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2011年6月に作成された記事

2011.06.30

【阪堺】夕暮れのちんちん電車

昨日の撮影会の下見に写した写真のうち、案内状に載せなかったものをアップしておきます。
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Hankai19
松虫通り踏切付近。案内板の形がユニークですね。
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Hankai20
阿倍野筋から専用軌道に入るところにアザミが咲いてました。もう花も終わりかけて綿帽子になろうとしています。
*
他にも、何枚か撮ってますが、イマイチなのでカット
*
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2011.06.29

【阪堺】真夏の撮影会のお誘い 7/30

こんにちは。

恒例の(笑)、夏休み撮影会のお誘いです。
今年は、近場ですが、大阪府南部の阪堺電車の夕暮れ撮影会をメインに、その前後に、JR京都線・阪和線・南海本線・高野線などを回りたいと思ってます。

(7/19 追記)
7月31日のオプションコースは、参加希望者が少ないため取りやめにします。
(追記終わり)


下記のコース予定をご覧の上、奮ってご参加下さい。
*

Hankai15
7月30日(土)のメインコース

16:00 阪堺電車 恵美須町駅 ホーム集合
    ↓
・電車で、一旦我孫子道まで移動
 車庫を撮影、駅前には「鉄道カフェ」も有り
    ↓
・徒歩で、撮影しながら住吉まで移動。
 普通に歩いても1.5キロ、20分程度です。
 安立町の下町風景、細井川の鉄橋などを撮影可能
    ↓
・住吉大社の夏祭で、歩行者天国(例年なら)になってる鳥居前付近で撮影
 もちろん、お参りも夜店を冷やかすのもOK。
    ↓
19:00 頃、現地(住吉)解散
 希望者は、夕食を兼ねて(阿倍野付近で?)懇親会でも。
*
Kuha481
7月30日(土)のオプションコース

12:00 JR新大阪駅集合、JR岸辺駅へ移動
 吹田工場試運転線の現状調査と付近の貨物線などを撮影
    ↓
15:00 阪急正雀駅から地下鉄恵美須町駅に移動して
      メインコースに合流
*
Hanwa06
7月31日のオプションコースは、参加希望が少ないため中止にします。
ご了解下さい。 (7/19 追記)


7月31日(日)のオプションコース


9:00 頃 JR天王寺駅へ集合
    ↓
・阪和線長滝駅に移動、次の新家までの田園地帯で撮影
    ↓
・鳳から羽衣線経由で南海線に移動(途中で食事?)
   ↓
・堺から大阪市内の適地で撮影(場所未定?)
   ↓
15:00 頃 南海難波駅で現地解散

*
Kouya_sen02
当日の天候や、参加者の意向により、コースを変更する場合もありますのでご了解ください。

また、暑い盛りですので、体調管理には十分ご注意ください。

飛び入り・飛び出しOKですが、出来ましたら、このブログへのコメントまたは、掲示板への書き込みで参加表明いただけると有り難いです。

添付の写真はすべてイメージです。当日に同じような写真が取れるとは限りませんので、あしからず(笑)
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法然霊場巡拝記(その13)13番清水寺~15番源空寺~23番清浄華院

法然上人霊場巡拝の第5回目は、つづいて洛東・洛南・洛中と回ります。

と、書くと仰々しいのですが、いつもの通勤コースで途中下車するだけ(笑)普段着のお参りです。まずは、清水寺へ。
*
Hounen_jyunpai5_01

天気予報では、くもり時々雨と芳しくないので、遠出をあきらめて、市内を廻ることにします。

朝の叡電を写してから、バスで清水道へ。まだ9時前なので八坂の塔のまわりも閑散としてます。お店は仕込み中で、荷運びの軽トラが行き来するだけ、八坂の塔もまだ閉まっているので、夏蜜柑をいれて季節感のある写真を撮ってみました。
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Hounen_jyunpai5_02

庚申堂のお猿さんに「おはよう。」を言ってから二年坂、三年坂と進みます。ここらもまだ人影はまばらです。朝日をあびて輝くユリの花と日傘の女性、ポスターのような写真が撮れてしまいました

清水坂に出ると急に、修学旅行生で一杯。間違って(笑)朝の通学路に紛れ込んでしまったようです。

普段は、まっすぐ清水寺の山門に向かうのですが、よく見ると土産物屋さんに隠れて、ちいさなお堂が見つかります。地図には「来迎院」「真福寺」「宝徳寺」「善光寺」などと書かれてます。急ぐわけでもないのでひとつづつお参りしました。善光寺堂の前の「首振り地蔵さま」は、首が回るようになってます。心に思う人の方向へ向けて、お祈りするのでしょうか?
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Hounen_jyunpai5_03

山門を入って、随求堂の「胎内めぐり」を巡ってみました。地下回廊に入る前に、お寺さんから案内があります。遠くから来た振りをして(笑)修学旅行生に交じって(一般人はわたしともう一組のご夫婦だけ(^^ゞ)説明を聞きます。

「清水寺は、今から1200年の昔、坂上田村麿が延鎮上人とともに建てられたお寺で、本尊は千手観音様をお奉りしています。清水の舞台は高さ13m余り・・・・(中略)・・・・、そして今から入っていただくお堂は、慈心院といい、大随求菩薩さまを本尊(秘仏)としてお奉りしています。・・・・(中略)・・・・、暗闇の中で、御仏の光が見つかるよう、心静かにお参り下さい。(合掌)」

静かに、聴いてくれる熟年世代ならまだしも、「ワー真っ黒、なにも見ないよぅ~」とか言いながら階段をバタバタを降りてくティーンエイジャーを相手では、案内のお寺さんも、仕事(?)とはいえ、お察しします。もしわたしが案内人なら「こらぁ~、静かにせんかぁ」と一日中怒鳴りまくりでしょうね(笑)。

本堂で、観音様にご挨拶して、舞台から紅葉谷と京都市内を見下ろしてと、一応(笑)観光客のすることはやっておいて、奥の院の阿弥陀堂に回ります。御朱印をお願いして、阿弥陀様と法然さまに念仏を上げさせてもらいます。ここの本尊様は金色にひかり、なかなかイケメン(失礼)のお顔をされてます。

お堂の裏手に回ると、「濡れ手観音さま」が奉ってあります。音羽の滝と同じ山水を柄杓で掛けながらお祈りします。滝水は冷たかった。
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帰りは、観光客を避けてアジサイの咲く紅葉谷を迂回して、ちゃわん坂から五条坂を通って、京阪清水五条駅へ。ここから伏見桃山へ向かいます。

普段と変わらない車窓ですが、各停はゆっくり走るので、自然と線路脇の草花が目に入ってきます。「あっアジサイ、ここにユリの花、食べられへんのやろうけどビワの黄色い実・・・・・・」京阪の線路は高いフェンスで囲まれて、撮影しにくいのですが、跨線橋やホームの端から電車を写してるイメージトレーニングが進みます(笑)

伏見桃山駅から商店街を5分ほど歩くと、源空寺があります。このお寺は法然さまが奈良の大仏さまの再建法要の帰途に村人を教化されたところと伝えられます。元は奈良街道は宇治郡木幡の里にあったのを、江戸時代初期に伏見の城下へ移したそうです。山門は伏見城の遺構でさすがに立派な構えです。太閤秀吉の遺愛と伝えられるの大黒さまが奉ってあります。

本堂に上げていただき、法然さまの御影像にお参りさせていただきます。ご朱印をいただくときに「お参りの記念に」と、お寺のネーム入りのボールペンをいただきました。以後の巡拝のお供にさせていただきます。
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Hounen_jyunpai5_05

帰りの特急の車内は、いつもと一緒。出町から御所に回って、母と子の森でお弁当です。ここはバードウオッチングのメッカらしくて、いつも超望遠レンズ付カメラを三脚にセットし双眼鏡をぶらさげたひとを見かけます。

食後は、梨木神社の染井の水でノドを潤おします。甘く冷たい水がうれしいです。そういえば、暑いから清水・伏水・染井と水ばかり飲んでますね(^^ゞ 境内のハギはまだつぼみも付いてないようですが、出町の萩の寺(常林寺)とあわせて初秋の「萩祭り」が楽しみですね。

寺町通りをはさんだ向かいの盧山寺に立ち寄って元三大師さまにご挨拶します。この大師さまは「おみくじの元祖」として有名で、比叡山横川の元三大師堂は神託を求めるひとで賑わっています。

もう一軒となりが清浄華院です。このお寺も浄土宗七本山のひとつですが、いつもひっそりしてます。御所散策の最後にいつもお参りしてるのですが、御朱印をいただくのは初めてです。仏教大の研修生さん(お坊さんの卵)みたいな青年僧が対応してくださいました。

