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2012.03.27

今日の散歩は、八瀬から岩倉に梅の花を探して (その2)

京都水族館の記事で一回飛びましたが、また岩倉の散歩道の話を続けます。
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さらに奥のほうへ進みます。なるべく旧道を通っていくと、梅の木や竹やぶや畑や石垣を詰んだ農家などが現れて飽きません。

とうとう瓢箪崩山の登山口(このまま登って行くと大原に到る。)まで来たので、ここで引き返します。

行きとはちがう道を下ってくると、りっぱなお屋敷の前に出ました。この付近の集落の庄屋さんのお家でしょうか。

門の前は、花壇になっていて、いろいろな早春の花が植えてありました。
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こんなものも飾ってありました。「長谷 中」と読めます。これが活躍した頃は、この付近は、京都府愛宕(おたぎ)郡岩倉村大字長谷と大字中だったんでしょうね。
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最近配られてきた市民新聞の左京区版に、昭和18年頃の叡電岩倉駅の写真が載ってました。写っている電車は、出町柳行きのデナ21型です。駅の回りは何も無いようで、バックの山並みがはっきり写っています。

昭和50年代前半ごろまでは、この風景が続きましたが、以後急速に都市化が進みます。

「京都市民新聞左京区版3月15日号」より転載
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この写真は、昭和53年10月の岩倉駅付近です。市民新聞の写真から35年も経ってるのに、やはり駅をでるとすぐ田んぼばかりの農村風景です。市民新聞のバックの山が電車の左手の小山です。

当時は、岩倉以遠は、単線区間でした。運転間隔も30分毎でのんびりしてました。乗り遅れると、乗車時間より、待ち時間のほうが長くなりました

ちょうどポール集電からパンタグラフに代わるときで、デナ22の屋根に折りたたんでますが、パンタが載っているのがわかりますか。
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ピンクの馬酔木の花が、バックの白壁に映えます。
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スイセンも咲き出しています。この写真を撮ってから一週間はたつので、今はもっと咲いてるでしょう。
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さらにすこし下ると、その名も「梅ノ宮」神社がありました。最初は、梅津の梅宮神社の末社かと思ったのですが、境内の由緒書を読むと、「下鴨神社の摂社で、もともとは下鴨にあったものが、加茂川の氾濫のため、この岩倉の里に村民とともに移住した。」のだそうです。

このような中町地区のいわれもぜんぜん知りませんでした(^^ゞ
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ちいさな神社ですが、梅ノ宮らしく、境内には何本も梅の木が植えてあります。
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紅梅と白梅が競っています。
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付近は、甘い香りに包まれていました。
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(続く) *
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お帰りは、このバナーから「本館」へどうぞ。

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コメント

静原から長谷で吉田(現在の京大の教養部)ですか。今同じ経路を歩いても、洛北高校前までですから、もう30分は早いですか。

神山を越えて、上賀茂に出るのではないのですね。ま、コレは現在のバスのルートですが。

>> なにわさんへ

地図を見てもらうとわかりますが、静原から箕ノ裏ヶ岳と
瓢箪崩山の間の峠をこえると、わりあいすぐに岩倉盆地
の北部へ出ます。

叡電が出来る前は、静原から京都市内へ出るのは
このルートがメインだったと、静原生まれの祖父(明治生まれ)
から聞いたことがあります。

今でも、叡電主催のハイキングコースになったりしてます。

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