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2012年6月に作成された記事

2012.06.30

【叡電】初夏の花シリーズ(2012)その10 ネムノキとツユクサ

いよいよ6月もお仕舞い。早いものでもう一年も半分過ぎてしまいました。今日は昼過ぎまでは良い天気でしたが、午後からはまた梅雨空に戻りです。

というわけで、6月17日の「花とえーでん」カメラ散歩の続きです。
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この日は、出町柳から修学院へ戻りながら撮影したのですが、おなじみの5号踏切の鉢植えは、ネムノキに代わってました。大きく広がった葉っぱが印象的でした。

電車はたまたまオレンジきららでしたが、花の色に合わせて、ピンクの帯の802号が来て欲しかったなぁ
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6号踏切の向こう側には駐車場があって、そこの線路際が家庭菜園になってます。キュウリの黄色い花が咲いてます。もう少しすると、実が成るところが見られそうですね。
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元田中~茶山間のツユクサです。この花も初夏の常連さんですから、毎年梅雨晴れを狙って撮影してます。
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まだまだ梅雨は明けませんが、アジサイもハナショウブもぼちぼち盛りを過ぎたようですので、初夏の花シリーズ2012も、この辺で終電車といたします。

次の発車は、行き先を「夏の花シリーズ2012」に変更しまして、お彼岸の秋風の吹き出すころまで運転したいと思います。

停車駅は、アサガオ、ヒマワリ、カンナ、ムクゲ、タチアオイ、キュウリ、トマト、ナス、etc....を予定しております。なにぶん自然が相手ですので、予定通り止まれるか未定ですが ご笑覧のほど、よろしくお願いします。


(次回の散歩は、またまた岩倉です)
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2012.06.29

落穂拾い 地下鉄ポスター

梅雨に入りまして、カメラ散歩には苦しい時期となりました。新作の買出し も滞りがちになります。

と、云う訳で、この半年に撮った写真の中から、気になりながらも、組写真のテーマから外れるなどしてお蔵入りになってた数枚を順次Upしていきます。

埋め草記事 ですので、無理に などしていただく必要はありません。読み飛ばし 大いに歓迎です その代わり、こちらからもコメントも返さないかもしれませんので、そのつもりで
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3月に地下鉄松ヶ崎駅で見つけたポスター
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2012.06.27

京都・一乗寺ラーメン街道を歩く(その4)

梅雨晴れの6月17日、最近話題の「一乗寺ラーメン街道」を歩いてきました。

下に、地図の数字は、紹介するお店の概略の位置です。今回は№30~36のお店を紹介します。縮尺の都合で少しズレているのはご承知下さい(^^ゞ

また、紹介するのは原則としてお店の外観だけです。食べ歩きではありませんので念のため

メニューやクチコミは、食べログ・ぐるなびなんかで調べてくださいね
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Ichi_raumen30 ここから、戻り道になります。
駅から東へ100mほどの左側に「王府(わんぷう)」さん。

この界隈では、数少ない料理店です。「買い物のついでに食べていこうか。」というお客さんで賑わってます。

(写真30)

食べログへ
Ichi_raumen31 修学院道の交差点を一歩住宅街に入ったところにあるのが、越前そば「やまが」さん。

ここも人気のお店で休日の昼時などは、満員のこともよくあります。 (写真31)

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Ichi_raumen32 白川通りの東側の歩道をすこし歩くと、中華そば「京屋」さん。

いわゆるラーメン街道の激戦地からちょっと離れてますが、穴場として愛用されてる方も多いようです。 (写真32)

食べログへ

Ichi_raumen33 京屋のすぐ南どなりに「ラーメン魁力屋」さん。

ここも人気店です。「京都北白川」と名乗っているのは、「一乗寺とは違うんだ!」という自己主張かも?

ここもこってり系ですが、京都ラーメンの初心者には、バス通りで駐車場もあるので、行きやすく、お勧めかも?

管理人も、近いので良く行きます(^^) (写真33)

魁力屋のHPへ

Ichi_raumen34 今度は、白川通りの西側の歩道へ移って数百mいくと、広東料理「飛雲白川」さん。

今まで紹介したラーメン屋さんよりちょっとグレードの高いお店かも。でも家庭的で落ち着けるお店です。 (写真34)

食べログへ
Ichi_raumen35 さらに南へ歩くと、一乗寺下り松の交差点にでます。駅は右に回るのですけど、ちょっと寄り道して左手の坂道を上ります。

すぐ右手に、和菓子・喫茶の「一乗寺中谷」さん。ここは曼殊院、詩仙堂、狸谷不動尊、金福寺、圓光寺、八大神社などなどの、一乗寺・修学院地区の古刹めぐりの拠点になってます。

ラーメンを食べ飽きた(笑)後の、お口直しに甘いものをどうぞ。 (写真35)

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Ichi_raumen36 回れ右して、バス通りを横切って、西へ歩きます。暫く行くと、「天下ご麺」さん。滋賀県では有名なチェーン店の京都店のよう。

雰囲気からして、この付近にたくさん下宿してる学生さん御用達のがっつり系みたいです。 (写真36)

食べログへ
Ichi_raumen40 ふたたび一乗寺駅に戻ってきました。

もう満腹で、すぐ帰るもよし。八瀬・大原・貴船・鞍馬方面へ足を伸ばすもよしです。

それでは、どなたさまも、ご馳走様でした

(お知らせ)

本館のアクセス数が、14万ヒットを突破しました。これも皆様のご愛読の賜物と感謝しております<m(__)m>

これからも、よろしくお願いします。

また、普段はブログのみアクセスされてる方にご案内です。タマには、下のバナーから本館へお越しいただいて、ディープな(笑)
「懐かしの昭和の鉄道の世界」を体験してみられませんか?

