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2012.07.21

山背古道を歩いてきました。(その1) 蟹満寺へ

7月15日に、南山城散策シリーズの第3弾で、山背古道・奈良街道・歌姫街道を散策してきました。

山背古道(やましろこどう)と奈良街道は、現在の国道24号線に相当する京都と奈良をむすぶ古代の幹線道路です。山背古道のほうがより山際を通っているところが多いです。歌姫街道は、第1回、2回目で紹介したように、八幡から田辺、西木津を通って、歌姫越えで奈良にでます。
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前日の深夜から降り出した雨は、夜中に警報も出る大雨となり、朝から叡電も不通区間が出てしまいました。それでクイズラリーの下見をやめて、また南山城へ出かけることにしました。

家を出るときは、まだ小雨がぱらついたりしてましたが、途中から劇的に天気は回復し、棚倉駅に着いたときは暑いくらいの晴天になりました。

ここからまず蟹満寺に向かいます。駅前の観光地図をみると歩いて20分ほどで着くようです。立て看板の横にはカニのオブジェもありますね
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まずは、駅前の湧出宮にお参りします。今から1200年以上のむかし、伊勢より山城の地に天照大神の御魂であるアメノフキメノミコトと宗像三女神(タギリヒメノミコト・イチキシマヒメノミコト・オキツヒメノミコト)をお迎えして創建されたと伝えられています。

神様をお迎えしたところ、一夜にしてこの地に鎮守の森が湧き出したので、湧出宮と名づけられたのだそうです。

まるで、映画の「となりのトトロ」の森の話みたいですね(笑)
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参道は、梅雨の湿り気を含んだ濃緑がうっそうとして「昼なお暗い」と言う形容詞がピッタリの不気味さです。実際に真昼なのに街灯が点灯してました(笑)

写真は、拝殿から参道を見たところです。管理人に背中側に拝殿と本殿があります。本殿の前には苔が生えたような古い石像の狛犬がこちらを睨んでいました。
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駅前の山背古道を京都方面に歩き始めます。駅前にはタケノコの卸売り市場がありました。日曜で休みなのかひっそりとしています。
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途中は、普通車でも通行困難なような狭いところや南山城名物の天井川の土手を上ったり下りたりします。一年前も、奈良線の撮影にこの付近に来ているのですが、そのときは車で移動したので道が狭いのにおうじょうしました

南山城(旧山城国綴喜郡、相楽郡)は、京都よりは奈良の文化の影響を多く受けており、古民家も大和棟造りとか高塀造りとか呼ばれる様式のお宅が多いです。
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道々、タケノコの里らしいオブジェを見かけました。左は竹をデザインした道標。節に芽が生えているところまでリアルに表現されています。

タケノコの缶詰工場もありましたが、日曜はお休みでした
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昔からの集落と田畑が交互に現れる中を歩いていくと、やがて蟹満寺のお堂が見えてきました。

カニの恩返しで有名なお寺ですが、思ったより(失礼)ちいさなお寺でした。それでも2010年に再建されたばかりの本堂は白木も新しく梅雨晴れに輝いていました。

本堂に入ると、国宝の釈迦如来坐像が鎮座されています。丈六(高さ約240cm、重さ約2.2トン)の大仏です。最近の調査で西暦700年前後の白鳳佛の優品とされています。

写真撮影は禁止ですが、お賽銭をあげるついでに与願印を結ばれている左手に握手させていただきました。冷たいはずの金属がなぜか生暖かく感じて、飛鳥・奈良時代のぬくもりが伝わってきた想いです。

本堂入り口の長押には、「蟹の恩返し」の説話の絵が掲げられています。テープですが、和尚様の肉声で、説話を読みあげていただきました。

詳しくは、蟹満寺縁起のHPを参照。(絵入りで解説されています)
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境内は、カニのモチーフだらけです(笑)。いちばんユニークに感じたのが、庫裏の前に吊るしてあるカニの魚板。叩いて音を出して時間を知らせたりするものですが、魚の形や真四角のものが普通なのに、さすがにカニの寺ですね(^^ゞ
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蟹の供養塔と蟹を助けた娘をお守りされた観音様です。4月18日には、蟹供養放生会といって、カニ料理店の関係者らが集まって、沢蟹を放してカニに感謝するお祭りがあります。
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(次回は玉川から寿宝寺へと歩きます)
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お帰りは、このバナーから「本館」へどうぞ。

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コメント

なかっちょさん
こんにちは、先日の八幡といい、今回の南山城といい、懐かしい場所ばかりです。
昔、営業マンで宇治、八幡、田辺を担当していたことがありました。
八幡は、その頃は車の整備工場などが多かった印象を持っています。
八幡市役所もお客さんで何回も出掛けましたよ。
田辺にはクロレラを作る工場さんがお客にいたように憶えています。
近鉄奈良線の小倉駅周辺が好きだったのを憶えています。
あれ以来、京都を何回も訪れていますが、ここまでは、なかなか行くことが出来ません。

  蟹満寺、1-2度行ったことがあります。名前が、面白くて、何か由緒ありそうで、立ち寄りました。この近くまで行くと東大寺がみえる場所もあるのではないでしょうか。時間があれば、応仁の乱の史跡(畠山対斯波?)も探したかったのですが、出来ずに終わりました。南山城は、道路もできたみたいで、変化も大きいようですが、大阪のベッドタウン化しているのでしょうか。

Σ( ̄ロ ̄lll)カニだぁ~♪ この世でカニが1番好物の私がここを知らないなんて! Σ( ̄ロ ̄lll)
ガーンです!これは ちょっと散歩に行かなければ!カニの恩返しかぁ~
私には 恩返しどころか、カニのたたりかも。今夜もカニ食べた記事をアップしてしまった!

>> SILVAIおじさんへ

おはようございます。
山城地域を営業されていたんですね。

国道1号線や24号線の沿線は、日産自動車や三菱自動車の
京都工場が近い関係もあって、自動車整備場が多いですね。
いまでも、新車・中古車取り混ぜてディラーが並んでます。

田辺のクロレラの工場は、ちょっとわかりませんが、
京都にはサン・クロレラという薬品メーカーがありますから、
その製造工場でしょうか。

近鉄の小倉駅付近もどんどん変わってますよ。田んぼが
つぶされてマンションやスーパーに変わってます。
また機会があれば、変化の様子を確かめてください。

>> のずちんさんへ

おはようございます。
蟹満寺には行かれてましたか。

私は、近くは何度と無く電車で車で通過してますが、
今回はじめて行きました。

応仁の乱は、京都が主戦場になりましたから
南山城でも戦闘があったようです。
ただ、戦国時代の古戦場のように史跡として
残っているところはすくなく、現地に行っても
「〇〇氏の本陣跡」といった石碑が一本立ってるだけ
で、「なぁ~んだ」というところも
多いです。

室町幕府の花の御所の跡にしても、石碑と立看板
だけですからね(笑)

>> まぶちょんさんへ

おはよう!! 居眠り運転はダメだよ

うん、カニ好きは、ここへは絶対行くべきだ。

帰りは、「カニ道楽」-京都周辺で有名なカニ料理
チェーン店-で、カニを食べよう。

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