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2011.07.16

法然霊場巡拝記(その17)内宮周辺から12番欣浄寺へ

法然上人霊場巡拝の第6回目は、いよいよ伊勢参宮を終えて欣浄寺に向かいます。
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普通の観光旅行ならこのあとは、おかげ横丁で土産物選びなんでしょうが、日帰りの強行軍ではままならず、ふたたび御幸道路を取って返します。

途中にはバラ園や真珠会館などおもしろそうな施設もありますが、時間の都合でパスして猿田彦神社にお参りします。この神様は、「天孫ニニギノミコトが天下られた際に、お導きされた。」とされ、旅行者の神様でもいらっしゃいます。「このたびの伊勢参拝はようやく半分の行程が過ぎましたが、帰り道も無事に進めますように、そしてこの先の旅行も安全に進めますように。」としっかりお祈りしてきました。この神社では方角をあらわす八角形がシンボルになっており、いたるところに八角形のデザインの物があります。
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御幸道路をもどっていくと、どこで転がっていそうな名前の町がありました。ある調査では、佐藤、鈴木、高橋、田中、渡辺、伊藤、山本についで8番目に多い苗字なんだそうです。

冗談は、置いといて中村町バス停の近くに内宮境外別宮のひとつ月讀宮の裏参道があります。ゆるやかな上り坂を上がっていくと、表参道と合流し、こんどはすこし下がったところに社殿地があります。外宮別宮の月夜見宮とおなじ、月讀尊をお祭りしています。同じ境内に、月讀宮、月讀荒魂宮、伊佐奈岐宮、伊佐奈弥宮の四つの神殿が立っているのは、中々壮観です。お参りは、ツキヨミ→アラミタマ→イザナギ→イザナミの順が正しいのだそうです。

参拝を終えて、社務所の前まで戻ってくると聞きなれた音がしてきました。近鉄鳥羽線が神社のすぐ北側を通っているのです。林の向こうにオレンジ色やチョコレート色の電車が見え隠れします。神社とコラボを撮りたかったですが神聖なところなので止めときました。
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五十鈴川駅はすぐです。電車が来るまで通過する特急を何枚か撮影します。内宮の最寄り駅だけあって、広い駅前広場や臨時改札口などが初詣の時期の混雑を忍ばせますが、今は閑散としています。ホームに上がると待避線もある二面四線で10両編成が止まれる立派なレイアウトです。運転事務室もあり、列車の発着のときは、助役さんが手旗を持って見送ってくれます。最近はこのような列車監視の光景を見ることが少なくなったので、なにか感激します。

やってきた中川行きの普通は2連のワンマンカー。車内は帰宅の高校生や買い物のお母さんが多いですが、観光客らしき人も何人か乗ってます。次が宇治山田、その次が伊勢市で数分の乗車時間です。朝に降りた改札口に一回りしてまた戻ってきました。
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線路沿いの商店街を抜けていくと、最終目的地の欣浄寺がありました。案内を請うて、本堂にあげていただきます。まずはご本尊さまに遠路の参拝のご挨拶をいたします。じっくりお顔を拝見すると若々しい顔をされています。続いて日輪の名号と法然上人満月の像も拝見します。

庫裏に下がると、ご住職の奥様らしきご夫人が「暑い中のお参りご苦労様です。」とお茶をだして頂きました。それからこのお寺の由来をいろいろと話していただきました。

「法然さまが伊勢に参られた頃は、この寺は内宮の近くにあった。明治の廃仏毀釈で取り壊された。しばらくして町の真ん中にお寺を再建した。しかし急ごしらえの小さなお堂で、大きなご本尊様は窮屈にしていらっしゃる。戦争中はこの付近は空襲で焼け野が原になったが、このお寺だけは日輪のお力で焼け残った。云々・・・・・」

また「最近は、伊勢はパワースポットなどと宣伝されて、なにも判らずに神宮にくる若い人が多い。残念だ。」ともおっしゃってました。

個人的には、「あまり堅いこともいわず、まず寺社に足を運ばせることが肝心。信仰は形ではなく、なにか人間技を超えた力に興味を持つことから始まるのではないか?」とも思いますので、「昔から『伊勢参り大神宮にもちょっと寄り』という川柳もありますから。」と、答えておきました。
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「気をつけてお帰り下さい。」と奥様に見送られてお寺を後にすると真後ろはすぐ線路です。駅に向かう間に、参宮線と伊勢区構内の写真を撮影します。

さて、帰りの電車まではまだ間があるので、最後に河崎地区を見て行きます。この地区は「伊勢の台所」と呼ばれ海から勢田川を漕ぎ上ってきた参宮舟が運んできた人と物の集散地として戦前まで賑わったそうです。今でも江戸から明治にかけての古い問屋街の民家や蔵が残っています。