あなたが、独身サラリーマン・OL・学生だったころ、あるいはご両親の若かりし頃に乗られた電車や汽車が見つかるかもしれませんよ

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2012.06.26

京都・一乗寺ラーメン街道を歩く(その3)

梅雨晴れの6月17日、最近話題の「一乗寺ラーメン街道」を歩いてきました。

下に、地図の数字は、紹介するお店の概略の位置です。今回は№21~29のお店を紹介します。縮尺の都合で少しズレているのはご承知下さい(^^ゞ

また、紹介するのは原則としてお店の外観だけです。食べ歩きではありませんので念のため

メニューやクチコミは、食べログ・ぐるなびなんかで調べてくださいね
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Ichi_raumen21天天有と交差点をはさんで斜め向かいにある、「らーめん びし屋」。

去年の11月か12月くらいにオープンした、まだあたらしいお店です。

激戦区の真っ只中のバス通りの四つ角に進出するくらいですから、気合が入ってるのかも (写真21)

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Ichi_raumen22びし屋から叡電の線路のほうへ300mくらい歩いたところにあるのが「豚人(ぶたんちゅ)」です。

滋賀県のラーメンチェーン店の京都店だそうです。

ラーメン街道からはすこし離れてますが、いつも賑わってます。 (写真22)

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Ichi_raumen23ふたたび、びし屋の交差点へもどって北へ。すぐ左に「鶴はしラーメン」


ここも小さなお店ですが、それなりに賑わっているようです。 (写真23)

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Ichi_raumen24鶴はしの数軒となりにある、洋食屋さん「ますむら」

この界隈がラーメン王国(^^ゞになる前から(たぶん昭和の頃から) やっとられる老舗の料理屋さんです。

ラーメンに飽きた方は、一度は家庭的な雰囲気の中でランチを召し上がってください。 (写真24)

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Ichi_raumen25ますむらからまた数軒あるくと、手打ちそばの塩釜です。

まわりのラーメン屋さんとは当然客層が違うようですが、休日の昼間は、やはり順番待ちのようです。 (写真25)

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Ichi_raumen26そば屋さんに並んであるのが、「鶏極」


ここは、家から一番近い部類なのに今まで気がつきませんでした(^^ゞ
調べるとまだ出来て一年ちょっとの新しい店のようです。 (写真26)

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Ichi_raumen27地図の上では、一乗寺駅ではなく修学院駅が最寄になりますが、博多ラーメン「龍の鈴」です。

ここも、開店して一年の新しいお店です。カウンター6席の小さな構えです。 (写真27)

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Ichi_raumen29龍の鈴をでて東大路通りが北山通りに突き当たったところが、叡電修学院駅です。

この駅前の名物が、「鳩餅・でっち羊かん」の「双鳩堂」 さん。

鳩餅は米粉を蒸してハトの形にしたお団子です。でっち羊かんは、小豆を寒天で固めて竹の皮に包んで蒸しあげます。どちらも素朴な京の田舎の味です。 (写真29)

双鳩堂のHPへ
Ichi_raumen28駅前は商店街ですが、なぜか食べ物屋さんは少ないのです。昔からこの駅前で長く栄えた料理屋や飲み屋はありません。

人通りも多いし、交通の便もいいのに、住所が「修学院」というだけで流行らないのが不思議ですね

この辺が管理人の住んでるところです。お近くにお越しの際は、「なかっちょさ~ん」って呼んでください。聞こえたらすぐに、飛びだして行きますよ(笑) (写真28)
(次回は、白川通りを南下して一乗寺駅に戻ります)
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2012.06.24

京都・一乗寺ラーメン街道を歩く(その2)

梅雨晴れの6月17日、最近話題の「一乗寺ラーメン街道」を歩いてきました。

下に、地図の数字は、紹介するお店の概略の位置です。今回は№11~20のお店を紹介します。縮尺の都合で多少ズレているのはご承知下さい(^^ゞ

また、紹介するのは原則としてお店の外観だけです。食べ歩きではありませんので念のため

メニューやクチコミは、食べログ・ぐるなびなんかで調べてくださいね
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戻り道で目に付く、このちょっと洒落た店構えは、イタリアンのお店「アンティコ」です。

個人的には、ラーメン街道のど真ん中にあって、ちょっと浮き上がってるかも
と、思うんですけど。(写真11)

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Ichi_raumen12ちょうど、珍遊の交差点をはさんで斜め向かいにあるおそば屋さん「そば鶴」

この辺は、各種麺料理のおいしいお店があって、目移りしてしまいます(^^ゞ (写真12)

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Ichi_raumen13この辺から、ラーメン屋さんの密集地帯になります。

地元民でも、気をつけてないと知らない店があります。

ここ「つけそば一乗寺ブギー」 は出来て2年半ほどの比較的あたらしいお店のようですが、最近まで知りませんでした。(写真13)

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Ichi_raumen14非常にシンプルな店構えの「ラーメン池田屋」

ここも出来て一年あまりの新しいお店で知らなかったのです(^^ゞ  (写真14)

