたい場所です。

私の母は、香川県の丸亀出身です。
当時、母が京都から丸亀へ帰省するには、伊丹空港から徳島の高松空港へ向かうのが普通でした。
そして、徳島空港には「車の迎えが来ている」。
それはつまり「田舎には車が不可欠」という意味です。
もし「車の迎え」がなければどうするか。
予讃線に一時間ほどゆられて帰るしかありません。
「けどな、新幹線のこだまで倉敷まで行くやろ。それから私鉄で水島まで行く。ほしたらフェリーに乗れるから。丸亀にフェリーが着いたらお城(丸亀城)が見える。お城を目印にしたら帰れるよ」
母がそう教えてくれました。

その母の納骨の際、私も水島臨海鉄道に乗りました。
立ち食いそばを食ってから駅舎を出ると、コウモリが飛んでいました。
1986年のことです。

笠井君へ

おはようございます。
「水島臨海鉄道なんて、地元の人以外は、鉄道好きしか知らないだろうな。」って、
思ってたんですけど想い出を抱えて、このローカル線に乗った人が身近にいたんですね。

瀬戸大橋ができて、宇高連絡船をはじめ、岡山と香川をむすぶフェリーの多くは廃止に
追い込まれました。宇高国道フェリーも、存続の危機と新聞に出てます。

水島港もお客の乗れる船はなくなって、港方面への案内板もなく、かつては乗りかえ客で
賑わったろう駅前の商店も多くは店じまいしていました。

わたしは、1978年にはじめてこの付近の名所鷲羽山に登りました。そのときちょっと
したハプニングが、あったのですけど、本館の下のアドレスのページを見てください。

http://nakkacho.fc2web.com/tabi_nikki/sanyou/sanyou07.htm

話は変わって、本は3冊とも届きました。今日は会社に行かなくてもよくなったので、
さっそく読ませてもらいます。
感想は、メールで送りますね。

こんばんは。
昨夜の私の「コメント」。高松空港が「徳島の」となったり「徳島空港」となったりしています。
カッコ悪い。「香川の」「高松空港」と訂正します。
お墓があるのが徳島(の穴吹)。
ちょっと、お酒を飲み過ぎまして間違えました。

1978年、「鷲羽山の手紙」。
何が書いてあったのか興味津津です。

笠井君へ

四国の地名、「なんか変やなぁ?」って、思ってたんや

手紙には、"Everybody, I must say good‐bye now." と書かれてました。

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