このお寺のブログに「お墓に眠る皇族や公家の話」が載っているので、参らせていただきました。「山科言継卿」のお墓が有名ですが、ほかにも後水尾天皇皇子〇〇親王墓とか従ニ位大納言XX卿墓とか御所の職員録を見てるみたいです。今から200~300年前の江戸時代の年号が読み取れ、「宮さまもお公家さまも亡くなられてお墓に入られてからも御所のお隣で、お仕えされてるんだなぁ。」と感慨深かったです。
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Hounen_jyunpai5_06
これで25ヶ所のうち、18ヶ所までお参りできました。いよいよ岡山、高松、伊勢、和歌山の遠隔地と、箕面、愛宕、大原、比叡の山奥が残りました。暑さを押して、18切符などの使える夏休みに行くか、行楽気分で秋の連休に回すか? 
思案のしどころです。
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2011.06.27

【京阪】フェルメールからのラブレター展のHM掲示

25日から岡崎の京都市美術館で開催中の「フェルメールのラブレター展」にあわせたHMが3000系に掲示されています。
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3001_05
帰宅時に、淀屋橋駅で撮影できました。このあと隣のホームにも3003Fが到着して、並んでくれたのですが、ホームの幅広くて、コンデシでは並びは取れませんでした(^_^;)
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2011.06.26

【叡電】初夏の花シリーズ(2011)その5

昨日の撮影分の続きです。
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元田中駅まで来ると、急に晴れて暑くなって来ました。ベゴニアも朝日を浴びて輝き始めました。
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清水に向かうべくバス停へ行くと、ツユクサのような花が咲いてました。調べるとアメリカ原産のツユクサの仲間で「セトクレアセア・パリダ」というのだそうです。和名は「紫御殿」いかにもって命名ですね。
ひとつ上の紫帯の電車と合わせたかったのですが、車が邪魔してばかり。早朝に再挑戦したいです。
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帰りは、再び元田中~茶山間で撮影しました。もうカンカン照りでなるべく日陰の元気な花を狙ってます。 今年の叡電沿線のアジサイは、どこも裏年なのか、花の勢いがありません。でもこの真っ白いアジサイの群生は元気一杯
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アジサイの横手には、早くもハギの花が咲いてました。この日巡ったところでは、まだ葉っぱばかりのハギしか見なかったので、チョー早咲きですね。
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最後は、再び元田中駅前を。紫帯電車は、何度もツユクサに振られて(笑)、結局アジサイとコンビに(^^ゞ
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2011.06.25

【叡電】初夏の花シリーズ(2011)その4

今日は、朝方こそ曇ってましたが、昼前からは一気に梅雨明けのような夏空になりました。法然霊場巡拝の行き帰りに、「花とえーでん」を楽しんできました。

昨日から、30度を越える猛暑が続き、はやくもカメラマンも花壇のお花たちもグロッキーぎみです
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811_64
先ずは、行きの茶山~元田中間の花壇から、ツユクサです。この時は、まだ薄曇で日陰側の発色はよくありません(^^ゞ
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続いて、ユリズイセンです。
左手の塀の向こう側は藤棚になっていて、5月には薄紫の房を垂らしてました。
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上の踏切の反対側のフラワーポットです。このお花は「ゼラニウム」でしたっけ?
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元田中駅前のザクロの花です。
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この小さいけど真っ赤な花が咲き出すと「いよいよ暑くなるなぁ」って、気がしますよね。
(続く)

なお霊場巡拝記は、火曜日頃にUpします。
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2011.06.23

法然霊場巡拝記(その12) 20番誓願寺~14番正林寺

霊場巡拝は、京都市内中心部へ移ります。
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嵐山から、次の誓願寺へ回るため、バスで四条河原町に向かいます。買い物客で賑わう新京極の繁華街の真ん中に誓願寺はあります。

このお寺は町の真ん中のため何度も火災にあい、また境内を収用され、いまは鉄筋コンクリートの本堂が狭い境内に建っています。中には本尊の丈六の阿弥陀様が狭そうに(笑)鎮座されてます。落語の開祖、安楽庵策伝上人を輩出するくらい開かれたお寺でもあり、落語会のポスターが貼ってあったり、芸事上達を願う扇塚があったりします。いただいたパンフレットも実にユニークなんですね。みなさんもお参りして笑ってください。
写真の顔出し看板にも阿弥陀様が本堂から出演されてます
ハメコミではなく、普通に写すと仏様がスポッと入ります。試してみてください。
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またまた清水寺に行く修学旅行生で一杯になったバスに乗って、五条坂に向かいます。ちゃわん坂を登っていく修学旅行生と分かれて、大谷本廟へ参ります。うちの親戚はお東さんが宗旨の家が多くて、東大谷はお墓参りに良く行くのですが、西大谷はいつも素通りなので、ニ尊院で法然さまが仏道に励むようにお弟子さんに誓いを立てさせたなかに親鸞さまの名前もあったのを見て、ご挨拶に立ち寄ったのです。石造りの太鼓橋を渡って、本堂でお念仏を上げてきました。入り口の案内所の建物が楼閣みたいで面白いです。
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馬町から渋谷越えの坂を上がっていくと、やがて正林寺の山門が見えてきます。参道を行くと、保育園の門があって立ち入り禁止。保母さんに案内を請うと「庫裏のインターフォンで住職さんを呼んでください。」とのこと、許可を貰って、境内に入ります。

ここは楽しいお寺です。境内の庭はすべて保育園の園庭、庫裏は児童館、駐車場はスクールバス乗り場、本堂でお念仏を上げていても背後で、ワーワー、キャーキャー五月蠅いです(^^♪

写真を撮ってると子供たちが「ぼくらも写してぇ。」「いっしょに遊ぼぅ。」「お父さんはどっから来たん?」「お友達(息子のこと?)は連れてへんの?」と質問攻め。果ては「ヨーイどん、しよ!」と、園内を駆け回らされました(^^ゞ

体力に自信のない巡礼者は、庫裏から本堂へ回らせてもらうことをお勧めします(笑)
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朱印をいただいて山門を出ると、もうクタクタ(笑)、このあとすぐ近くの清水寺へ行くつもりでしたが、ここで打ち止めにしました。

京阪七条駅にむかう途中に、「烏寺」があります。ここも熊谷蓮生房ゆかりのお寺で、「寺を開いた専定法師にカラスが蓮生の極楽往生を告げる。」伝説が残されています。(史実では承元2(1208)年9月14日没) 清水に行ったら、烏寺の前は通らなかった訳で、これも仏縁なんでしょう。(残念ながら拝観謝絶です。)

写真は、東山区で見つけた面白い物です。左上から渋谷道の民家、渋谷道の料亭、渋谷道の道しるべ、楼閣風案内所、斜めに掛かってるのに正面橋(笑)

次回は、清水寺から、京都市内のお寺を再度巡拝する予定です。
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2011.06.22

法然霊場巡拝記(その11) 16番光明寺~19番法然寺~17番ニ尊院

法然上人霊場巡拝の第4回目は、洛西・洛中・東山と近郊を回ります。まずは、長岡京の粟生の光明寺さんへ向かいます。
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阪急長岡天神駅を降りて、光明寺行きのバスを待ちます。歩いても30分程度ですが、上り坂なので帰りは歩いて戻ってくる行程にしました。

渋滞にもかかわらず定刻にバスは来て、広い都市計画道路を進みます。昭和の頃(笑)に一度行った時は、狭い旧丹波街道を対向車を避けながら進みましたが、今はスッと10分程で着きます。バス停の田んぼの畦には、綺麗な花が咲いていて心が和みます。バス停前には名物の「朝掘り筍」がまだ並んでますが、今年は大原の方から何本ももらってタラフク堪能したので、もう結構です(笑)

このお寺は、法然上人の弟子の熊谷蓮生房(直実)が開き、法然上人のご遺体を荼毘に付した聖地です。また紅葉の名所としてつとに有名です。私も秋しかお参りしたことが無いのですが、雨上がりの青(粟生)紅葉もまた格別です。でもお参りの方は少なくて、受付のお坊様もウトウトされてました(笑) ご朱印をいただいてから法然さまの火葬塚や石唐櫃、御廟なども拝見しました。
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Hounen_jyunpai4_02

帰りは歩いて乙訓寺にお参りしてから駅に戻ります。途中に「鉄道リネンサービス㈱」なる会社がありました。シーツや枕カバーが積まれています。ここから向日町や鳥飼に発送してるんでしょうね。