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Ichi_raumen15池田屋の真向かいが、この界隈では名の知れた「高安」。

この場所に移ってきてぼちぼち 7年ほどになるでしょうか。その前はもう一筋西側の旧大原街道ぞいにありましたが、そのころからいつも並んでいる人の絶えない人気店です。

とりあえず、一乗寺ラーメンを体験(笑)したいのなら、お勧めです。 (写真15)

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Ichi_raumen16高安のちょっと先の交差点の西南角にるのが、「天天有」。ここも一乗寺ラーメンの有名店のひとつですね。

今も売ってるかどうかはしりませんが、サッポロ一番の名店の味シリーズに取り上げられたほどですから(^^♪
(写真16)

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Ichi_raumen17天天有のすぐ隣のビルにあるのが「ラーメン荘 夢を語れ」 。

最近人気急上昇中のようで、いつも行列が絶えません。 (写真17)

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Ichi_raumen18夢を語れから少し西へ行ったところにある「洛北製麺所」。

ここは、業務用のうどん・そばの麺を作ってるところですけど、小売もしてくれます。


コンビニやスーパーで買うよりも卸値で売ってくれるのか、少しお得です  (写真18)
Ichi_raumen19製麺所の2・3軒となりに 「新進亭」。

東大路通りの激戦区からちょっと離れてますが、人気店のようで賑わっています。 (写真19)

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Ichi_raumen20新進亭すぐとなりに 「ラーメン軍団」。

ここはかなりマニアックな感じのお店だと聞いたことがあります。よく手打ちそばのお店に、頑固な大将が客に媚びることなく商売してるとこがありますが、そんなお店かも(^.^)  (写真20)

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(次回は、激戦区の東大路通りをさらに北上します)
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2012.06.23

京都・一乗寺ラーメン街道を歩く(その1)

梅雨晴れの6月17日、最近話題の「一乗寺ラーメン街道」を歩いてきました。

と、書き出すと大げさ(笑)ですが、自宅から一番遠いお店でも徒歩15分以内、スリッパ履きの気楽なお散歩コースです。

下に、地図を載せてますが、叡電の一乗寺駅を基点に、一乗寺通り、東大路通り、北山通り、白川通り、一乗寺通りと、時計回りに歩いて再び一乗寺駅に戻ります。数字は、紹介するお店の概略の位置です。縮尺の都合で多少ズレているのはご承知下さい(^^ゞ

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Ichi_raumen01_2 一乗寺駅は、出町柳駅から叡山電車に乗って三つ目、5・6分で着きます。片道200円です。

駅を出ると、こんな感じ(写真1)。西(向かって右)に歩き出しましょう。

叡山電車HPへ
Ichi_raumen02 歩いてすぐに、左手に「ネパール料理店 ナマステ キッチン」があります。

独特の三角形をくっ付けた国旗が目印。一度入ってみたいと思っているのですけど、どんなメニューが出るのか皆目わからなくて(笑)、遠慮してます。(写真2)

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Ichi_raumen03 ナマステ キッチンの角を左に細い路地に入ると、「キッチン アベ」 (写真3)

家庭的な中華料理屋さんですね。

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Ichi_raumen04 もとの通りへ戻って、すこし行くと、「聚楽亭」(写真4)

学生さんや若いサラリーマン御用達のガッツリ系のお店。この付近は、駅前の商店街なっていて、スーパーや食べ物屋さんが並んでます。

ぐるなびへ
Ichi_raumen05 じゅらく亭のすぐ先に、本好きの間では有名な「恵文社書店」

書籍・雑誌を中心に、雑貨やCDなども揃ってます。立ち読みするだけでも楽しいですよ。 (写真5)

恵文社のHPへ
Ichi_raumen06 信号のある交差点の東南角にあるのが、「珍遊」本店。

ここは、一乗寺のラーメン屋さんのなかでは老舗の部類で、創業半世紀の歴史があります。

このお店の前が東大路(東山)通りで、この通りが特にラーメン街道と呼ばれることが多いようです。(写真6)

珍遊のHPへ

Ichi_raumen07 東大路通りを南に下ります。

右に「中華そば かんだ」、まだ出来て一年半ほどですが屋台風の店構えが人気のようです。(写真7)

たべログへ

Ichi_raumen08 続いて右手に、「らーめん大蔵」 。ここもガッツリ系のようです。(写真8)

たべログへ

Ichi_raumen09 そして、右手に「ラーメン 横綱」と続きます。ここは京都市内でよく見かけるチェーン店。本店は創業40年だそうです。(写真9)

ラーメン横綱のHPへ

Ichi_raumen10 最後は、左手に「長浜ラーメン Sin」があります。

関西では長浜といえば、滋賀県の湖北地方ですが、ラーメンでは「博多ラーメン」を言うそうです。実はこのお店のお品書き見るまで知らなかった

この付近で、一乗寺地区の南端で、この先は高野地区になるのでUターンしましょう。(写真10)

たべログへ
(次回は、激戦区の東大路通りを北上します)
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2012.06.21

今日のココログのトラブルで思うこと......

