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2011.12.27

【想い出の鉄道】京都市電と山陰線のSLの写真展

3連休の中日は、本町跨線橋でひさしぶりに撮り鉄してから、ちかくのギャラリーの想いでの鉄道写真展を見に行きました。
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「京都を走った市電・蒸気機関車-廣庭基介・福田静二 二人展」と題された写真展です。

福田静二氏は「京都市電が走った町 今昔」キャンプックスなどでご存知の方も多いと思います。廣庭基介氏も、写真集が出されているそうです。

会場には、おふたりの昭和30年代半ばからSLは46年まで、市電は53年の全廃までの力作数十点が展示されています。

詳しい説明は、著作権のからみもあるので書きませんが、SLは、C51・C54・C57・D51などが、京都から、梅小路、二条、嵯峨、保津峡、馬堀、亀岡、園部と進んでいきます。

京都市街もいまほど高いビルやマンションもなく、もちろん電化も高架化も複線化もされていません。嵯峨以北はまだ長閑かな田園地帯のなかを驀進していきます。

二条駅の花園方の跨線橋からうつした写真は、こどもの頃(幼稚園から小学校低学年)のおじいさんに連れられてみた光景とダブって懐かしかったです。
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京都市電も、昭和36年夏のN電(北野線)の廃止の頃から昭和53年9月の全廃まで十数年にわたる活躍の様子が記録されています。

お二人の撮影のスタンスは、「ただ車両を写すだけではなく、町並みや乗客や歩行者の様子まで写しこみたい。」と考えられていて、今見せていただくと、電車の形態はもちろん、当時の町並みの様子が、やはりなつかしく浮かび上がってきます。

今ものこる建物や道路施設もあれば、年月の経過と共に失われた町並みや風俗もあります。

わたしも、もっと撮っておけば良かったと、いつもながらに後悔しきりです
(写真は、昭和52年7月3日、北大路橋の上にて管理人撮影、当時18歳
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お帰りは、このバナーから「本館」へどうぞ。

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コメント

市電が廃線した時は、小学校4年だったと思います。
市電の停留所で、遠くからゆっくり走ってくる市電を待っている時、なぜかすごく緊張していました。
また、降りる時に鳴らすベルを押したくて、楽しみしていて誰か先に押されて、がっかりしたことを思い出します。

>> はるはるさんへ

こんにちは。コメントありがとうございます。

市電がなくなった日は、この展示会のある七条京阪前に近い、東山七条の
交差点で、西日を浴びて坂を下っていく市電を見送りました。もう30年も
経つのですね。

市電が烏丸車庫を発車する時に、
「♪リンゴの花ほころび 川面にかすみたち・・・・♫」と唄う、
カチューシャのメロディーが流れるのが今でも耳に残ってます。

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