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2012年9月に作成された記事

2012.09.30

【京阪】復活!! 旧3000系 ノンストップ特急

旧3000系、8030番台が、さよなら運転まであと半年余りとなって、95年の大規模更新工事前の姿に復元し、クラシックタイプとして復活しました。

昨日は、そのお披露目を兼ねて、久しぶりに中之島発の京阪間ノンストップの臨時快速特急が上り1便だけですが運転されました。
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台風の余波のどんぐもりの空。でも昼間の上り列車では逆光にならずに好都合です。

第三軍道の跨線橋下をくぐってせり上がって来るところを捉まえました。
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これは、跨線橋のしたへもぐりこむ直前のシーンです。

実は、予想よりほんの少し遅れてやってきたので、下りの各停と被りそうになってヒヤヒヤしました。でも下りの発車も数秒遅かったので、なんとか駅の手前100mほどのところで、シャッターを押せました。(一枚目の写真)

慌てたので、すこし画面がゆがみましたが、トリミングして誤魔化してます(笑)
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帰りの回送の時刻は、公表されてませんが、春秋の臨時列車の回送ダイヤから推測した時間に戻ってきました。

この場所は、7月の「最後の夏」のHM付きで被られて腹の立った場所ですが、今回は、臨時回送のため定期列車の影響は受けず、速度も非常にゆっくりで落ち着いてリベンジ出来ました。
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おまけ(その1)

練習台にした(笑)トップナンバー・シリーズです。

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7001F
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8001F
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おまけ(その2)

丹波橋駅での8030と2456Fの離合風景 2012.08.12撮影
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(次回は、日ノ岡峠の酔芙蓉と彼岸花です。)
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2012.09.29

【叡電】ヘッドマーク付きの電車がたくさん走りました。

23日は、鉄コン電車も含めて、たくさんのHM付き電車が走りました。
そのうち、ゲットできたものを紹介します。
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白幕とツーマンの理由が、叡電のツイッターにでてました。

http://eizandensha.co.jp/

白幕は、単に「貸切」の表示が無いだけ。
ツーマンは「車掌さんがいるからという意味ではなく貸切列車内での婚活ですのでワンマンからツーマンになるようにという意味でさりげなくしてみました。」

とのことです。白幕は知ってるけど、ツーマンは考えつかなかった。また車掌さんの乗務が復活する前触れかと思いました(笑)
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まずは、鉄コン電車に先行してやってきた「ひだまりスケッチ」のシールタイプのHM付きのオレンジきらら。
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続いて、ひだまりスケッチのイラスト電車の723号。星型のHMが変わってますね。

ダイヤをたどっていくと、どこかで鉄コン電車とすれ違うのかもしれませんが、雨では屋外撮影はちょっと無理
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ここから、午後の撮影ですが、帰りの鉄コン電車に先行する、バス祭りのHM付きの731号です。

これと入れ違いに、ひだまりスケッチの723号が八瀬に向かったので、おそらく八瀬駅構内で、ひだまりと鉄コン電車が並んだはずです。八瀬まで行けば良かったかなぁ(^_^;)
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最後は、キバナコスモスとHM付きの813+814号。
遠すぎて、判らないって?
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拡大すると、ボリヤリですが、マークが見えますね。
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(次回は、クラシックタイプに戻った京阪旧3000系です。)
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2012.09.27

六孫王神社周辺を歩く

3連休最終日は、南区の六孫王神社へ参ってきました。

南区の一帯は、左京区からだと市内中心部をはさんで地理的に反対勝手の位置にあって、なかなか足を運びにくいところで、今まで行けてませんでした。
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京都駅八条口を出て、新幹線の高架にそって八条通りを西に数分あるくと、東寺の北門に出ます。このままやり過ごすのも弘法さんに悪いので(笑)、境内に入っていきます。

北門から東寺に入るのも初めてで、(普通はバスか地下鉄で南門か東門から) 塔頭寺院と高校のグランドにはさまれた参道を南に歩きます。お堀を渡ると、五重塔が見えてきて、お馴染みのお堂も並んでいます。
毎月21日の弘法さんの縁日には、境内が露天で埋め尽くされ、20万人 からの人出があるそうです。