今日は、ココログでインーポットやアバターが使えなくなるトラブルが発生しましたね。

わたしも、コンピュータのプログラムを書いて、サーバーのお守りをして生計を立ててる、シガナイIT技術者の一員ですから、スタッフの皆さんのご苦労は、よくわかります。

これだけシステムが生活に深く入ってくると、ほんの少しのトラブルがものすごい影響を与えることがままあります。

そんなときは、ユーザーには怒鳴られ、上司には怒られ、家に帰っても「また残業なの」と、なじられ、立つ瀬がありません

朝、駅の改札口で、ふと、反対側のホームの電車に乗って、「どこか知らない町に行ってみたいなぁ

って、思っちゃいます。

トラブル解決にご尽力された皆さん、お疲れ様でした。今夜はゆっくりと休んでくださいね。
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2012.06.20

【叡電】初夏の花シリーズ(2012)その9 ザクロとキョウチクトウ

台風4号は、通り過ぎましたが、まだ5号も控えてます。注意しましょうね。

さて、6月17日の「花とえーでん」カメラ散歩の続きです。
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前回紹介した、クチナシの花の上の方を見上げると、垣根越しにザクロの赤い花が伸びています。

さっそく、真っ赤な電車と合わせてみます。
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続いて、元田中駅に移動して上りホーム出口のザクロと青い電車のコラボを撮影。
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線路沿いに歩いて、北大路通りの踏切へ移動。ここの疏水分線脇に、みごとな白い花を咲かせるキョウチクトウがあります。

残念ながら、視野が非常に狭いところに生えてるので、アングルが固定されてしまうのが難点です
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ミョーに縦長の写真ですが、左手は駐車場のブロック塀、右手は隣家のフェンスが邪魔してるんです
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(次回も、花とえーでんが続きます)
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2012.06.19

【叡電】初夏の花シリーズ(2012)その8 クチナシとアジサイ

6月17日の日曜日は、前日の大雨がウソのように晴れ上がりました。

さっそく土曜日に雨の中(笑)下見しておいた、アジサイのポイントへ。でも、イマイチ花の色が気に入らなかったり、電車とあわせづらかったりしてパス。

その他のお花を探すことにします。
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まずは、出町柳7号踏切付近でクチナシの花を見っけ

甘ぁ~い香りがほのかに漂います。
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日当たりの関係か、上の写真の路地側の花に比べて、線路側の花は早くも萎れかけています。それでも香りはまだまだ強くて電車が来るまで石垣に腰をおろして堪能しました。
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元田中駅の下りホーム横の路地でみつけたアジサイ。

実は、元田中駅前の東大路通りの歩道の花壇のアジサイが毎年みごとな花をつけるので、ことしも期待してたのですが、 だったので、近くをうろついて見つけました。

こうして、毎回毎回、あたらしい被写体が見つかるのが、「花と電車」の最大の楽しみなんですよね。
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花をアップにしてみました。
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(次回は、ザクロとキョウチクトウです)
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2012.06.17

落穂拾い 洛北市原の小町坂の石仏

梅雨に入りまして、カメラ散歩には苦しい時期となりました。新作の買出し も滞りがちになります。

と、云う訳で、この半年に撮った写真の中から、気になりながらも、組写真のテーマから外れるなどしてお蔵入りになってた数枚を順次Upしていきます。

埋め草記事 ですので、無理に などしていただく必要はありません。読み飛ばし 大いに歓迎です その代わり、こちらからもコメントも返さないかもしれませんので、そのつもりで
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洛北は鞍馬街道小町坂に鎮座する石仏さまです。

叡電市原駅を下りて二軒茶屋駅に向かって鞍馬街道を歩くとすぐに小町坂の低い峠を越えます。ここは旧岩倉村と市原村の村境で、そのためか小野小町の老衰像で有名な小町寺(補陀洛寺)をはじめ、ちいさなお寺がたくさんあります。

その昔、この近辺の弔いが土葬だった頃は、市原・鞍馬地区の死者は、この峠を越えて岩倉村の見える斜面に葬られました。

なぜわざわざここまで野辺送りしたかというと、市原・鞍馬地区は鞍馬川の流域にあたりますが、鞍馬川はやがて加茂川となって京都市内へ流れ込みます。

かつては、加茂川の水を上賀茂付近で分水して御所の用水として使っていました。その御所用水を死の穢れから守るために、このようなしきたりが出来たのだそうです。

同じようなしきたりは、やはり加茂川上流の静原村や雲ヶ畑村にもありました。

この石仏さまも、かつては村外れで外界からの魔物から村を守る役目をされていたのでしょう。今は道路改修でお寺の石垣を削ったような狭い場所で、車の排気ガスをかぶりながらも、交通安全に目を光らせておられるようです。
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2012.06.16

落穂拾い 初詣の瀧尾神社拝殿にて

梅雨に入りまして、カメラ散歩には苦しい時期となりました。新作の釣り上げ  も滞りがちになります。

と、云う訳で、この半年に撮った写真の中から、気になりながらも、組写真のテーマから外れるなどしてお蔵入りになってた数枚を順次Upしていきます。

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1月3日、初詣に行った瀧尾神社の拝殿のようすです。

最近、路上観察学会のメンバーの、林丈二さんの「閑古堂の絵葉書散歩」という、明治時代の絵葉書の場所を訪ね歩く本と、儀式作法研究家の岩上力さんの「縁起物-京の宝物づくし」という本を続けて読みました。

その知識(?)をもとに、この写真を読み解いて(笑)みようと思います。

まず気になるのは、階段下の二匹のお猿さんですね。御幣を捧げているようにも見えます。祭神は大国主命、弁財天、毘沙門天だそうで、猿をお使いにする日枝神社や庚申講とも関係なさそうです。でも生き生きとした造形で今にも、「エサおくれ」と手を出しそうですね(笑)