しばらく歩くと旧街道に出ます。「赤根神社」と書かれた標識を見つけたので寄り道してみました。竹やぶに囲まれた村の鎮守さまです。隣は幼稚園になってて、子供たちの歓声が聞こえてきます。

しばらく古い農家の残る集落を歩くと、目指す「乙訓寺」の裏門に出ました。ここも保育所が併設されてます。このお寺は「ぼたんの寺」で有名なのですが、先週に行った当麻寺と同じく、もう終わってやはり閑散としてます。お寺めぐりには静かなほうがゆっくり見られて好都合ともいえますが(笑)

先の赤根神社にもありましたが、ここにもペットポトル一杯に詰まった小さな千羽鶴を見かけました。幼稚園の子供たちの作品にしては手が込んでるので、どなたか熱心に願掛けされてる方が居られるのでしょう。影ながら成就を祈っておきました。
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次の法然寺は拝観予約制なので桂駅で乗り換えるときに電話して、嵐山に回りました。でもオフシーズンの平日とあってひっそり、茶店も開店休業状態です。
の時は、溢れるばかりにいる観光客がまったく見えません。渡月橋も人影はまばらです。でも中の島を貸切にして食べるはまた格別
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Hounen_jyunpai4_04

橋を渡るとさすがに修学旅行の学生さんの制服で賑わってます。しばらく人ごみを歩いて山陰線の踏切手前に嵯峨の法然寺はありました。ちょうど「はしだて5号」タンゴディスガバリーの海坊主(笑)の先頭車がお寺の門柱をかすめて通過するところでした。

このお寺も熊谷蓮生房が開かれた所です。お寺のパフレットによれば、かつては京都市内中心部にあり、50年ほど前に寺町四条下ルから移転したのだそうです。門を入って案内を請うと、「しばらくお待ち下さい。」とのことで、墓地にある法然さまの御廟にお参りしていると隣の社会福祉施設から住職の奥様らしき方が出て来られて本堂に上げていただけました。

朱印を書いていただく間、本堂の法然さまや蓮生さまの御影像、法然さまの絵伝などを拝見しました。奥様に「やっぱりオフシーズンの平日は嵯峨野も閑散としてますね。」というと、「この時期はお店も閉めてるところが多いですよ。」とのことです。
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「今度は、愛宕山の月輪寺に登る時にまた寄らせていただきます。」と挨拶して、愛宕道を二尊院に向かいます。ひとでいっぱいの時しか知らない(笑)嵯峨野の竹やぶ道も、だれも歩いてないのが逆に新鮮です。落柿舎の前を通って、ニ尊院に入ります。ここも青もみじが参道を覆っています。実はいつ通ってもお寺はひとでいっぱいなので今まで入ったことがなく、はじめてのお参りです。

まずは本堂で朱印をお願いして、ご本尊のお釈迦さまと阿弥陀さまにお念仏を差し上げます。本尊が二体あるので「ニ尊院」なのですが、「お釈迦さまは、人が誕生するときにこの世に送り出され、阿弥陀さまは、人が往生するときにあの世に迎えに来られる。」のだそうです。本堂裏のお庭には、猪おどしが「こぉ~ん、かぁ~ん」と澄んだ音を響かせています。縁側に座って小倉山を眺めていると、時間の経つのを忘れさせてくれます。
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本堂を出て、広い境内を見て歩きます。ここは藤原定家卿が百人一首を編んだ時雨亭の跡とされ、裏山にはその遺構と伝える場所があります。ほかにも法然さまや三条西実隆卿、角倉了以などの墓が並んでおり、歴史上の人物が一気に間近になります。ちなみに法然さまのほうが定家卿より30歳ほど年上です。鎌倉仏教の旗手が平安和歌の大御所のお父さんの世代なんて、前にも書きましたが、なんか変ですよね(笑) 

ほかにチャンバラ映画の神様、阪東妻三郎さんのお墓もありました。田村三兄弟の長男、高廣氏もお父様のとなりに眠っておられました。

小倉山を読んだ歌は、百人一首の『小倉山 峯の紅葉葉・・・・』が有名ですが、季節違いなので(笑)

『さみだれの月はつれなきみ山より ひとりもりいづる郭公かな』
(新古今集・夏・藤原定家)

を時雨亭がらみで上げておきましょう。続いて、誓願寺と正林寺を回ります。
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2011.06.21

【阪急バス・京都市バス・京都バス・京阪バス】のスナップ

法然上人霊場巡拝の第4回目の途中に乗ったり、見たりしたバスと電車のスナップです。
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阪急バス 光明寺バス停付近 (畦道の花壇)
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市バス 野々宮バス停付近 (トロッコ嵯峨野)
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市バス帷子ノ辻バス停付近 (京都バスの教習車)
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市バス三条春日バス停付近 (八ツ橋電車)
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市バス祇園バス停付近 (東山スクールバス)
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京阪バス上馬町バス停 (14番.正林寺門前)
***
巡拝記は、明日から2回に分けてお届けします。
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2011.06.20

【京都市交・南海】最近のカード&記念切符コレクション

このブログの読者の方から、プリカ乗車券などを譲っていただいきました。
法然上人霊地巡拝で関西各地を訪問に使ったフリー乗車券などを交えて、
最近の収集品を紹介します。

図柄 名称、発行日
発行箇所、金額
090625 市バス専用
一日乗車券カード
「美女と野獣」
2009/06/25
500円
スル関カード版はもってますが、市バス版も発売されたのですね。
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091102 市バス専用
一日乗車券カード
「上京区
130周年」
2009/11/02
500円
大学もプリカで広告を出す時代のようです。
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100316 市バス専用
一日乗車券カード
「左京区
80周年」
2010/03/16
500円
わが町左京区が誕生して80年。いろいろとイベントがありました。叡電の「精華大前」駅なら徒歩1分です
*
 
100624 市バス専用
一日乗車券カード
「プロフェクト
法律事務所」
2010/06/24
500円
弁護士さんも、座ってるだけでは商売に成らないんですかね(^^)
*
 
100824 スルッとKANSAI
都カード
「芙蓉(祇園)」
2010/08/24
三条京阪駅
1000円
祇園新橋の花街の一角でしょうか? 夏らしい一枚です。
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110427 トラフィカ京カード
「希望」
2011/04/27
三条京阪駅
1000円
東日本大震災で落ち込んでいるときにこのカードに出会いました。「頑張れ東日本」 (管理人購入)
*
 
110614 市バス専用
一日乗車券カード
「QRコード付き」
2011/06/14
三条京阪駅
500円
第四回目以降の京都市内の巡拝用に購入しました。
*
 
110614_2 市営地下鉄
1dayフリーチケット
「30周年記念」
2011/06/14
三条京阪駅
600円
第四回目以降の京都市内の巡拝用に購入しました。
*
 
Nankai09_2 住吉大社
御遷座1800年
記念入場券

住吉駅
300円
これは、たまたまよく行くブログで話題になってたので、通販で購入しました。そうしたら、ポイントが使えて、本体価格が無料に、送料も割引になりました。
ラッキー
 

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2011.06.19

【叡電】初夏の花シリーズ(2011)その3

諸般の事情(笑)で、一ヶ月以上間が空いてしまいましたが、初夏の花シリーズをお届けします。

昨日は、久しぶりに叡電全線を乗車または徒歩で、沿線の花の咲き具合を確かめてきました。

各所であじさいが咲き始めて、南のほうは見頃になってます。ツツジやアイリスなどは、ほぼ終わりですが、キョウチクトウも白や赤の花を咲かせ始めてます。

各駅ごとに降りて撮影したかったのですが、と競争のような天候でしたので、鞍馬駅構内のみ。やはり山間部は涼しいのかまだ満開には早いようです。
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Kurama08_2
Kurama09
Kurama10
Kurama11
どなたかのブログに書かれてましたフレーズですが、『毎年撮影に出向くと、季節ごとにお馴染みさんのお花が「お待ちしてました。」と迎えてくれるのは、うれしい。』です。

一年目は、初対面のちょっとぎこちない絵、ポートレートなら正面向脱帽(笑)の履歴書用写真。二年目はちょっとくだけたスナップも、そしてプロのカメラマンも云ってますが「三年目からが難しい、でも、ここからが、腕のみせどころ。」

正直いって、「撮り飽きた。」あるいは「撮り方がわからない。」被写体はたくさんあります。花だけ電車だけなら視点がはっきりしてますから、セオリーも確立してるんでけど (そのかわり「教科書的(^^ゞ」作品になりますが) 、複数のそれもひとつは人工物、もうひとつは自然という正反対の物体を、まとめるのですから難しいはずです。

