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2011.08.14

【琴電・JR四国】讃岐と美作を巡回してきました。(その3)

盆休みです。
さっそく、18きっぷを使って、法然巡礼と2番-讃岐国法然寺と1番-美作国誕生寺を巡拝してきました。今回は、遠隔地でもあり、それなりに「鉄」も意識したコースにしてみました。
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仏生山駅の楽しい時間もわずか15分でお仕舞い。泣く泣く 帰って来た1087+1088の編成で、高松に戻ります。
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構内の高松寄りの引上げ線に、5000形500号も留置してあります。時間の都合で走る車内からの撮影ですが駅から5分くらい歩くと、留置車のすぐそばの踏切に出れそうです。

それにしても、琴電の保存車4両を簡単にゲットできて本当に良かったです。琴電100周年の記念事業の一環でしょうが、琴電は学生時代に訪問した30年前からそうでしたが、なかなかファンサービス(?)に熱心ですね

昭和50年代中頃の写真はこちら (本館の私鉄写真館へ)
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太田駅で交換する、1107+1108。この車はもと京王電鉄の名車5000系です。新宿や府中でよく見かけた、アイボリーの車体のイメージが良く残ってます。
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瓦町~栗林公園間ですれ違った、1085+1086。
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現代アートのギャラリーのような外観の高松駅。
マリンライナーの発車まで、やはり数分ですが駅撮りします。
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頭端式の行き止まりホームに、2000系の「うずしお」、キハ185系「いしづち」、マリンライナー2編成とモハ121系が並びます。
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121系の琴平行き。国鉄時代の四国電化開業に際して作られた、205系と211系を足して2で割った(笑)ような電車です。
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高徳線ホームのキハ1500形。窓からのぞいたところでは転換クロスが並んで乗り心地は、このあと津山線で乗ることになるキハ120より格段良さそうに見えます(^^ゞ
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13:10発車、1時半頃には瀬戸大橋を渡り始め、わずか3時間半たらずの四国でしたが、大漁の釣り物を持ち帰れました(^^)v

写真は、万葉集に柿本人麻呂が行き倒れの死人を悼む和歌を残している沙弥島(万葉の表記では狭岑島(さみねのしま) です。その昔は瀬戸内に浮かぶ小島だったようですが、今は埋め立てられて本島とつながり、埋立地は瀬戸大橋が通過しています。

前に、梅原猛先生の「水底の歌」を読んだ時、この島のことを知りました。先生は、人麻呂は流人としてこの島に流されたか、他の場所に流される途中に立ち寄ったと主張されてます。(もちろん異論もありますが、詳しいことは専門書を読んでください )

この場所は、電車や車で何度も通過してますが、これが一種の歌枕とは知りませんでした。今回じっくりと島の様子を眺められて良かったです。
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(津山線と誕生寺巡拝に続く)
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お帰りは、このバナーから「本館」へどうぞ。

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コメント

高校時代、柿本猿というのが出てくる、これは柿本人麻呂が政争に敗れ、流刑になった際に、「人」なんて使うのはおこがましいから「猿」にして流したという話を授業中(古文だったか、日本史だったか)に聞いたことがあるのですが、あれは梅原先生の本を参考にしてたということですか。

そういえば、和気清麻呂も道鏡の怒りを買った際に「和気穢麻呂」と改名させられてから流されたのでありました。

おはようございます。

琴電の保存車両きれいにお色直しされて保存されていますね。

20年前に訪れたときは走る姿を見たような見なかったような。

JR高松駅もすっかり新しくなって、時代の流れを感じます。

「柿本人麻呂」=「柿本猨」説は、肯定する研究者の方も、否定される方も
おられるので、一概にいえませんが、梅原先生は、肯定説をとられていますね。

近代になるまでは、罪人とくに政治犯は徹底的に弾圧されたでしょうから
正史に残る記述だけでは、なんとも判断できないのが真相かもしれません。

いわゆる「歴史の闇に葬られる」というやつでしょう。

>> kaz_eg6 さんへ

琴電の保存車両は、琴電の倒産の危機を乗り越えて、元気でした。
現役時代より整備されて、美しくなってるかも(笑)

高松駅付近は、大きく町並みが変わってて、最初は戸惑いました。

私の母は丸亀の出身。帰省する際に当時小学生の私を伴い…まずは伊丹からYS11で高松空港へ。それから車で迎えに来て貰う(田舎では車がないと、どこへも行けません)。或いは、国鉄高松駅までタクシーで行き、予讃線に乗って丸亀駅まで。高松から丸亀まで、いっぱい止まりますからなかなか着きませんが、それがおかげで駅弁を食べたりできました。
高松駅前の写真拝見。いやー、隔世の感があるというより、別世界ですね。
「8.14投稿」さんへ。和気清麻呂の強制改名は「別気穢麻呂」、姉の和気広虫は「別気狭虫」だったと記憶します。

>> 笠井君へ

おはようございます。

今回の四国行きのときも、時間があれば、瀬戸大橋を渡ってから、丸亀~多度津~琴平とまわって、
琴平から琴電で高松方面に戻る(あるいはその逆)のコースも考えましたが、
一日で、それも普通電車だけで高松近郊と岡山県の山の中を回ってこようとすると
やはり時間が足りませんでした。

今は、高松~丸亀間も電車が頻繁に走って30~40分ほどで行き来できるようです。

高松駅はキレイになってます。駅前も整備されて広場に名産の庵治石を使ったオブジェなんかも
あります。でも、昔の連絡線の汽笛と磯の香りがただよう旧駅舎のほうが
「四国に来たなぁ。」あるいは「四国ともお別れかぁ。」って気分に
なれましたね。

そういえば、高松駅に「丸亀うちわ」をお土産に売ってました。暑い時分には最適な
土産物ですね。

和気清麻呂の改名の件は、正式(続日本紀の記述)には「別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)」
が正しそうですが、昔の手書きの本にはいろいろと書き間違いや当て字が多くて
どれが正解ともいえない場合が多いみたいですね。

長文失礼
本の感想文は、もうちょっと待ってね

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