そして、お正月といえば「鏡餅」これも縁起物の固まり(^^) ですね。ここのは割りとシンプルですけど、旧家などでは昆布を掛けたり、干し柿を置いたり、海老や鯛を飾るところまであります。本で知ったんですけど、それぞれお供え物にはちゃんと、云われがあるんですね。

あと目に付くのは、右上の旗に描かれた「○に大」の印でしょうか。言わずと知れた大丸百貨店のマークですが、この神社は大丸の創業者、下村彦左衛門が信心してたんでね。今の本殿も江戸時代の天保年間(今から170年ほど前)に下村家が寄進したんだそうです。境内には当時の大丸屋呉服店の様子を描いた絵馬や大丸稲荷大明神なんかもありますよ。
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2012.06.14

京都市が懲りずにLRTの計画を蒸し返し(^_^.)

今朝の京都新聞に、「LRT整備計画、策定へ 京都市、15年度中にも」という記事が載ってますね。
http://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20120614000029

数年前に、公聴会を開いたりしたけど、財政難と予定ルートにあげられた今出川通りの沿線住民の反対で結局立ち消えになったのに、お役人は、ほんとに懲りないねぇ

趣味の世界の話なら、京都の町にLRTが復活するのは、うれしいけど、京都市が直接あるいは、間接にでも運営するのなら、その経費は税金で賄われるんだよ。

毎日、汗水たらして働いて、その何パーセントかは税金で吸い上げられる市民としては、こんな採算性も疑わしいし、本当に市民のためになるかどうかわからない事業に、金を使われるなんてまっぴら御免!!

市民の足を確保して、しかも環境にもやさしいというだけなら、電気バスやハイブリッドバスの本格導入で十分。市内に車を乗り入れさせたくないなら、郊外や駅前に大きくて安価な駐車場を作れば仕舞ぢゃん。

前に計画が行き詰ったときにも書いたけど、とてもお役所がやるような仕事とは思えない。純粋な民間企業がリスクを取ったうえで、線路を敷き、電車を走らせるのなら大賛成だけど。

そんな会社が出来るのなら、もちろん出資するし、仮に金を捨てることになっても、それは資本主義の大前提だからあっさり諦めるよ

まあ、今回も本格検討に至る前に、立ち消えは目に見えてると思うけどね
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ちょっと時期外れだけど、この年賀状は、交通局の増客チーム宛に出した年賀状の返事に貰ったものです。現場サイドでは、増客増収に向けて涙ぐましい努力をしてるのに、市長部局の企画部門が、無駄な金を使おうとしてるなんて

こんな市役所のある街に住んでるなんて、情けなくなりますね
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頑張れ、新米運転士。馬鹿なLRT検討委員会の答申なんかに負けるなよ!!
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2012.06.13

【叡電】初夏の花シリーズ(2012)その7 アジサイとビワ

6月も中旬となりまして、各地からアジサイの花便りが聞こえてきだしました。叡電沿線のアジサイも、梅雨入りとともに順調に青紫色を濃くしております。

10日に、小振りなアジサイとビワの実と電車をからめて撮影してみました。
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修学院車庫南側の児童公園のアジサイです。手毬のように丸まらず、一輪ごとに花芽がのびて花開く種類のようです。
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この花壇には、4月はチューリップが咲いてました。まだまだ咲きかけなので、満開になる頃が楽しみです。
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春先の花は、梅・桜・桃・藤と木に咲く花が多くて樹高もたかく、大きな電車とも合わしやすかったのですが、今頃咲く花は草丈が低くて、電車とコラボするのは難儀します(^^ゞ

コンデジだと、こんな時に便利なんですけど、動く電車と捕らえるのはやはり無理。今のところデジイチじゃないとシャープな写真は作れませんね。自由に動かせるマルチライブビューファインダーでもあれば良いんですが(^^)
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車庫の出入り口の踏切には、初夏の味、ビワが生ってました。ただしこれは観賞用で食べられないかも(^^ゞ
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(続く)
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2012.06.11

【本】藤原道長の「御堂関白記」(現代語訳)を読む

前に、京都国立博物館で、藤原道長の御堂関白記の自筆原本をみた話を書きましたが、そのときの解説に「現代語訳が出ています。」とあったので、さっさく図書館で借り出してきました。

Mido_kanpaku_ki 訳者の倉本一宏先生は、国際日本文化研究センター教授で、文学博士。日本古代政治史や古記録学が専門の歴史学者です。

最初に「はじめに」として、御堂関白記の簡単な説明があります。そこには倉本先生のユーモア溢れる(と、感じましたが)一節がありますので紹介します。

『一般に、平安貴族は遊びと恋愛に明け暮れて、ぶらぶら過ごしていた、と思われがちですが、これは女流文学の登場実物(光源氏など)の姿を現実と勘違いしたことによる誤解なのです。

仮名文学を書いた女房たちは男社会をあまりしらないし、読者も同性ばかりなので、実社会のことを書いても面白くないので、書かなかったのです。』

と、論じられています。

平安朝の日記文学といえば、紫式部日記、枕草子、和泉式部日記、蜻蛉日記、更級日記などほとんどが女性の手になるものです。

それに比べて、この御堂関白記をはじめとする(男性の)お公家さまの日記は、今で言う業務日報のようなものです。当時の貴族は、いまなら官庁や大企業の幹部職員、役員クラスと考えても差し支え有りませんから、今と同じで前例 (有職故実と呼びます)を大事にしましたから、 いつ、どこで、なにをして、何を考えたかを残しておく必要があったのです。