今日も/のフィールドには不向きな天候ですが、次のを待って、また沿線を歩いてみます。
*
Iwakura_kaeru02
Iwakura_kaeru01
帰りは、岩倉で降りて大雲寺の池のモリアオガエルの卵を見てきました。
水面に突き出したカエデの枝に、白い実のように付いてます。梅雨明けまでには孵化して、大雨の日に池にオタマジャクシが落ちていくそうです。
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Otama01 Copyright (C) みさきのイラスト素材 All rights reserved.
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2011.06.18

法然上人二十五霊場巡拝記(その10) 11番東大寺指図堂

巡拝の最後は、東大寺の境内を散策します。
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奈良交通バスは2Dayキップが使えないので、歩いて大仏殿に向かいます。県庁前まで来るとさっそく鹿が草を食んでいるのが見られます。官庁街に野生動物がウロウロしてるのは、おそらく奈良市だけでしょうね。東大寺の参道まで来ると、もう修学旅行の学生さんの団体でいっぱい。行列を除けながら大仏殿に入ります。

実は「大仏さんなんて子供の見せ物だ。」との思いが強くて、大人になってからこのかた大仏殿には入ったことがないのですが、久しぶりに入ってびっくり、「ここはお寺というよりテーマパークだ!」

もちろん盧舎那仏(大仏さま)も金堂(大仏殿)も宗教施設に違いありませんが、写真は撮り放題、柱や壁や仏像の台座までも触るくらいならOK、柱くぐりは遊園地の穴抜けそっくりで、鹿にハトに鯉に亀のエサまであるし・・・・・子供も大人もはしゃぎまくってます。「お寺=静かなところ」という公式は当てはまらないようです。今度は子供を連れて一緒に騒ぎましょう(お坊さんゴメンナサイ)
(写真は、大仏様の背中の様子、さすがにデカイ)
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受付で、「指図堂のご朱印はどこでいただけますか?」と聞くと、「お堂は土日しか公開してないので、寺務所へ回ってください。」とのこと。参道を離れて一転して静かな寺務所の受付へお願いに行きます。東大寺ほどの大寺院になるとひっきりなしに問い合わせの電話がかかってきたりして、受付は大忙しです。

これで今日の予定のところはすべて回りましたが、まだ日は高いので、修学旅行生の来なさそうなところを選んで境内を一周します。大仏から二月堂・三月堂→若草山のメインルートを外れると「大仏様のお寺にもこんな静かなところがあったんや。」と思うような修行の場が続きます。大仏殿の裏手なんか初めて見ましたし(↑)、指図堂、阿弥陀堂、戒壇堂、千手堂から中門、転害門へ抜けるあたりは「知る人ぞ知る。」といった散歩道でした。下の写真は、戒壇堂の北門です。いかにも奈良らしいスナップでしょ
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小腹が空いたのでコンビニでパンをかって、猿沢の池のほとりで鹿やハトやワンちゃんにも分けてあげながら、デジカメのモニタを見て今日一日を振り返りました。今日もよく乗り歩き撮りました。

次回は、/の週末なので近場の京都市内を回ります。
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2011.06.17

法然上人二十五霊場巡拝記(その9) 藤原京と大和三山めぐり

せっかく藤原京跡に来たので、宮跡をぶらぶらと散歩することにしました。
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お寺を出て天岩戸神社に参ります。あの記紀神話にでてくる「高天原の天岩戸」の舞台はここだと伝えられるところだそうです。本当のところは、香久山の巨石を祀る古代の石座信仰を今に伝える貴重な遺構なんでしょうね。ここもアジサイが咲き始めてました。昨日の雨でぬかるんだ山道を香久山の山頂に登ります。山頂には舒明天皇の

「大和には、群山あれど とりよろふ 天の香具山・・・・・・」

の歌碑が立ってます。わたしも「民のかまどは潤いにけり。」と大雀命(仁徳天皇)になりかわって、呟いてみました。本音は、「民のかまどは蜘蛛の巣だらけ・・・・・・」と、叫びたい今日この頃ではありますが(笑)
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山を下りたところの香久山神社に参って、奈文研の前から藤原京跡に向かいます。

「春過ぎて夏来るらし白妙の 衣ほしたり天の香具山」
(持統天皇・万葉集・巻一)

の風情の時期は少し遅く、田植えの真っ最中の田んぼの中の一本道をとぼとぼと歩きます。 藤原京はかつての博覧会の華やかさが頭に残っていたのですが、今では大極殿跡などに標柱が何本か立っているだけで復元された宮殿はおろか、掘っ立て小屋ひとつ(笑)ありません。しかも前の道路は歩道が無くて後ろは池で、周りを気にせずに写真を撮っていると、車にはねられるか、池にはまって大騒動になりかねません。

それでも、

「香具山は畝火をおしと耳成と相あらそひき 神代よりかくにあるらし 古昔も然にあれこそ うつせみも嬬をあらそふらしき」

「香具山と耳梨山とあひし時 立ちて見に来し印南國原」
          
中大兄皇子(天智天皇)・万葉集・巻一)

の大和三山の歌の風情は十分に感じられました。ちなみに印南国原は、第2回目で回った、明石から高砂にかけての海岸のことだそうです。
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(ロマントピア'95に行った時の記念写真です。バックは耳成山です。)

宮殿跡の外れに「橿原市藤原京資料館」があります。「奈文研の展示室はPASSしたからここはのぞいて見るか?」と休憩がてら入って見ました。農協の建物の2階が展示室なのですけど、地元の方が当番で詰めて案内されてます。さすがに地元だけあっていろいろとご存知で、ビデオや資料を使って藤原京の成り立ちから、発掘作業の状況、出土品などを丁寧に教えて下さいました。
「ロマントピアのときは、気球が浮かんでましたね。」というと、案内の方は「地元の役得で乗せてもらいましたよ(笑)」とのこと、わたしは満員で乗れずに残念でした

資料もいっぱい頂いて、「次はおふさ観音へ回るつもりだ。」というと、「直ぐ近所だから送ってあげましょう。」とお寺の前まで道案内までしていただきました。
改めて御礼申し上げます。
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近所の方とお別れしてお寺に入ると、ここもまた「花の寺」のひとつでちょうど「バラ展」の真っ最中、甘い香りと線香の香りが溶け合って、和洋折衷の不思議な光景です。このお寺は「ぼけ封じ」でも有名で、バスツアーも押し寄せるそうですが、もういまさら祈って貰ったところで天然ボケが治るわけでもなく、かえって老人ボケと相殺されて長生きするかもしれない(笑)と花園をゆっくり散策しました。
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お寺を出てJR畝傍駅経由で八木西口に向かいます。この旧街道は古代の下ツ道に当たり、律令の条里制そのままに大和西大寺の平城京跡まで真っ直ぐに続いてます。

ところで、この付近の地名は橿原市小房町といいます。「畝傍-小房-橿原」で何か思い当たりませんか?
そう、戦後直ぐに休廃止になった、旧吉野鉄道(現近鉄)の小房線がこの付近を通っていたのです。今でも近鉄畝傍御陵前駅やJR畝傍駅の構内には線路跡と思われる空き地が残ってます。ただそれに気がついたのは電車に乗った後の祭り(^^ゞ
また機会があれば探ってみたいです。

畝傍駅と八木西口駅の探索を終えて西大寺経由で奈良に向かいます。さすがに疲れが出てウトウト
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2011.06.16

【京阪・JR・阪神・近鉄】最近のカードコレクション

このブログの読者の方から、プリカ乗車券などを譲っていただいきました。
それで、法然上人の巡拝記は一回お休みして、巡礼で関西各地を訪問中に使った
フリー乗車券などを交えて、久しぶりに、最近の収集品を紹介します。

図柄 名称、発行日
発行箇所、金額
081222 時差 回数券

2008/12/22
藤森駅
1500円
京阪のカード式回数券も、発売停止になりました。旧塗装車と共に、想い出になろうとしています。
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060308

Jスルーカード

2006/03/08
堅田駅
1000円

Jスルーカードも、すでに発売停止になって久しいです。
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110530 阪神。山陽
シーサイド
1Dayチケット

2011/05/30
阪神梅田駅
2000円
巡拝第2回目で使ったフリーキップです。高砂まで往復するだけで十分に元が取れます。
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110608_4 スルッとKANSAI
2dayチケット

2011/06/08
大阪阿部野橋駅
4000円
巡拝第3回目で使ったフリーキップです。1回目はしっかり元を取りました(笑) 2回目は南海沿線の探訪を計画中。週末はないかなぁ。   