川沿いに、蔵の街を見て行くとやがて河崎川の駅(川港)があります。この駅舎がかつてこの町を走っていた三重交通神都線の河崎駅を模したものだそうです。実は、河崎地区のことはまったく知らなかったのですが、このちんちん電車の電停の写真をネットで見つけて、当然 行かねば成らないと思い至りました。

川の駅では、ちょうど夏祭りの準備をされているところでした。この付近の散策の中心の河崎商人館に入ります。もとは酒問屋だった商家を改造した資料館になっています。大正浪漫の香る洋室の離れ、懐かしい日本建築の母屋、裏には土蔵が並びます。一渡り見学してから、冷えた地サイダー「エスサイダー」を頂きながら、河崎の町のことを教えていただきました。

ちょうど閉館時間になったので、「また寄せていただきます。」と挨拶して古い町並みを宇治山田駅に向かいます。ここは社交辞令ではなく、旧神都線の廃線巡りとあわせて、ぜひもう一度じっくりと歩いてみたいところです。
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河崎地区の見学に時間を取って、17:35の急行に乗れ無かったので、18:07の特急で帰宅の途につきました。行きはロングシートの退屈な車内でしたが、さすがに特急の乗り心地は上々です

沈み行く夕日を追いかけながら、カメラのモニターとパンフレットを見返して、実り多い今日一日を振り返っているうちに、午後8時過ぎに近鉄丹波橋駅に着き、無事に参宮の旅を終えることができました。
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次の巡拝は、盆休み頃にいよいよ岡山の1番誕生寺と香川の2番法然寺を回りたいと思ってます。

7月30日(土) 「
住吉夏祭り阪堺線夕暮れ撮影会」参加者募集中!! ←詳しくは、ここをクリック
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お帰りは、このバナーから「本館」へどうぞ。

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コメント

おはようございます。
今回の記事を読ませていただいて、小学校の恩師のことを思い出しました。
ありんこの5・6年生の時の、担任のK先生です。
K先生は大学卒業後、大阪ではじめてありんこの小学校に赴任され、
ありんこのクラスの生徒がK先生にとっての始めての卒業生になりました。
その後ご結婚のため伊勢に移られたこともあり、疎遠になってしまいましたが、
ありんこが大学在学中に、K先生の訃報が届きました。
あまりにも早いお別れに驚きもし、寂しさ、悲しさも感じました。
大阪から近鉄特急に乗って、同級生二十数名と共にありんこもお葬式に参列しましたが、
その時のお葬式が執り行われたお寺の名前は覚えていません。
ただ、伊勢市駅で下車して大阪方面に少し徒歩で戻った、線路のすぐ近くのお寺だったことを覚えています。
今回のなかっちょさんの記事を読ませて頂いて、
K先生が卒業生の様子を見に来られたような、そんな気がします。
ありがとうございました。

>> ありんこさんへ

こんにちは。
偶然ですねえ。たしかに伊勢の欣浄寺さんの場所は、
ありんこさんの記憶どおりの場所にあります。

本堂の裏はお墓で、その後ろはもう線路です。電車とお寺を合わせて撮るのは、
たまたま電車の時間が合わなかったので、やめておきましたが、
ありんこさんの担任の先生が、大きな小学生(笑)に、影から
「仏様に失礼だから止めとけよ。」と、注意して下さったんでしょうね。

ご冥福をお祈りします。
(合掌)

なかっちょさん
一日でこれだけ回って来るなんて
さすがですね・・・。
私だったら、一か所回るだけでも大変そう!
お疲れ様でした。。。

伊勢方面は準地元で何度も訪れてはいますが最近は車ばかりで歩くことが少なくなってしまいました。
先日帰国していた際に夕刊に神都線の跡を辿るハイクの案内が出ていたのですが、こちらへ戻る日付が決まっていたので参加できませんでした。

宇治山田駅や川崎・古市地区、神都線跡などゆっくり回ってみたいものです。

>> ナンシーさんへ

今は、ネットで詳しい下調べが出来るので、一昔前のように、ガイドブック片手に
ウロウロ、という頃に比べると、非常にスムーズに移動が出来るように
なりました。

最近やっと、「歩き」の効果が出てきて「健康診断」が楽しくなりました

>> 亜熱帯気候さんへ

三重県は、地理的には、兵庫県の西部や和歌山県の南部りは行きやすいところに
あるのですが、鈴鹿山地が心理的な壁になって、なかなか足を運べません。

神都線の跡は、ネットで調べると廃止後40年以上にもなるのに、
それなりに残っているようですね。次は、その辺も含めて回ってみたいです。

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