実際に読んで見ると、こんな感じ。
何月何日(曜日)天候

会社へ出勤して、社長と面談した。
役員会に出席した。
稟議書に決済印を押した。
下請けから贈り物を貰った。
お得意様を接待した。
深夜タクシーで帰宅した。

何月何日(曜日)天候

東京支店へ出張した。
関東地区の工場を視察し、得意先を回った。
帰りは、飛行機で戻った。

たいがいの日は、箇条書きのようですが、たまには詳細を書いたり、面白かったとか、気分が悪かったとか、残念だったとか、こうすればよかったとか、自分の考えを漏らしているところ-今でいう「日記」らしい書き方-も見られます。

なかには、「長保2年(1000年)2月15日に、月食のあるはずだったが雨が降った(ので見られなかった)。」という記事のあるのは、面白いです。当時の暦法でも月食や日食は予報できたんですね。

登場実物は、一条天皇、彰子中宮(紫式部が仕える)、定子皇后(清少納言が仕える)、藤原行成(能書家として知られる)、藤原公任(歌人として有名)、などなど。北の方の源倫子もよく出てきます(奥方を女房と書いてます)。意外と愛妻家だったのかも

同じ日の、おなじ事柄でも、道長の日記と、紫式部日記や枕草子とでは書きぶりの異なっているところもあるそうです。どちらが正しいかというより、やはり男と女、公式と非公式、主催者と参列人(見物人)の受け取り方の違いなんでしょうね。

中断(現在に伝わらない?)を含めて20数年の日記を上中下の文庫本3巻に書き下した日記ですから、すべてを読み通しのは難儀ですけど、拾い読みでも十分面白いです。梅雨時で外出できない折などに、平安貴族の実態(笑)に触れてみませんか?
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2012.06.09

京田辺を歩く(その3) お寺や街角で見かけた一休さん

京田辺市を散策してきました。観音寺の国宝の観音様と一休寺の一休さんを見てから、ブラブラと駅に戻ります。

さすがに一休さんの町。あちこちで小坊主姿にお目にかかります。
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歌姫街道(府道八幡木津線)の交通安全の一休さん。

看板の取り付けてある所は、歩道橋のように見えるけど、実は水路なんです。南山城名物の天井川。最近はだいぶん減ってきましたが、まだまだ屋根よりも高いところを川が流れているところがたくさんあります。

昔は台風になると、よく水害が発生したようです。
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この辺は、宇治茶の産地でもあります。ちょうど新茶の時期で、お寺でもお茶会が開かれてました。

お茶受けに、一休さんが作り方を村人に教えたという、一休寺納豆(大徳寺納豆・塩納豆などともよばれる)は、いかが?

一般的な糸引き納豆とは違って、煮豆の塩辛のような感じ。お茶漬けにしておいしいですよ。
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やっぱり、正統派 の一休さんは、この姿ですね。近鉄やJRの駅前をはじめ、市の施設、ショッピングセンターの中でも見かけました。

皆さんが、なぜなぜするからか、頭が光ってます
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この有名なエピソードもちゃん再現(笑)されてます。やっぱり真ん中を歩く人が多いのか、そこだけ磨り減ってます(^^ゞ

庫裏を入ったところには、「虎の衝立」もありましたよ。「さぁさぁ、絵の中の虎を追い出してください。そうすれば縛って見せましょう。」というセリフが聞こえてきそうです。
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再び、新田辺駅に戻ってきました。観音様と一休さんに会えて充実した一日でした。

近鉄の車庫に京都市交の100周年記念HMをつけた10系が止まってました。
電車を待ちながらも、ふと考えてみました。

天皇のご落胤として生まれ、天才トンチ小坊主として育ち、大徳寺の住持に任ぜられるも、破戒僧として過ごした一休さん。

今の混沌とした時代に一休禅師がタイムマシンに乗ってやってこられたらどのように説教されるかなぁ? と、

流行の「坊主バー」とか「お寺カフェ」を開いたり、一休.Netなんかでクチコミを流したり、テレビのレギュラー番組にも出演するかもしれませんね
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(次回は、「御堂関白記を読む」です)
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2012.06.08

京田辺を歩く(その2) 一休寺で晩年の禅師に会う

京田辺市を散策してきました。まず三山木駅から観音寺へ向かい、国宝の十一面観音様とご対面。そのあと同志社大学のキャンパスを抜けて、一休寺にやって来ました。
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このお寺は、正式には酬恩庵といい、晩年(55歳くらいから88歳でお亡くなりになるまで)を過ごされたところです。
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参道を通り、拝観受付を済ますとすぐ右手に一休さんのお墓があります。一休さんは、後小松天皇のご落胤とされているので、お墓は陵墓に指定され、宮内庁の管理下にあります。一般の立入は禁止されており、扉の菊の御紋章の形のすき間から拝むしかありません。
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方丈からみた南庭園です。生垣の向こうは一休さんの廟所です。掃き清められ線条の入れられた石砂庭が見事です。

方丈には、最晩年の姿を写したとされる一休さんの木像(重文)が安置されており、仏間を飾る襖絵は、狩野探幽の筆になるものです。ただし襖絵はデジタル複製されたもので、本物は収蔵庫に仕舞われてます。
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方丈の北側です。すこし浮き上がった変わった造形に惹かれました。現地にもパンフレットにもなにも説明がありませんが、ここはどんなお部屋なのでしょう。

