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2012.05.29

陽明文庫名宝展と東山散策 (後編)

陽明文庫の名宝展を見た後は、小雨のぱらつく天気でしたが、東山を散策することにしました。
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修学旅行生で賑わう三十三間堂を見ながら、お堂の東側を進むと、血天井で有名な養源院の隣に、後白河法皇の「法住寺陵」があります。

先週に紹介した平家物語の大原御幸のもうひとりの主役(NHKのドラマでは松田翔太さんが演じてますね)の法住寺殿のあったところの跡だそうです。

法皇は、鳥羽天皇の第四皇子として生まれますが、およそ即位の可能性も無く、気ままな貴公子として29歳まで遊び暮らします。ところが近衛天皇の急死により、天皇の位が転がり込んできます。

この予想もしなかった即位のゴタゴタが、保元の乱を起こし、天皇はわずか3年で帝位を二条天皇に譲って、上皇となります。

しかし、ここで気楽な楽隠居になるような性格ではなかったようで、以後無くなるまで34年間も上皇・法皇として院政を敷いて政治を牛耳ります。

院政期も平治の乱、源平合戦、鎌倉幕府との折衝と動乱が続きますが、なかなかの政治手腕を発揮して、武家政権下の朝廷という政治体制を確立して66歳で崩御されました。

今様「梁塵秘抄(りょうじんひしょう)」を編纂されたことで有名です。
♪遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん♫
のフレーズは、聞かれた方も多いと思います。

今様とはその名のとおり現代流行歌謡集という意味で、天皇自らが、ベストヒット集をまとめて出版するようなものですから(笑)、当時もかなりの批判があったようです。「文にあらず、武にもあらず、能もなく、芸もなし」と、酷評するひともいます。

その政治手腕を皮肉って、「帝は、日本一の大天狗にござる。」と言い放ったひともあります。

個人的には、ある意味「自分の思うままに生きた。そしてそれが可能であった。」 羨ましくも 愛すべき(失礼)天皇さまであったと思います。
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法住寺をでて、三十三間堂のまわりを一周して、大和大路を祇園の方に向かって歩きます。「国家安康」の鐘で有名な方広寺や耳塚、河井寛次郎記念館や五条坂の陶器神社(若宮八幡)に向かうらしい修学旅行生の一団とすれ違います。

最近の修学旅行は、清水寺や二条城といった定食コースでは無く、アラカルトで一風かわった所も見て歩くのが流行りなのだとか。

建仁寺さんの前に来ると、「塔頭、両足院の半夏生の庭園特別公開を開催(6月9日~7月8日)」のポスターが目につきました。来月はこれを見に行きましょうか。

この辺は花街にも近いので、粋な小物を扱うお店も目に付きます。お琴や三味線を扱う和楽器店、べっ甲の笄を売るお店、草履屋さん、和傘屋さん、などが並んでいます。手作りの味噌やさんや古代米を扱うお米屋さんもありました。

その中で特に目を引いたのが、上の写真のお店。最初はなにか怪しい 「アキバ系」のショップかと思って、それであまり観察せず写真をだけとって通過したのですが、ネットで調べると「国内唯一の磁器製ネムリ人形(桜ビスク)専門会社」なのだそうです。祇園雪虎製作所のHPより http://sarasque.com/ 

大正浪漫って感じですけど、おじさんにはあまり関係なさそう(^_^;)
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すぐに、12日にあの大暴走事故のあった四条大和大路交差点。もう3週間も経って、事故の痕跡は残ってませんが、歩いてても、ものすごい重圧感を感じました。

(合掌)

気が重くて、大和大路は北上できなくて、一筋東の花見小路へ移動。祇園甲部、祇園東の花街をあるきます。この風情は、へたな写真より、駅に飾ってあった切り絵でどうぞ。
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白川橋の付近までくると、なんと料亭のまえに大きな青鷺くんが。これがハトやカラスなら別に珍しくないけど、サギとは。近くの鴨川から白川沿いに飛んできたんでしょうけど、トリさんも紅灯が恋しいのかな
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近づいても人なれしてるのか別に逃げもせず、塀の瓦屋根に乗ってポーズまで取ってくれます。やっぱり花街は、トリさんまで粋ですねぇ。

辰巳稲荷の付近は、また修学旅行生でいっぱい。ちょっと小雨模様なので石畳も柳並木もしっとり濡れて京情緒満点。きっと良い思いでのシーンになったことでしょう。

古道具屋さんの並ぶ小路を三条駅に向かいます。さっき博物館で見てきたような名のある作家の作品がさり気なくウィンドウに飾ってあります。ぜんぜん目が利かないし、仮に利いても買える余裕もないけど

七条から三条までブラブラ歩いてちょうど1時間。目の保養になった東山散策でした。
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(次回は、5月のバスネタです。)
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お帰りは、このバナーから「本館」へどうぞ。

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コメント

最後に登場したトリさん!
私が見たのは、本願寺の前で、大通りに面したところで
優雅にポーズをとっていました
みんながカメラを向けても、「なにか~?」
ホントに人に慣れているなという印象でした。
二年前の今頃だったと思います。

>> くまモンママさんへ

こんにちは。

へぇ~、またまた京都へ遊びに来てたひとが鳥さんを見かけてて
しかも、それがまたブログのネタになるなんて奇遇ですね

同じ鳥さんかはわかりませんが、18日も出町の加茂大橋の
ところで河川敷の公園に上がってポーズとってるのをも見ましたよ。
やはりカメラの放列を浴びてました。

おお!後白河様のとこは 行きましたぞお!(* ̄ー ̄*)
おなつかしや~♪ 
花街は ほんとに サギまで 粋ですね~♪人馴れしてるんだねぇ!!

京都は自然の宝庫。
なので野鳥相も豊か。

鷺。いいですね。
鴨川にも舞い降りますものね。去年、見ました。

あんなに大型の鳥が今も普通に棲息する京都の環境。
守らなければ、ですね。
ちなみに、私の現住所「中野区鷺宮」も、昔はサギが飛び交う田園から付いた名前、とのことです。

あと、後白河を演じた中で、私にとって今も記憶に残るのは、滝沢修です。

>> まぶちょんさんへ

こんにちは。
おぉ~、さすが京都通!!

隣の血天井は、怖いものみたさの修学旅行生が
どんどん入って行くけど、後白河院のお寺とお墓は、静かでしたよ。
自分も、ここにお墓のあるのは知ってたけど、お参りしたのは初めて。
たまたま博物館で、お名前を拝見しなかったら、行かなかったかも

>> 笠井君へ

こんにちは。

鷺は、少し前は小型のシラサギかが主だったけど、
大きなアオサギも増えてきましたね。

それだけエサになる魚や巣を作れる環境が増えたって
ことでしょうね。

よく見ると、ごみが見えたりするけど、みんなで守って
いかないと、ダメですね。

その昔は、中野区の一体も武蔵野の新田と雑木林が
広がって、玉川上水に鷺が群れ飛んでいたんでしょうね。

滝沢修さんの後白河役は、1972年の新平家物語ですね。
この時に、一気に八瀬・大原が観光地化されて、大原街道が
渋滞しだしたのを覚えてます。

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