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2011.06.15

法然上人二十五霊場巡拝記(その8) 9番当麻寺から10番法然寺へ

法然上人霊場巡拝の続きです。今回は二上山の麓から藤原京跡を巡ります。

当麻寺駅前は、土産物屋が1・2軒あるだけでひっそりしてます。最近は巡礼もほとんどバスか自家用車でよほどの有名寺社の最寄り駅でないと縁日以外はこんなもんなんでしょう。山麓のお寺まで1キロ近く歩きますが、大和の国らしい落ち着いた古民家の続く道なのでゆったりと歩けます。でも道幅が狭くて車が来ると避けるのに閉口します(^^ゞ

半分ほど歩いたところに、相撲の元祖「當麻蹶速(たいまのけはや)」の塚と伝える小祠がありました。「当麻蹴速は野見宿禰と戦って、蹴り殺されて負けたと伝えられてるのに、負けたほうを奉るのも勝負事としてどないかなぁ?」と思ってしまいます。でも近くには「当麻相撲館」という相撲に関する資料館もあって地元では古代の勇士として大切にしているのでしょう。展示は、残念ながら火・水は「ヤ」でした(^_^;)
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国道を渡ってお寺に近づくとまた土産物屋や旅館が続いて門前町らしくなります。一軒のお店には、写真のようなりっばな鏝絵が飾ってあります。写生しているご婦人方も居られました。
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お寺に着くと、山門はまたまた平成の大修理中。最近はあちこちの文化財で修理中が目に付きます。文化財保護の観点からは定期メンテナンスは必要不可欠なんでしょうが、やはり遠くから来て、見れないのは残念ですね。お寺の境内は本坊をはじめいくつかの塔頭寺院から成り立っています。中将姫の蓮糸で一夜にして織り上げたという當麻曼荼羅の伝説が有名ですが、朱印は一番奥の奥院でいただきます。本坊や塔頭毎にお布施がいるようなので(笑)、曼荼羅は前に京博の「法然展」で見たこともありPASSして奥院へ向かいます。

受付で朱印をお願いして、本堂に向かいます。このお寺も花のお寺なのですが、前庭の牡丹は終わっており、ツツジも盛りを終え、アジサイは咲き出しとあまり色物のない時期で、チョット残念でした。それでも裏手の浄土の庭は池の向こうに阿弥陀様が居られ手前から拝むと渡海浄土の雰囲気が味わえます。この巡拝は荷物を減らすためにカメラはコンデジにしてますので、やはり花のアップなどは苦手です。なんとかアジサイと西塔をそれらしく描いてみました。

受付で次の橿原の法然寺の道順を聞いてお寺を出ましたが、この間30分ほどもお参りは私一人、それに対してお寺は住職さんはじめ4~5人が寺務所に詰めて応対してくださいました。恐縮します。
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駅に戻って、ホームからニ上山を撮影します。ここは

「うつそみの人なる我や明日よりは 二上山を弟背とわが見む」
(万葉集・巻二・大伯皇女)
 
と歌われる、大津皇子の悲話が語り継がれているところですが、今日は時間がないので再訪を期したいところです。尺土・橿原神宮前と2度も乗換えて、畝傍御陵前駅で下車します。ここでお寺に連絡の電話を入れたのですが、なぜか留守電。メッセージを入れて不在でもダメモトと歩き出します。

最初は橿原か八木からバスのつもりでしたが、駅のハイキングガイドによれば、大和三山コースに目指す法然寺が入っており、まずは畝傍山の麓で下りたのです。駅をバックに畝傍山を一枚。畝傍御陵と橿考研は前に行ったことがあるので、またPASSして天の香久山に向けて歩き始めます。ここは1995年に開かれた藤原京ロマントピア'95のとき来て以来です。

しばらく歩いて新興住宅地から古い集落に入ったところに、元薬師寺跡があります。いまは小さなお堂の前庭に巨大な礎石が数個ゴロゴロしているだけです。回りは田んぼばかりですが、夏になると一面にホテイアオイの薄紫の花が咲いて、遠くからもカメラマンが訪れるそうです。門番の白いワンちゃんがけだるそうに昼寝して、訪問者にも「あんただれぇ?」といったような目で見上げておりました。
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さらに歩くと飛鳥川の清流を渡ります。ここは

「世の中は何か常なる飛鳥川 昨日の淵ぞ今日は瀬になる」
(古今集・雑下・読み人知らず)

と詠われた暴れ川だったようですが、今はゆったりと景色に溶け込んで流れています。余談ですが、この歌を本歌として

「飛鳥川淵にもあらぬ我が宿も  瀬にかわりゆくものにぞありける」
(古今集・雑下・伊勢)

があります。詞書に「家を売りて読める」とあって、「瀬に」に「銭」を掛けてあります。伊勢といえば百人一首にも登場する有名な女流歌人ですが、はじめてこの歌を知った時、「このお局様もお金に困って家を売らはったんかいなぁ。」と、今に通じる解釈で笑ってしまったのを覚えてます。

古今集の編者の一人紀貫之の先祖が氏寺として建立したとされる紀寺跡(今は建物はおろか礎石も見えず一面の草原)を通り、香久山の麓の集落にお寺はありました。駅から寄り道も含めて30分足らずで着きました。近くのテニスコートの休憩所でお弁当を広げてから、お寺に入りました。手洗いの洗面器にカナヘビがいました。水を流すと急な豪雨(笑)に右往左往してました。
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庫裏で案内を請うと、幸いにも住職は戻ってこられたところで、「今、留守電も聞いたところです。行き違いにならなくて良かった。」と本堂に上げていただきました。まずは本尊の阿弥陀様と法然様の像にお念仏を差し上げます。この阿弥陀様は東大寺大仏殿を再建した俊乗房重源上人のお持仏だったのだそうです。

朱印をいただくときに「静かですねぇ。」というと、「飛鳥でも石舞台のあたりは観光客も多いが、大和三山や藤原京まで足を伸ばす人は少ない。特に暑い盛りに歩いて回る人は珍しい。」とのことでした。「気候の良い時期にまたお参りします。」と挨拶してお寺をでるとたまたまカメラ片手に古寺散策をしているひとと入れ違いになりました。実はこの後、藤原京まで、観光客らしきひととは、またひとりも出会わないのですが(笑)
写真は、近景に畝傍山、遠景に葛城山を背負った、法然寺の様子です。

(次は、藤原京跡をめぐって奈良の大仏さんへ向かいます。)

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2011.06.14

法然上人二十五霊場巡拝記(その7) 7番一心寺から9番当麻寺へ

法然上人の足跡をたどる巡拝の第3回目を回ってきました。今回は近鉄南大阪線・橿原線・奈良線の沿線です。
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朝早くから、西院で嵐電の「宅急便」電車を写した後、阪急・地下鉄と乗りついて前回の終点の四天王寺前夕陽丘駅にふたたびやってきました。

受付は9時からですがお寺はすでに開かれているので前回見れなかったお堂をいくつか参らせてもらいます。おみくじの元祖「比叡山の元三大師堂」の前には茅の輪くぐりが仕立ててありました。前回に須磨寺で見たときは、「まだ5月なのに気の早い。」と思いましたが、6月に入るといよいよ一年も半分終わろうとする実感がありますね。

隣の大黒堂にも比叡山東塔とおなじ「三面大黒天」がお祭りしてありました。ご本尊の三面大黒さまは秘仏で非公開のようですが、脇に信者の方の奉納された等身大の大きな大黒様が鎮座されておられるのに「商売繁盛」と「巡拝の交通安全」をお祈りしておきました。

9時前になったので、西門をでて一心寺に向かいます。門の周辺では、社会見学の小学生がお寺のひとから聖徳太子のお話などを聞いてました。門をでてすぐ南側に「布袋堂」があります。大きなおなかを出して福々しい顔をされてます。福の神様にご挨拶できて、今日一日の巡拝は成果がありそうです(笑)
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9時ちょうどに一心寺に行くと「朝のお勤めがありますから、ぜひどうぞ。」ということで本堂に上げていただきます。邪魔にならないように隅のほうでお念仏を上げてきましたが、こんな時間にお寺にいくことは滅多にないので、よい仏縁になりました。このブログの読者の方の親戚のお墓があると聞いてきたので、お墓のほうにも一礼させていただきました。
前回は逆光で見えにくかった仁王さまもこの朝はゆっくりと見れました。