大師堂に上がって、弘法さまにご挨拶します。厨子の扉は閉まって、弘法さまのお姿は見られませんでしたが、毎朝6時の生身供(しょうじんく)の法要といって、今でも弘法大師が生きておられるかのように朝ごはんを差し上げる儀式の時は、御開帳になるそうです。毎日6時前にお堂に集まられる熱心な信者さんもたくさん居られるとか。

さらに、広い境内の無料の部分(セコイね)を巡拝しました。
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再び八条通りに戻って、さらに西へ歩くと、六孫王神社の鳥居が見えてきます。

六孫王(ろくそんのう)とは、神社の由緒書きによると「祭神の源経基(みなもとのつねもと)が、清和天皇の六男の貞純親王を父として生まれ、皇族時代に六男の六と天皇の孫ということで六孫王と呼ばれていた。」のにちなむのだそうです。

実は、最近、この神社のことが気になって調べるまで、源経基が天皇の六代目の子孫だからこう名乗ったのだとばかり思ってました(恥)
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神社の由緒書きによれば、経基は、この西八条の地に屋敷を立てて住まい、死に臨んでも「龍神となって、この地の池に住み、子孫を見守る。」と遺言したそうです。

それで、息子の源満仲(みつなか)が、ここに墓所をつくり社殿を作って祭ったのが神社の始まりとされています。

基経は、清和源氏の始祖でもあるため、源氏発祥の地としても知られ、古来より源氏を名乗る武士団より崇拝されています。

写真の石橋の下が龍神池で、ほとりには弁天堂も立っています。

境内の真横を新幹線が通り、東海道線の線路を隔てて、梅小路貨物駅やSL館などと接しています。ひっきりなしに電車が通り、時折り蒸気機関車の汽笛も聞こえてきます。鉄な人間には、源氏の神様には悪いのですが、電車の響のほうが気になって仕方ありません
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りっぱな唐門をくぐると拝殿があって、内庭を通して本殿が望まれます。一般の参拝者は、本殿前までは進めません、また本殿の裏には基経の御廟があるのですが、やはり見ることは出来ませんでした。
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帰り道に、新幹線の高架下のような場所に、児水(ちごすい)不動明王というちいさな祠を見つけました。道路から一段ひくくなって、神社の龍神池とおなじ水脈の水が湧き出ています。

暑い盛りなので、喉を潤おさせていただきました。龍神様のお水の威力か、八条壬生川から京都駅の高倉跨線橋を越えて、京阪七条駅まで、3キロ近くを歩いて帰ることができました。最後はかなりバテましたが(^^ゞ
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2012.09.26

消費税率改定の勉強会

昨日は、会社で税理士さんを講師に迎えて、消費税率改定の勉強会がありました。

簡単に言うと、

2014年(平成26年)4月1日 -  消費税5%から8%に引き上げられる予定。
2015年(平成27年)10月1日 - 消費税8%から10%に引き上げられる予定。


と、云うことなんですけど、これが一筋縄では行きません。
Syohizei
いろいろと、特例や経過措置があるからなのです。

また、細かい手続きが決まっていないところもあり、更に今後の政治・経済情勢によっては、
実施時期も税率すらも、変わるかもしれない可能性があります。

前回の消費税率改定は、1997年(平成9年)4月でした。もう15年も前のことです。もう当時のことはすっかり忘れてるし、資料も残ってるかどうかあやしいもの。

しかも、この15年間で、財務・税務を取り巻く環境も非常に変わりました。そう、ネット社会が急激に発展したんです。15年前は、やっとPCがひとり一台の環境になり、ネットワークで個々に繋がりだした頃でしたが、まだまだ仕組みは単純でした。

今では、個人の頭の中ではとうてい理解しきれない複雑なシステムになってます。


税金を払うという、義務とはいえ後ろ向きの仕事に、しばらく時間と労力と経費を費やさねばなりません。

ユーウツです
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2012.09.24

【叡電】鉄コン電車「エイデン で ええねん!」号を撮影

昨日は、鉄コン電車「エイデン で ええねん!」号が走りました。
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残念ながら、生憎ののちの天気のため、行きの便は、修学院駅での駅撮りになりました。
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「エイデン で ええねん! 叡電XKnt!」と書かれた電車の形を模したHM(前後で色違い)を付けています。方向幕は白幕ですが、「ツーマン」と書かれたプレートも目を引きます。

