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2012.01.17

科学映像館で記録映画「つばめを動かす人たち」を見る

いつもお世話になっている、KOさんのブログ「特急つばめの展望車」 http://uenojp.web.fc2.com/ で、「科学映像館」 http://www.kagakueizo.org/ という、記録映画のアーカイブを作製、公開されているサイトを紹介していただきました。

科学映像館は、「戦後に作製された科学映画の劣化を防ぐため、フィルムをデジタル化して保存し、無料で公開する目的で運営されている。」NPO法人です。

Tsubame1 その中の「工業・産業」というジャンルの中に、「つばめを動かす人たち」があります。昭和29/1954年に、当時の国鉄がPR用に作った作品です。

ようやく戦後の混乱期を脱し、昭和30年代の高度経済成長期に向かう直前の、鉄道が「陸の王者」と呼ばれていた頃の、ドキュメンタリーです。

特急「つばめ号」の電気機関車が車庫で整備されるところから始まって、出庫の様子、東京駅の発車風景、運行中の運転室や車内の様子、沿線の風景が映し出されます。

C612_04当時は、東海道線も名古屋までしか電化されておらず(全線電化はS31年秋)、名古屋~大阪間はSLが引っ張ります。大阪駅に着いた列車は、車庫へ回送され、また整備・点検が行なわれて、再び東へ向かって出庫していくところで終わっています。

今からは想像もできませんが、当時の鉄道(には限らないでしょうが)は、まさにアナログの塊の世界です。

人間が機械を使って、仕事をさせる。というよりは、機械のご機嫌をとって仕事をしてもらうような印象です。

機関車は、整備中はもちろん、運転中や停車中も、点検や確認が絶え間なくおこなわれ、それもモニタにメッセージがでて、ボタンで返答すればOKというようなものではなく、いちいちハンマーで部品を叩いて、音で調子を判断し、また動作状況を目視で確認し、必要なら注油したり、清掃したり、交換したりしながら動かしています。

途中に出てくる線路を整備する保線区員のひとたちは、今のように機械でダダダダEf58_92 ~と、直してしまうのではなく、ツルハシとシャベル片手に、いちいち線路の破石を搗き固めています。

踏み切りは、東海道本線のような幹線でも無人警報機無しのところが、いくつもあって、直前横断を発見するたびに、非常ブレーキの操作体制にはいる緊張感があったりもします。

連絡網も、ケータイはおろか、車内無線もありませんから、すべて電話で司令室とやりとりして、ダイヤの乱れを調整したりしてます。

もちろん映画ですから、演出によるオーバーリアクションがないとも云いませんが、おそらくは、この映像の通りのことが、毎日毎日繰り返されていたのでしょう。

今のような、デジタル機器の普及するほんの10年、20年ほど前までは、程度の差こそあれ、このようなアナログの世界は当たり前でした。

00940024 私がコンピュータの仕事についた30年ほど前でも、機械そのものはデジタルの塊ですが、仕事のやり方は、機械の都合にあわせて人間が動くといった、やはりアナログの世界でした。

デジタル万能になって、仕事の効率はあがり、手間は減りましたが、逆に人間が経験して、考えて、失敗も成功もたくさんして、仕事を覚えていく。ということが、だんだんなくなってきたように思います。

マニュアルどおりに仕事をすれば、結果がでるのが悪いとは云いませんが、なにか「物作りの芯」になるものが、無くなって来ているのではないかと思うのは、おじさんの杞憂なんでしょうかねぇ

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お帰りは、このバナーから「本館」へどうぞ。

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コメント

こんばんは。

なかなか濃い内容のお話、拝見させていただきました。

鉄道とは少しかけ離れるお話ですが、SONYが開発したポ-タブルオーディオプレイヤー「WAIKMAN」でもカセットテープから、現在はメモリ式へと、時代(とき)が流れてゆくにつれ、変化していますね。

自分が10代の頃は「個人的な音楽の録音媒体」は、まだカセットテープでした。

その頃を考えると「便利になったものだ」とつくづく思っている次第です。

話を戻しますが、この時代は日本の鉄道の「技術革新期」で、のちに電車特急「151系」が誕生し、のちの「新幹線開業」への布石となりました。

さぞかし、大変だった反面、「(仕事の)やりがいもあったのでは・・・」と、自分は思いました。

>> 京阪快急3000さんへ

「昔は良かった。」とは言いませんが(笑)
「昔のひとはすごかったんだなぁ。」とは、つくづく感じました。

戦後からわずか20年足らずで、新幹線は作るし、高速道路も伸ばすし
今の失われた20年は、未来のひとに、どう評価されるんでしょうね(^^ゞ

科学映画。
小学校当時、16ミリ白黒映像を、ときどき理科室で観せてもらいましたね。
鉄道や造船、あるいは養蚕等が映し出されました。

でも、いちばん覚えているのは科学映画ではなく、芥川の「芋粥」。

役者が演じた短編映画でしたが、なかっちょさん、覚えている?

>> 笠井君へ

こんぱんは。
僕の覚えてるのは、北校舎の2階の一番西側の畳敷きの部屋
(だったと思うんだけど?)
で、映画や教育テレビを見たこと。
「良太の村」というのをよく見せてもらってたね。

「芋粥」は覚えてないなぁ

そうだそうだ。北校舎西のニ階の畳敷きだ。
あれは何室? ひょっとしてミシンのあった家庭科室? で、理科室とも近い?
修学旅行の8ミリ(白黒)も見せてもらいましたね。
「良太の村」は…うーん。覚えていないなあ。

>> 笠井君へ

おはよう。

そうそう家庭科教室。この単語が出てこなくて、裁縫室とか作法室とか、
考えてたんだ

理科室は、北校舎の一階の西端だったかなぁ?
南校舎の一階西端は給食室だったから、南の二階西端かな?

子供の頃の記憶って当てにならないよね

おおーっ。そうだそうだ。
理科室は給食室の上ですね。思いだした!

なかっちょさんの記憶の確かさにびっくり。

ありがとう。

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