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2012.08.22

真夏の比叡登山(その2)山の上も全然涼しく無かったです(^^ゞ

8月17日の比叡登山の続きです。山頂から無動寺まで下ったところからです。

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無動寺谷に咲いていたイワタバコ。暑い盛りで、山野草はこれしか見かけられませんでした。
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無動寺谷の諸堂の続きです。

大乗院は、親鸞聖人が若い頃に修行されたところとして有名です。この日は閉まっていて見ることは出来ませんでしたが、親鸞の蕎麦喰木像の伝説が残っています。 (写真左上)

時は、鎌倉時代の初め頃、叡山での修行に限界を感じた親鸞は、日ごと京の六角堂に百日参籠に通います。それを知った仲間の坊さんは、「親鸞は修行せずに町に遊びに行っている。」と非難します。
そこで、師匠が「今夜はソバを振舞おう。」と提案します。坊さんの名前を呼んでひとりづつソバを渡します。「親鸞」と呼ぶと、「ここに居ります。」と名乗って、ソバを食べる者がいます。
実は、これこそ親鸞自刻の木像で、身代わりにソバを食べてくれた。

という話です。

なお、親鸞聖人の師匠は、慈円大僧正で、百人一首に採られた

おほけなくうき世の民におほふかなわが立つ杣に墨染の袖
                                (千載集 雑 1137)
の歌で知られます。

竜宮城のような門があるのは、玉照院。ここは千日回峰の本院です。境内は静まり返っておりましたが、今にも白装束に草鞋履き、ハスの花をかたどった笠をかぶった行者さんが出てこられそうな錯覚を感じました。 (写真右上、左下)
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ここまでは、参道として整備された道でしたが、ここから坂本までは山道になります。すこし下っていくと水場にでます。「やれやれ、あとは沢にそってひと下り。」と、思ったのは甘かった(^^ゞ 

ここから、また登ったり下ったりの尾根道が延々と続いてなかなか高度が下がりません。上りのことを考えて、ゆるい道を取っているのでしょうけど、下りは足が笑います。 (写真左上)

やがて、裳立山の紀貫之の墓の分かれ道にでます。ケーブル延暦寺から無動寺を通らずに、谷を直降するルートです。 (写真右上)

さらに下ると立派な大杉の下に石仏さまが奉ってあります。もともとはお堂があったのかもしれません。それにしてもこんな山中まで石や木を運んでお堂を建てた昔の人の苦労がしのばれます。 (写真左下)

法華塔がありました。文化十三年の銘がありますので、およそ200年近く、ここに立っていることになります。ここらでほぼ3/2ほど下ってきたでしょうか。(写真右下)
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法華塔を過ぎたあたりから天然石の石段が続きます。坂本には穴太衆とよばれた石工の職人がたくさんいたので、その人たちの作業でしょうけれど、この急な山道を拓いて、石を積み上げるのは、やはり大変な作業だったんでしょうね。

やっと、山道は終わり林道となり、そこに相応水といわれる水場があります。足がもつれて歩けなくなって来たので(笑)、お地蔵様の前でお弁当にしました。 (写真左上)

水場からは、林道をゆるゆると下ります。ここではじめて登っていくひととすれ違いました。やはりこの暑いのに、出歩く人は少ないみたいです(^^ゞ

とうとう庄ノ辻の登山口に着きました。途中休憩や参拝も含めて延暦寺駅からちょうど2時間半の下りでした。 (写真右上)

ここからすこしバス通りを歩いて、慈眼堂に参ります。ここは、江戸時代はじめに徳川家康のブレーンとして活躍し、黒衣の宰相とあだ名された天海大僧正のお墓です。

天海は、信長の焼き討ちで焦土と化した比叡山の再興に努力されたとして、坂本では非常に慕われています。 (写真左下)

天海のお墓のとなりは、天海が開いた滋賀院門跡です。 (写真右下)
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この滋賀院門跡は、江戸時代以降、歴代の天台座主の居られたところで非常に高い格式のお寺です。

最初に、このお寺の由来などを聞いてから、座敷などを案内していただきます。根本中堂と同じく、消えずの法燈が灯り、天海が使ったとされる鎧カブトが展示してあります。そのほか狩野派の絵師の筆になる襖絵や天台座主が儀式の際に乗られる輿など、貴重な文化財が残っています。

続いて、本尊の薬師如来さまを拝みます。この本堂では、都合で山に登れない時に、ここを根本中堂に見立てて、儀式が行なわれたそうです。

最後は、小堀遠州作とされるお庭を拝見します。山から引かれた水が滝となって池に注ぎ、池には錦鯉が群れていました。(写真左上)

本堂と慈眼堂の間は、お花畑になっています。ここで比叡山の山中に点在するお堂や石仏に供える花を作っているのかもしれません。厳しい門跡寺院が急に身近になりました(^^) (写真右上)

お寺から京阪坂本駅までの旧街道は門前町らしい古い家並みが残っています。有名なソバ屋さんのツユの香りをかぎながら、京阪坂本駅に着きました。 (写真左下)

最初は、これから大津線のスタンプラリーを回るつもりでしたが、もう暑さでバテてしまって、そのまま帰ってきました。 (写真右下)
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坂本観光マップ 坂本観光協会提供 http://turuya.jp/sakamoto/
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(次回は、叡電のまんがタイムきらら号です)
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お帰りは、このバナーから「本館」へどうぞ。

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コメント

  京都は、今でも、親鸞の影響がとても残っていますね。六角堂は、目立たない建物なのか、見落としてしまいました。琵琶湖大橋のたもとは、自動車で、何度も行き、バイパスは通っている筈ですが、坂本の町中には入ったことがありません。
  京阪電車の普通列車、こんなところまで来ているのですね。坂本城跡もあるようで、散策には、良い場所なのでしょうね。

>> のずちんさんへ

こんにちは。

やはり本願寺さんは、全国でも一番信徒の多いお宗旨でしょうから
親鸞さんの足跡は、よく見かけます。

うちの近くにも、若き親鸞さんが、比叡山から六角堂へ通う途中に
休憩した井戸(湧き水)が北山別院として残っています。

六角堂は、バス通りから一歩入った街中なので、はじめてだと
見つけにくいかもしれません。

夏の水泳客が去ると、琵琶湖岸も静かになってきます。
またお出で下さい。

お疲れ様でした。京阪の石山坂本線、たまーに乗ることあるんですが、坂本まで行ったことがありません。門前町、いい風情です。
畳の部屋に座って、庭をみるって、心落ち着きますよね。庭のスケールがバラバラですが、円通寺、智積院、青蓮院なんかが好きです。

こんにちは。

慈眼堂のお庭は、お寺の大きさにくらべて比較的こじんまりしたものでした。
山麓の傾斜地に、お寺がいくつも並んでいるため、場所的にしかたないのかも
しれませんが。

山道を歩いて山水の庭の水音を聞いたときは、ホッとしました。

こんにちは
イワタバコ。かわいいお花ですね
お写真を見てると とても、涼しげなんですけど・・・
涼しくなかったんですね

>> mikさんへ

こんにちは。

イワタバコの咲いてたところは、水場になってて涼しかったです。
でも、気持ちよく歩けたのは、この付近だけでした(^^ゞ

山の中では、自動販売機も無いし 水分補給に
気を使います。

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