なんとか雨は止みましたが、薄暗くてあまり良いコンディションではありません。まあ、晴天のこの時間帯なら下り列車は完全に逆光になって、お顔が黒く潰れてしまうこともあるので、ヨシとしましょうか(^^)

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まだ、発車して数分ですが、車内はすでに、和やかな談笑ムードの良い雰囲気のように見えました。

途中のコースは公表されてませんが、おそらくこの後二軒茶屋まで行って、また修学院まで折り返してくるものと思われます。
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一旦、家に帰って30分後に出直してくると、ほぼ想定の時刻に戻ってきました。修学院駅を通過して、車庫の入換位置で一旦停止、運転士さんと車掌さんが入れ替わります。
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渡り線を通って、ふたたび下り線へ転線します。貸切とはいえ、この渡り線を営業電車が通るのは、ちょっと珍しいです。

このあと、列車は最終目的地の八瀬・比叡山口へ向かって発車していきました。
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さて、参加者は、八瀬でイタリアンの昼食&合コンを楽しまれた後、出町柳にお戻りです。予定表では14:30発になってますけど、実際は14:42頃三宅八幡駅を発車していきました。

乗車された皆さんの中から、出来るだけ多くのカップルが生まれることを祈ってます。もしよろしければ、ひと組なりとも思い出の叡電で「ウェディング電車」を走らせてくれないかなぁ

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(23日の叡電に続く)
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2012.09.22

円山公園周辺を歩く

連休2日目は、東山の円山公園界隈を歩いてきました。

京阪を三条で降りて、繩手通りを南へ。新橋通りを曲がると祇園新橋のお茶屋さん街です。まだ日は高いの201209yoshimizu01 で、舞妓さんも芸子さんも歩いてませんが、祇園甲部の秋の温習会の赤い提灯が下げられてて、いい雰囲気。

古門前の骨董屋街をぬけて、東山通りにでます。まっすぐ行くと知恩院さんの境内に入りますが、「京都文化祭典KAF2012」の旗に誘われて、古川町のアーケード街に寄り道します。日曜日なので閉まっているお店が多いです。旧東海道のところで再び粟田口の方に回ります。この界隈は昭和の面影を残すお店が多く、低料金で長期滞在もOKなゲストハウスも見られます。

白川にでたところでまた川に沿って逆戻り、この川沿いの道は非常に雰囲気が良いのですが抜け道になっていて狭いのに、車どおりが多いです。景色に見とれてぼぉ~と歩いていると交通事故に遭いそうです(笑)

201209yoshimizu05 白川には、テレビドラマでもおなじみの一本橋(行者橋)が架かっています。橋のたもとに案内板があって、「比叡山の阿闍梨修行で千日回峰行を終えた行者が粟田口の元三大師に報告した後、京の町に入るときに最初に渡る橋で、行者橋、阿闍梨橋とも言われる。江戸時代には、この橋を粟田祭の剣鉾が差して渡る『曲渡り(曲差し)』が呼び物であった。」と、書かれています。このか細い石橋にこんな由来があるのは知りませんでした。

こんどこそ、知恩院さんの境内に入ります。参道をあがって行くと、巨大な三門が見えてきます。その三門に覆いかぶさるように東山が連なっています。お寺の裏山を華頂山といい、知恩院の山号にもなっています。左手が粟田山、右手が円山です。

三門をくぐって境内に入ると、御影堂が大修理のため足場で覆われています。参拝順路も阿弥陀堂から入って、鶯張りの廊下を通り、集会堂を改築した仮の御影堂で法然さまを拝んで、新玄関から退出するようになっています。有名な左甚五郎の忘れ傘も見えなくなっていました。

国宝の大鐘楼に登ります。こちらも撞木に足場が組まれて動かないようにしてあります。誰かが勝手に鐘を鳴らすのを防ぐためなのでしようか?