谷町筋を天王寺駅に向かう途中の動物園の裏手に「堀越神社」があります。由緒書をみると、「聖徳太子が四天王寺の守り神様として建立された。」とあるので、さっそくお参りします。なんでも「一生に一度の願いを聞き届けて下さる。」とのことで、「心願成就」を願ってきました。一生に一度なので、具体的なお願いは内緒(笑)
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当麻寺に向かうため、阿部野橋駅に着くとちょうど準急は出たところ次のは20分待ちです。うまい具合に特急乗り場にリニューアルした方の「さくらライナー」が止まってたので、特急券を買って尺土まで初乗りしてみることにしました。

阿部野橋をでた電車は、やがて羽曳野・古市の古墳群に差し掛かります。電車の窓からも古墳らしき緑の小山が見え隠れします。特急は大阪府下の駅は素通りですが、いつかは古墳めぐりもしてみたいと思ってます。もし準急に乗ったなら、後先を考えずに道明寺か古市で途中下車したかもしれないのでむしろ特急の方が良かったかも(笑)

石川を渡り、回りにぶどう畑が目立つようになると、電車は山間の竹之内越えに差し掛かります。この付近は聖徳太子や蘇我氏に縁の場所です。府県境のトンネルをぬけると線路は下り坂となり、ニ上山が見えてくると当麻駅です。でも特急は通過なので尺土で各停に乗換えて2駅ほど戻って下車です。

(当麻寺から橿原へに続く)
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110608_2「さくらライナー」のロゴ入りの特急券
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2011.06.12

【叡電】けいおん!! x えいでん!! の記念切符&HM付列車

「けいおん!! x えいでん!!」 の記念切符&ヘッドマーク付き列車を無事にゲットしてきました。
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切符の表面
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裏面
(実物大の写真は、本館の切符館にUPします)
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ヘッドマーク付きのデオ721
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ちょっと縦長に写っちゃいました。また撮り直します(^_^;)
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駅貼りの映画のポスターとオレンジきらら
「けいおん」の連載されてるまんが雑誌は、「まんがタイムきらら」(芳文社刊) というのですが、えいでんの電車の愛称とたまたま一緒なのか、意識して叡電沿線の風景を使っているのか・・・・・
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普段は、静かな駅が突然、
萌えてます
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(今朝のドキュメント)

5時起きで駅に向う。普段は数人しか乗らない朝の一番電車がすでに20人以上の待ち客がいる。(5:11)

出町柳に着くと、すでにものすごい行列、叡電の改札から地下に降りて京阪の駅構内を通り越して、またたび今出川口から地上に出て、川端通りの歩道を10m位が並び初め。(5:22)

6時過ぎにやっと列が動き出した頃は、最後尾はもう一度、叡電の駅前を通って河合橋を渡り、鴨川公園から出町橋の半分位まで到達。(6:04)

やっともらった整理券は、No4164 ひとり4枚づつ貰ったとしても千人以上並んでる (6:12)

さらに延々とちょっと動いては止まりを繰り返しすこと1時間以上、7:25分頃やっと切符購入。 待ち時間ちょうど2時間なり。

最近は、費用は別としてネットで大概のグッズ類は手に入るので、人に頼まれでもしない限り買出しには出向かないのですが、今回は叡電のグッズでもあり、早起きしてきました。回りは若い方ばかりでちょっと浮き上がった(笑)感じもしましたが、同じコレクター同士、すぐに違和感は無くなっちゃいました。並んだみなさんお疲れ様!!
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2011.06.11

【嵐電】宅急便電車&パト電を撮影

日の長い時期になってきたので、朝早い時間しか走らない宅急便電車を撮影しに行ってきました。
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観光シーズンは道が混雑して宅配のトラックも走りにくくなる嵐山地区への荷物輸送に、嵐電の西院車庫から嵐電嵯峨・嵐山駅に向けて、コンテナを積み込んだ電車を活用しようというアイディアです。

昭和50年代くらいまでは、荷物列車や荷物電車は珍しくもありませんでしたが、トラック輸送に押されて最近では営業用の鉄道便はほとんど見なくなりました。
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Sai04
宅配会社と鉄道会社の思惑が一致し、日本中に知られた観光地である嵐山の知名度も使って、エコ配をアッピールしようというのでしょう。
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西院発7:20なので西大路三条まで先回りしてまずは先頭車のステッカーを撮影
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続いて、後追いで「路面電車を使用した低炭素型集配システム」の幕を撮影しました。モボ100形どうしのきれいな編成です。
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宅配電車を待っている間に、「パト電」と
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モボ501を撮影できました。手前の若葉はクチナシの木です。もうじき白い花が咲いて、アクセントになりそうです。
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2011.06.10

【叡電】けいおんの記念切符

詳しくは、叡電のHPを見てもらうとして、

12日の朝の5時半から整理券配付、6時から発売開始、ひとり4枚まで、6000セット発行、2500円なり、がおもな情報。

一番電車で出町柳駅へ行けば、なんとかゲット出来そうだが・・・・・・・・

どなたか欲しい人いますか?
絶対に買えるという保証はまったくありませんが、先着3名 まで購入代行してもいいですよ。価格にプレミアムはつけませんが、送料はご負担ください。

希望者は11日の午後7時までにメールください。


事前受付は、終了させていただきました。希望者には、明日の午前中に結果のメールを差し上げます。 (6/11 19:00  追記)

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2011.06.09

【京阪】出町柳のイーゼル黒板の案内板が復活

出町柳駅構内のイーゼルにたて掛けられた黒板形の案内板に「初夏の花だより」が書き出されているのに気が付きました。
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震災直後に片付けられて、新年度やダイヤ改正のお知らせなど事務的な話題は別として、観光案内的な書き込みがあるのは久しぶりのような気がします。

やっと心の中の平穏が一つ戻ってきました。

次は、七夕飾り、そのつぎは祇園祭&天神祭とお知らせは続くのでしょう。
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2011.06.08

京都市立修学院小学校(その3) 校舎内のようす

日曜参観日で母校へ行ってきたときの写真の続きです

なお、個人情報の関係で、校内の児童・教職員・保護者は一切アップしませんのでご了解ください。また40年も前の記憶をたよりに書いていきます。まちがってるところもママあると思いますので、ご存知のかたは訂正してくださいね。
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職員室前の様子。
このころはまだ先生は「偉いひと」で、子供たちは尊敬してました。とくに5・6年の担任の上田先生は、よい人でした。いまのわたしのあるのは、先生のおかげだと感謝してます。
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木造の南校舎の2階の一番東側が、5・6年当時の教室でした。3階の廊下から中校舎を見たところです。この校舎が、4年生くらいのときに初めて鉄筋コンクリート造に建替えられました。当時は「新校舎」とか「鉄筋校舎」とか呼んでました。他の校舎が土足なのに、この校舎は上履きを使ってました。やっぱり新しい建物を汚したくなかったんでしょうね。
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北校舎越しに鞍馬山方面を望んだところです。北山が幾重にも重なっています。今はマンションが近景を隠していますが、当時は宝ヶ池駅手前の陸橋が良く見えました。
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東側の窓から比叡山を見たところです。当時の校舎は東側は壁で、比叡山をこの位置から見れなかったように思います。 やはり山裾の集落(修学院離宮があります)の手前まで田畑が広がってました。
左手の竹やぶの向こう側に、新興住宅地ができて、クラスメートも何人か住んでました。
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教室内にあった「日直チェックカード」
当時も、こんなのに〇付けて、先生に報告してましたね。

ここまで写したところで、授業が始まって探検(笑)は、おしまい。
次は、秋の運動会の頃に訪問してみましょう。

昔話にお付き合いくださいまして有難うございました。
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2011.06.07

京都市立修学院小学校(その2) 校庭の様子

日曜参観日で母校へ行ってきたときの写真の続きです。

コメントは、40年も前の記憶をたよりに書いていきます。まちがってるところもママあると思いますので、ご存知のかたは訂正してくださいね。
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今は、正門をはいると体育館の前をとおって、校舎へ向かいますが、当時の正門を入ると、運動場の南端でこんな風景が広がりました。

建て変わっていますが、南校舎と講堂、その奥に比叡山が見下ろしてます。
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京都市立修学院小学校 校歌 
作詞・西山郁子/作曲・西川五郎   大正9年(1920)