庫裏を出たところに東司()がありますが、これも重文に指定されています。今でも用を足せるようですけど、さすがに重要文化財ともなるとおいそれと出せそうもありませんね もしかしたら修行のタメだといわれて、用の後はいちいち掃除させられるのかも
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東司を眺めた後は、宝物館に入ります。ここには一休さんの似顔絵や自筆の手紙、身の回りの品などが展示されています。

普通は、このような品々をみると歴史上の人物が身近に感じられるものですが、一休さんの場合は、アニメでお馴染みのトンチの小坊主さんと大徳寺の住職まで勤めた偉大な禅僧のイメージのギャップが大きすぎて、はたして同じ人物なんぞや?
と、変な疑問が湧いてきます。

それと、お寺では大々的には書いてませんが(笑)、本などを読むと一休禅師はかなり風変わりなお坊さんだったらしくて、酒は飲むは、肉は食らうは、弟子と同棲するはと、五戒・十戒をやぶって平気だったそうです。

門松や 冥土の旅の 一里塚 めでたくもあり めでたくもなし

世の中は 起きて稼いで 寝て食って 後は死ぬを 待つばかりなり


これらの有名な狂歌も一休さんの作とされています。江戸時代の戯作者の式亭三馬や十返舎一九あたりが詠んだのかと思ってました

写真は、境内の奥にある二十世紀の森です。モアイ像のパクリやら千と千尋に出てくるカオナシ風やら、やはりいっぷう変わった仏像・神像が並んでいます。
これも現代的に解釈した一休さんの教えなのかもしれませんね。
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この石碑は

「諸悪莫作 衆善奉行」

と書かれています。一休さんの墨蹟では最も有名な一枚をレリーフにしたものです。簡単にいうと「悪いことをしてはいけません。良いことをしなさい。」という、仏教の根本の教えなのだそうです。

云うは易し、するは難し。一休さんの奇行も、この教えの裏返しだったんでしょう。

「大変、参考になりました。」となどと書くと、「まだまだ修行が足りぬわい、渇」と禅師に警策の棒でぶたれそうですけどね(笑)
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(次回は、帰り道に見つけた一休さんです)
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2012.06.07

京田辺を歩く(その1) 観音寺の国宝十一面観音を拝む 

トンチの一休さんの町で売り出し中の京田辺市の里を散策してきました。この付近は、趣味の先輩のなまちゃんさまがよく紹介されておられるのですが、なかなか田辺で下りる機会がありませんでした。

たまたまテレビで一休さんを見て、ふと思い出して歩いてきました。

なまちゃんさまのHP「鉄道ファン半世紀」はこちら
http://www5.kcn.ne.jp/~namachan/
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まずは近鉄の三山木駅まで行きます。3月のダイヤ改正で新田辺の接続が悪くなって、丹波橋で見送って、途中で追い越した各停に結局乗るハメに。ちょっと気分悪いです

三山木駅は、はじめて下りる駅ですが、JR学研都市線とも立派な高架駅になっていて、駅前のロータリーも広いです。同志社大学の田辺キャンパスの最寄り駅でもあるので、休日にもかかわらず学生さんがたくさん歩いています。

大学へ向かう広い道をしばらく歩くと新興住宅地から田園風景にかわり、生駒山地の麓に観音寺が見えてきました。
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庫裏で案内を乞うと、住職さまが出て来れられて本堂に上げていただきます。

お焼香と短い読経の後、厨子が開かれて国宝の天平仏、十一面観音菩薩さまと対面です。ほぼ等身大の木心乾漆像です。

下のアドレスでパンフレットに載った写真を見れます。
「南山城十一面観音巡礼」
http://www.kaijyusenji.jp/jyuichimen/index.html

まず住職様よりお寺と観音様の由緒を簡単に説明していただきます。

それによれば。「このお寺は天武天皇の勅願で義淵僧正が創建され、のちに聖武天皇の勅願により良弁僧正が伽藍を増築し、息長山普賢教法寺と名付けて、天平16(744)年に十一面観音立像を安置された。」

「その昔は、七堂伽藍がたち並ぶ大寺院であったが、火災に見舞われてそのほとんどは失われ、大御堂だけが再建され現在に至っている。」のだそうです。

そのためパッと見には失礼ながら国宝に指定される仏像を安置しているお寺には見えません。どこにもありそうな片田舎の山寺です。 最初は、手前からお姿を拝んでいましたが、住職様が「前にどうぞ。」と勧めていただきましたので、厨子の真ん前にたって拝見しました。

左手は胸の高さに水瓶を捧げ、右手は下して印を結ばれています。その優美さには言葉も出ません。とても1250年以上も昔に彫られた天平仏とは思えません。大火をはじめいろいろなアクシデントがあったでしょうに、よく今に伝えられたものだと感心します。それにコンクリート造りの収蔵庫のガラスケースの中に納まっておられないのがなにより良い。

できれば半日でも一日でもお姿を眺め続けたいところですけど(笑) そうもいかないもので、10分ほどでまた扉は閉められお堂を出ました。
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境内には、ハナショウブやスイレンの咲く池があり、コイが泳いでいます。鐘楼の前には「お水取りの竹送り復活」の石碑が立っています。冬になると、東大寺二月堂の「お水取り」の籠たいまつに使われる竹をこの付近の竹藪から切り出して奈良まで運ぶのだそうです。
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さて、観音寺を出て一休寺に向かいます。最初は一旦、三山木駅に戻って一休寺まで電車とバスで移動するつもりでしたが、住職さんに聞くと「歩いても一時間ほどですよ。」ということなので、同志社大学のキャンパスを目指して歩き出します。