ここから華頂山の山頂の将軍塚へ登るハイキングコースがあります。15~20分で登れるようなので、上がってみることにしました。すこし登ると「円山聖天堂」と書かれた歓喜天を奉ったお堂があります。ここまでは石段ですがここから本格的な(?)山道になります。京都一周トレイル東山コースの一部なので、それなりに散策するひとも多く、自然観察路を兼ねているのか、途中の樹木や岩石には名札が付いてます。家族連れで、植物図鑑片手に歩くのも良さそうですね。

華頂山全体が、青蓮院か知恩院の境内となってるのか要所に石を積み上げた塚のようなものがあって、お地蔵様がお奉りしてあります。ひと汗書いたところで山頂に着きました。所要時間は15分、標高216mだそうです。

ここには、青蓮院門跡の飛び地別院の大日堂が建っています。お堂の中には、石造の大日如来さまが奉られ201209syogun_zuka06 ています。露天にあった時期が長いのか、磨耗が激しくてお顔が良くわかりません(^^) 車で登ってくるひとは、たいがいは駐車場の展望台に行って、ここまで回ってくるひとは少ないです。わたしもその口ばかりなので、今回はお庭に入ってみることにしました。

入ってびっくり(@_@;) 山のてっぺんが整地されて、回遊式の庭園になっているのです。なんと3000坪、学校のグラウンドくらいの広さはあります。中には、展望台が2つ、枯山水の石庭や築山もあります。そして庭の奥のほうに、将軍塚があります。ここが華頂山の頂上です。

将軍塚というのは、「桓武天皇が平安京を作られたとき、都を護るために、高さ2.5mの巨大な武人像を作り、それに武装させて山頂に埋められた。」という言い伝えから来ています。また、国家に異変のあるときは、この塚が鳴動するとも伝えられます。現代の情けない政治情勢では、地下の武人像は阿保らしくて、揺り動く気にもならなさそうですね(^^♪

展望台は、当然ながら京都市内の眺めがよいです。お寺の方の話では、特に夜景がきれいで、デートスポットのひとつなんだそうです。今年は、10月27日(土)~12月9日(日)に夜間ライトアップ(17:00~21:30)があるとのこと。照明に輝く紅葉はキレイそうですね。

将軍塚をでて、今度は粟田山へ向かいます。しばらくはゆるやかな尾根道が続き、粟田山の山頂とおぼしきところから急に下り坂になります。すこし下ったところで、山中に突然フェンスが現れます。「あれあれ?」と思ってると、都ホテルの散策路が通っているのでした。今は通行止めになってますが、以前はホテルの方へ下る道も有ったみたいです。

201209syogun_zuka08 麓近くまで降りてくると、尊勝院(元三大師堂)にでます。ここが最初のほうに書いた行者橋の説明板にでてくるお寺みたいです。いまは粟田山の中腹にありますが、その昔は三条白川の付近にあったのだそうです。

元三大師は、おみくじを初めて作ったお坊様として有名で、厄除けの「角大師」や「豆大師」のお札でも知られています。比叡山横川の元三大師堂へ行くと、神託を伺う人が列をなしています。このお寺でもおみくじを引いて、神託を聞くことが出来ます。

粟田口の旧東海道のところに降りてきました。すぐ横は青蓮院の門前です。天然記念物に指定された巨大クスノキが、四方に枝を伸ばしています。山頂での休憩も含めて、ちょうど1時間ほどで再び、知恩院前に戻ってきました。

ちょっと休憩して、今度は、南門をくぐって円山公園に入ります。入ってすぐに有名な「いもぼう」を食べさせる平野屋さんがあります。海老芋(里芋の一種)と棒鱈を一緒に煮ただけの素朴な料理なんですけど、なかなか家庭で作るのは大変です。イモの皮むきやかちかちの干物の棒だらを戻したりするのは面倒ですし、それでいてなかなか美味しく煮上がりません(笑) やはり300年の伝統にはかないませんね。

公園の奥の方にどんどん上がっていくと、料亭やお寺が散在する真葛ケ原と呼ばれる清閑なところにでます。ここに安養寺というお寺があります。このお寺は法然上人が三十数年間、称名念仏を続けられた吉水草庵の跡とされています。親鸞聖人もここ吉水で法然上人に弟子入りされており、浄土宗、浄土真宗の発祥の地とされています。

安養寺を出て、南側に階段を少し降りると、弁天堂があります。急いで歩いていると見逃しそうな小さなお堂です。このお堂の横手に湧く清水が「吉水」です。古くから知恩院のある一帯を吉水と呼びますが、この清水が由来とは知りませんでした。