1.ほのぼの明くる東のみ空に高き比叡の峯
  いく代かわらぬ玲瓏のあやに尊きたたずまい
  深きしじまに自らふくむ教えを見ずや友

2.夕べさやけき月影に真砂の数もよみぬべし
  水底清き高野川ただひとすじに流れゆく
  いみじき楽の調べこそ道のさとしと聞けや友

3.見渡す限りさみどりのゆたかに広き小野の原
  げにたぐいなき揺藍に生い立つ幸の喜びを
  歌えわが友もろ声に天の八重雲ゆるぐまで
  
            *

格調高い歌詞ですね。小学生にはよく理解できない(笑)ことばばかりでした。
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これが、わたしたち昭和45年度卒業生の6年5組の卒業記念制作のトーテムポールです。40年の風雪に耐えて、いまだに色あせません。
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校庭がかさ上げされて、根元の文字がすこし埋まってます。足で掘り起こしてみました。裏面には懐かしい名前が彫られています。
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運動場の西側にはプールがあります。なぜかカルガモが一羽だけ泳いでました。近くの高野川から飛んできているのでしょうか?
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体育館(当時は講堂と呼んだ)前の築山です。この石垣や木立を使って鬼ごっこを良くやりました。ボール投げや陣取りあそびもやりました。
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この階段を上ったところには日時計がありました。講堂の横手はちいさな広場になってて、そこにイチョウの木がありました。秋になると銀杏をひろって、家で焼いて食べました。銀杏を素手で拾うとてがかぶれたり服にニオイが付いたりしてよく叱られたものです(笑)

ぼちぼち校舎内に入りましょう。
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2011.06.06

京都市立修学院小学校(その1) 通学路の様子

日曜参観日で、ひさしぶり(と、いってもこの前、選挙に行ったばかりですが)に母校へ行ってきました。

最近、偶然ネットで小学校の同級生と再会する機会があったので、ほかにもネット同窓会のきっかけになればと思って、昨日の通学路と学校の様子をアップします。

なお、個人情報の関係で、校内の児童・教職員・保護者は一切アップしませんのでご了解ください。また40年も前の記憶をたよりに書いていきます。まちがってるところもママあると思いますので、ご存知のかたは訂正してくださいね。
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私の小学生当時は、とくに集団登校などはありませんでしたが、やはり叡電修学院駅前が集合場所で、ここに山端地区と電車で三宅八幡・八瀬方面からくる友達とが待ち合わせて、このアーケードの商店街をとおって学校へ向かいました。

先生は「お店の人の邪魔になるから、商店街の横の道を通りなさい。」と注意していたようにも思います。
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商店街を抜けると白川通りでバスで一乗寺地区から通ってくる子と合流します。そして音羽川にそった通学路を学校に向かいます。

この教会は当時からあるもので2階を借りてお習字の教室をやってました。今は回りはマンションだらけですが、当時は前も後ろも田畑ばかりの田舎の学校でした。
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教会からもうすこし学校よりです。この辺から校内放送やこどもの声が聞こえてきます。
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校門前の田んぼは、いまはこの一反くらいしか残ってません。地主さんが「子供たちの自然観察用になれば。」と残してくれているそうです。
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旧正門です。いまは新しい正門が出来て、登校時のみ開門するみたいです。左手のお店は、こども相手の文房具屋さんです。副読本も体操服もノートも駄菓子(笑) みんなここで買いました。
*
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こちらが正門です。わたしの子供の頃はここは塀でした。もしかしたら非常口くらいあって、出入りできたかも?

(校庭のようすに続く)
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2011.06.05

【叡電・京阪】今日のピンぼけスナップ

昨日は、梅雨の晴れ間の良い天気でした。
でも、またまた午後2時までですが、交代の休日勤務

それでも、気分はお休みなので、行き帰りにカメラ散歩してきました。
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まずは、昨日稼働開始を教えてもらった下りホームの上り方の出発信号機を記録。
*
Syugakuin10
続いて、梅雨入りと共に飾られ始めた、オリヅルランの釣り鉢を記録。
*
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出町柳駅では、駅前の花壇のミニひまわり(?)のような黄色い花を撮影。
図鑑で調べたのですが、キク科の黄色多弁の園芸種はいっぱいあって特定できませんでした。誰か教えて
*
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帰りは、高架に切り替わった淀駅を一週間遅れで見学です。さすがに先週末が雨で来れなかった(?)「」なひとが「」なひとに交じってうろうろしてます。私もそのひとりですが
*
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旧駅舎は看板類は外されてますが、ほぼそのまま残ってます。
廃止2週間程前の様子は、こちら
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架線や踏切遮断棒は外されてますが、軌道や信号機器などはそのまま残ってます。
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雨の続くわりには、レールはそんなに錆びてません。
ところで、この廃レールはどうなるのでしょう。スクラップとして溶かされるのか?再利用されるのか? ちょっと気になります。
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続いて、表紙写真の現況を確認しに、伏見の弁天橋へ。酒蔵の町はそぞろ歩きのひとで大賑わいでした。十石舟も満員の人を乗せて川面をすべってました。
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新淀駅のホームやウマ臨急 (淀駅の引上線に7301F、中書島駅の4番線に7302Fがいましたが) の写真を期待してた人、ゴメンナサイ。
当ブログは、オーソドックスな走行写真や形式写真は、あまり取り上げない主義ですので

それでも、メジャーな話題-「鉄」ならJR、新幹線・近鉄・阪急・阪神・南海・京阪、「京都」なら金閣・銀閣・清水・二条城・嵐山-を出すと、アクセス数が途端に上がります
マイナーな話題-叡電・嵐電・街角の話題など-はです。
人気を取るか、自分の趣向に忠実か、悩みますね
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最後に、季節ネタをひとつ。いつもの畑に取立て野菜の即売の案内が出てます。ひと袋100円は安い!! 今夜はカレーにしましょう
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2011.06.04

法然上人二十五霊場巡拝記(その6) 6番四天王寺と7番一心寺

巡拝記の続きです。今回は大阪の四天王寺と一心寺を回ります。
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尼崎駅に戻るともう3時半をまわっています。「へたすると門限で朱印はいただけないかもしれないけど、とりあえず行ける所まで行ってみよう。」というわけで、阪神なんば線の近鉄奈良直通の快速急行に乗ります。

上本町で地下鉄に乗換えて、四天王寺に着いたのが4時10分、受付終了の10分前。無事に朱印をいただいて、西門を飛び出してすぐそこの一心寺へ急ぎます。でもこちらは4時に受付終了で、既にタイムアウトでした。

朱印の受付は終わりですが、お寺は日没まで開門しているので、骨仏さまを拝み、法然さまが四天王寺西門前に庵を作られた跡と伝えられる開山堂の法然像に「今日は間に合いませんでしたが、毎日近くまでは来ておりますので、また寄らせていただきます。」
と報告し、残ったお菓子をハトにやり、最後に西日にそまる超モダンな山門(建築家でもある住職の設計なのだそうです。)の仁王像を写真に収めました。
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ふたたび四天王寺にもどって、こちらも諸堂の扉が閉められて急に人影の少なくなった境内を犬を連れた近所のひとたちに混じって散策します。じつは四天王寺は30数年ぶり、一心寺にいたっては、初めてのお参りになります。

西日に照らされたお堂はなかなかフォトジェニックです。特にこの西門は極楽の入口とされ、昔は上町の高台にある門から海に沈む夕日を見て極楽往生を願ったと云われます。もちろん今は高層ビルに阻まれて大阪湾はまったく見えませんが(笑)

ノラネコなのか数匹のまだ若いネコがお盛り物をねらってちょろちょろしたりしてます。亀の池は、何十、何百匹のかめさんが泳いだり日向ぼっこしたりと思い思いに過ごしてます。夕方のお寺は近所の子供達にはおおきな公園みたいなもので、お地蔵様の影で鬼ごっこしたり、石段を登ったり下りたりしてはしゃいでました。目に余らない限りお坊さんも黙認なんでしょうね。
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もう5時を回りましたが、まだまだあたりは明るいです、天満橋まで熊野街道を歩いて帰ることにします。しばらくは上町の寺町を通ります。ここもお寺さんばかりです。谷町六丁目駅と九丁目駅の間くらいの道の真ん中に、枯れかけた杉の木が立っており根元には祠まであります。末広大明神と石碑には彫られています。道の真ん中の神社は話には聞いたことがあるのですが、実際に見るのは初めてで(@_@;)です。
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道は空掘商店街に入ります。この付近は奇跡的に戦災をまぬかれたそうで、大阪市内中心部とは思えない、古い民家が残ってたりします。
空堀というだけあって、大阪城の外堀の跡なのか台地の真ん中に急に窪地があったり急坂になったりと平地の多い大阪市内には珍しい変化に富んだ地形を楽しめます。

中央大通りを越えて、谷町四丁目からやっと天満橋に着きました。くたびれたので京阪モールの休憩コーナーで一休みして、今日一日を振り返りました。万歩計は付けてませんが、一万歩以上歩いたのは間違いないでしょう(笑)
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2011.06.03