行きはバス道路を歩きましたが、帰りは川沿いの田舎道を例によって草花を写しながら下ります。黄色い花は図鑑で調べると「(ブタナ(豚菜)」みたいです。タンポポに似た可憐な花なのにちょっとな名前が付いてますね。
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真っ赤な夾竹桃。この日は曇ってて歩きやすかったですけど、カンカン照りの日にこの花に合うと、よけい暑苦しく感じますね。

やがて田舎道は終わって、大学の通学路のバス道路を歩きます。
大学の構内を出ると竹藪の続く丘陵地を切り崩し、田んぼを埋め立ててまっすぐに伸びる都市計画道路が北へ伸びています。車は少なく、歩く人もほとんどない単調な道を登り降りしているうちに一休寺の看板が見えてきました。
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(次回は、一休寺拝観です)
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2012.06.04

【叡電】初夏の花シリーズ(2012)その6 5月の沿線の花から

5月後半に撮影した花とえーでんの写真からの落穂拾い(笑)です。多くは毎年同じ場所に咲くので、既視感のあるスナップばかりとは思いますが、記録ということで(^^ゞ
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岩倉川のポピーです。よく見ないと、どこに電車が写っているのか判りませんが
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ネギ坊主。この種から苗をそだてて秋にまた植えつけます。霜が降りる頃には、鍋物や煮物として食卓に並ぶことでしょう。
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ハナビシソウ(花菱草) このひと群れだけが岩倉川沿いに咲いてました。

6月の声を聞き、沿線のアジサイもぼちぼち花芽を広げ初めています。次の沿線散策では、紫陽花やツユクサをご紹介できるかもしれませんね。
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(次回は、一休さんの里、京田辺市を歩くです)
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2012.06.03

【叡電】初夏の花シリーズ(2012)その5 水鏡と早苗

5月は叡電沿線でも田植えのシーズンです。年々農地は減りつつありますが、小まめに探すと、何箇所かで農作業のシーンを見ることができます。
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5月12日の岩倉1号踏切付近の田んぼでは、代掻きの真っ最中。

水鏡に映る電車、トラクターのおじさん、手前のテマリカンボクの白い花と三点セットが揃いました(^^ゞ
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翌週末の19日に見に行くと、すでに田植えは終わって、早苗が整然と並んでました。

稲の成長に合わせて、また稲刈りの時期まで折に触れて通ってみるつもりです。
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この田んぼは、これから苗を植えるみたいです。もうちょっと寄りたかったのですが、私有地でこれが限界(^_^;) 中途半端な水鏡になってしまいました。

田んぼの畦にカモさんがうずくまってるのがわかりますか?
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最近は農薬をつかわず合鴨を放して雑草をたべさせたりする農法もよく聞きますが、このつがいは野生みたいです。
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切り株には、アマガエルもいました。

早くも6月になりました。梅雨はうっとおしいけどアジサイ巡りが楽しみです。
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(その6へ続く)
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2012.06.01

【JR西】初夏の山科大カーブで貨物列車と寝台特急を撮る

五月晴れに誘われて、5月18、27日の2週に渡って、初夏の山科大カーブへ行ってきました。一回目は、疏水遊歩道から大阪方を望み、二回目は、東山トンネル出口から米原方を望んでいます。

プログは、ダイジェスト版ですので、続きを読みに
ぜひ本館へもお立ち寄りください。
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試作機のEF210-901牽引の5072レ(鍋島発~東京タ行)です。横手に113系がへばり付いてますが(^^) ほとんど気になりませんね。 (11:32頃)
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27日は、日曜なのでEF66-121牽引の配給列車8865レが走りました。荷物はレール輸送用のチキ9両です。EF66では力を持て余し気味に見えます。DE10くらいがお似合いかも(笑)  (11:45頃)
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27日にもう一度出直してきたのは、この日は上りのトワイライトが走るからなのです(^^) (18日は、運休)
この日は、EF81-144の牽引でした。9両の編成もこの大カーブでは短く見えます。
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27日の5087レ。赤プレートのEF65-2070の牽引です。サンダーバード17号に混色の1818M近江今津行きと外野も賑やかです。

このところJR貨物機のEF81とEF65が次々と改番されてますね。調べると「高速で走行する列車には運転状況記録装置搭載義務化されたが、車齢の古い国鉄型機関車は、それを積まないため、識別のため改番している。」のだそうです。

安全のためには仕方ないとはいえ、高速貨物や旅客列車を引けなくなって、国鉄型機関車の出番は、ますます少なくなってきそうです。
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いよいよお待ちかねの下りのトワイライトExp.がEF81-44に引かれてカーブ上に姿を見せました。やっぱり寝台特急はいつ見ても良いですねぇ。ぼちぼち後継機種の話が出ても良い頃ですが、出来れば客車列車で続けて欲しいですね。 (12:31頃)

バックには、混色編成どうしの2828Mと1821Mがお見送りしてます。
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プログは、ダイジェスト版ですので、続きを読みに
ぜひ本館へもお立ち寄りください。

(次回は、水鏡と早苗を行く叡電です)
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