法然上人二十五霊場巡拝記(その5)須磨寺から4番如來院へ

巡拝記の続きです。今回は神戸の須磨寺と尼崎の如来院を回ります。
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別府駅をたち東二見で特急に乗換えて、須磨寺駅で下車します。直接に法然上人の霊場ではありませんがお弟子となった熊谷直実と平敦盛にゆかりのお寺なので一度参ってみたかったのです。

駅前から山麓のお寺まで商店街が続いています。交差点に茅の輪くぐりがありました。普通は6月末の夏越の祓いでくぐるものですがチョット気が早いとはいえもう一年
も半分過ぎようとしてるんですね。

朱塗りの龍華橋を渡って、お寺の境内に入ります。本堂の回りをたくさんの末寺が取り囲み、神戸市内だけに参拝の方も多いです。
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やはり源平合戦にちなんだ銅像や宝物が目に付きます。有名な「若葉の笛」も展示してありましたが、真贋はべつとして(笑)歴史のロマンが感じられます。熊谷直実と平敦盛の一騎打ちの場面を描写した「源平の庭」はなかなか見ごたえありです。

他にも、小石人形の「百人一首の歌人」やさっき見てきた「高砂の尉と姥」、クルクル回る「七福神の石仏(なんと亀の背中に乗っています)」やかわいらしい「わらべ地蔵」など、境内狭しと奉納されています。

面白いところでは、敦盛公の首塚の手前には、写真のようなユニークな五猿のロボットが置いてありました。頭をなでるといろいろと芸をしてくれます(笑)

最初はお参りだけしてすぐ戻るつもりでしたが、あちこち見物したり、拝んだりしてるうちに、小一時間が経ってしまいました。あわてて駅に戻って梅田行きの特急に飛び乗ります。予定ではあと、尼崎と天王寺にまわって朱印を貰おうと思ってるのですから
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ちょうど3時に阪神尼崎駅に着いて、南口に広がる寺町を如来院を目指します。尼崎=工業都市というイメージがあって、近松門左衛門などを生んだ旧城下町という意識は少ないので、電車の窓からも見える寺町の甍の波や仏塔は、すこしカルチャーショックです。

目指す如来院は寺町の西の外れにありました。このお寺には、神崎浦(今の尼崎港)で法然さまが湊の遊女を教化された。という伝承が残ってます。

庫裏で案内を請うと、和尚様が「本堂へ回ってください。」とのこと。しばらく待つと本堂の扉が開いて、中へ入れていただけました。朱印帖を出すと、「書きあがるまで、本尊にたいして念仏を上げてください。」とのこと。「えぇ~」となりながらも、お寺の住職のお勤めを思い出して、テキトーに木魚で調子をとりながら、「なむあみだぶ、なむあみだぶ・・・・・」と声を出しました。
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お念仏を終えると、「あなたは浄土宗の信者ですか?」と、聞かれたので、「そうです。」と答えると、「それなら今のお念仏の唱え方は、ぜんぜん形になっていません。もうすこし、お念仏の作法を勉強してください」とお説教されてしまいました

この霊地巡拝のべつに宗教的動機というより、単に「目的があったほうが旅も楽しい。それにすこしは、知的興味を満足させられるかな?」という、浅はかな魂胆をたちまち見破られてしまいました。

和尚様も本気で、「お念仏の勉強をせよ。」というわけではなく「物見遊山気分の巡礼は仏様にも法然さまにも失礼ですよ。」とおっしゃりたいのでしょう。貴重な体験になりました。こんなところが街角のちいさなお寺の魅力なんでしょうね。

(四天王寺へ続く)
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2011.06.02

【本】父と子と軽蔑の御名において 笠井一成 著

最近、このブログにもコメントをいただいております。笠井一成氏の著作「父と子と軽蔑の御名において」を読ませてもらいました。

笠井氏は、わたしの小学校時代の同級生で、中学から高校は別の学校へ進まれたのですが、また大学で一緒になりました。

卒業以来、お互いにコンタクトが無かったのですが、最近になって偶然わたしのブログを読んで頂いて、またやり取りが始まりました。

笠井氏の略歴などは、ここをクリックしてください。

ご本人は「通俗娯楽小説のつもりで書いた。」と謙遜されてますが、なかなか読み応えのある短編小説集です。

本当は、全編の感想を書くべきなのでしょうけれど、あまりネタバレさすと、本が売れなくなって、笠井君が困る(笑)でしょうから、出だしの2編のみの感想をば。
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Kasai *
まず「想いが届く日」の書き出し、時代背景もなにもなしに、いきなり原始人のような生活描写があらわれて、通勤電車のなかで「うっ」と、詰まってしまう。
しばらく読むと、「太平洋戦争の南方戦線」が舞台とわかって「戦争もんか」とおもって読み進むと、一変して現代というかひと昔前の日本に舞台は移る・・・・・

「この内容ならこの先の作品も読めそうだ。」と思いながら、次の「カワードの星」へ。

一変して「成田闘争」と「ノンポリ学生」というある意味、懐かしいテーマ。僕は、「戦争が終わあてぇ~」と歌った世代からは、すこし遅れて生まれたのと、関西では一番右派だと目されていた大学へ進んだ手前、「成田」は、まったく別の世界と思ってたし、今でも思っている。

第一、成田空港へ行ったのは、海外へ行くのではなく、成田空港駅を発着する電車を見るための一回だけ。駅のホームからも出ず(正確には、警備がうるさくて出られず(笑) ナリタを語る資格はまったくない。

小説の上とはいえ、僕と同年代と目される主人公は彼女を追って、ナリタの真っ只中に突入する。すごい、これを「恋は盲目」なとどありふれた表現で片付けるのは、筆者に失礼だろう。

以下、親・子・孫三代、数十年の時間軸だったり、数日、いや数時間の濃厚な時のなかで、しかも同じ町、同じ駅といった狭い空間で発生する人々の営みが、数編の小説として綴られている。

なぜか聞いたことのある店の名前や、行ったことのある地名が出てくる。同郷・同年代の作者の本なら当然か(笑)

私小説風あり、オムニバス形式あり、私の好きな推理小説風が無いのはチト残念だが(^^)

淡々とした筆致でかかれている作品が多いが、どれもよく練られていて主人公も脇役もみな自分の意思を持って行動している。おそらくは主要人物は、筆者の分身なのであろう。私のように、日々の生活に追われタマの休みは、ゴロゴロするか、ふらふら歩き回っているだけの人間には、なかなか出来ない芸当である。

著者の目録には、あと2冊の市販された作品「はじめての破滅」と「形見のハマチ」があるようだ。しばらくしたらまた読んでみたいところだ。
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長梅雨の時期は、外へ出歩けない分、本を読むチャンスです。ぜひ皆さんも笠井君の作品を読んで、感想文を送ってあげてください。
よろしくお願いします<m(__)m>
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2011.06.01

【京阪・叡電】ダイヤ改正3日目の感想

今日は、一日雨でした。6月に入って、名実共に梅雨入りといった感じです。

さて、京阪・叡電のダイヤ改正も実質3日目になりました。

今までは、淀屋橋駅の4番線がクロスシートの快速特急出町柳行き、3番線がロングシートの特急(途中駅止まりが多かった)と、住み分けていたのが、どちらにも特急が入るようになりました。扉位置も含めて、まだまだ戸惑う人が多く、改札を入るときに、行き先標示とにらめっこです(笑)

帰宅時の初日は8000系、2日目は6000系、今日は3000系でした。

つまり、2人掛けクロスシート、ロングシート、1人掛けクロスシートの乗り比べが出来たわけです。もちろん3000系が一番新しくて、座り心地もいいですけど、別に6000系(7200系、9000系)もそんなに悪いワケではありません。

むしろ特急が夜21時台まで10分毎、22時台も15分毎になって、しかも全列車が出町柳直通になった利便性のほうが大きいです。

途中駅から乗る人には申し訳ありませんが、座ってしまえばロングもクロスもそんなに関係ないし、居眠れば(笑)一緒です

中之島線開業以来の改悪ばかりつづいたダイヤ変更ですが、やっと利便性を感じられるようになりました
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叡電のほうは、夜間にすこしダイヤパターンが繰り下がりましたが、終電までそのままズレてるので、別段に不便さはありません。
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話は変わりますが、本館のトップ写真にも書きましたが、最近のコンデジは性能が上がって、薄暗い夜のホームでも綺麗に明るく撮れるようになりましたねぇ。
実態(目で見た感じ)は下の写真の方が自然ですが(^^)

上が今夜の写真 (ISO800,1/10s,F4、手ブレ防止付)、
下が2世代前の2007年4月の撮影 (ISO400、1/13s,F3.8、手ブレなし)です。
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