201209yoshimizu10 さらにお堂の裏に回ると、慈鎮和尚宝塔(重要文化財)がひっそりと立っています。鎌倉時代の逸品です。慈鎮和尚とは、慈円大僧正のことです。慈円の供養塔がここにあるのは、慈円が青蓮院の住職を務めて、吉水僧正と呼ばれていたのと、その昔はこの円山公園から知恩院の一帯も含めて、青蓮院の寺域だったからでしょう。

慈円は自著「愚管抄」で法然の専修念仏の教えを批判していますが、意外にもその迫害には保護者の立場に回っています。まあ法然は比叡山で修業したいわば仲間内ですし、親鸞は、慈円によって青蓮院で得度してますから、直弟子のひとりですものね。

弁天堂をでてまた坂道を下っていくと、長楽寺です。このお寺もなぜかご縁が無くて、今回が初めてのお参りになります。ここは建礼門院徳子のゆかりの寺として有名です。壇ノ浦から連れ戻された徳子は、この寺で髪を下ろして尼になります。その際に仏様に差し上げる布施として、安徳天皇の遺品である御衣を差し出し、それを幡に仕立てたものが、寺宝として伝わっています。拝観所にある女院の木造は、御影図が古くなって剥落も激しくなってきたので、それをもとに彫られたものです。可愛らしいお顔をされていますが、29歳の女盛り、ちょっとなまめかしくもあります。

201209yoshimizu14 収蔵庫には、時宗の祖、一遍上人や歴代の時宗の上人さまの木像など、貴重な寺宝が展示されています。裏山の墓地には、幕末の思想家、頼山陽のお墓もあります。ここに眠っておられることも知らなかったのですが、墓石の枯れ葉を取り除き、ペットボトルのお茶ですが、残暑の渇きを癒していただきました。

最後は、祇園さんの境内を抜け、祇園四条駅から帰途につきました。前から気になっていながら、なかなかお参りできなかったお寺などを巡って充実した散歩道でした。

それでも、知れば知るほど、京の町は奥深いです。

次回は、東寺と六孫王神社を歩きます。
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2012.09.21

三宅八幡宮の「絵馬資料館」

201209miyake02 この前の3連休は、「近くにありながら、今まで行けてなかったところを歩いてみよう。」
と、思いまして、京都市内をぶらついてみました。

まずは、15日の秋季大祭に合わせて、三宅八幡宮の絵馬資料館へ行ってきました。

叡電の三宅八幡駅で降りて、三宅橋を渡ると一の鳥居があり、参道をしばらく歩くと、やがて神社の境内に至ります。普段は静かな境内も、たくさんの屋台が並び、子供たちで賑わっています。

ちょうど、氏子町内を巡回してきたお御輿が戻ってくるところでした。

このお宮様は、子供の神様として知られ、昔から「子供のかん虫封じ」のご祈祷が行なわれています。

今も神前には、赤ちゃんのよだれ掛けがたくさん奉納されています。
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201209miyake03 本殿前広場に上がる石段の左手に、絵馬堂があります。ここに、幕末から昭和にかけて奉納された絵馬が掛かっていました。

いまは、京都市の有形民俗文化財に指定されて、一部を除いて、保管のため資料館に納められています。

絵柄は、「子供のかん虫封じ」を中心に「育児習俗」および「十三参り」などの成人儀礼に関連したものです。
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201209miyake04 特に目を引くのは、「かん虫封じのお礼参り」の参詣行列を描く絵馬です。

左の写真のように、行列に参加する人々のひとりひとりに付箋のように氏名が書き添えられているのが特徴です。

これは、奉納者の名簿であり、また現代の集合写真のアルバムのような役目を果たしていたのかもしれません。

家族あるいは親類や隣組といった数人の描かれたものから、最高では638人  が描き分けられたものもあります。

奉納者の住所も京都市内はもちろん、大阪や滋賀、奈良、兵庫などの近府県に及んでいます。たまたま、会場には、この絵馬を調査されたかたがおられ、一枚一枚、丁寧に説明していただきました。

なんと、名前の書かれた人の子孫をひとりひとり探して歩いて、記念品を渡したんだそうです
詳しくは、

上高野の自然と文化を学ぶ同史会」の公式ホームページの三宅八幡宮の「絵馬」のページをご覧下さい。非常に貴重な民俗学資料です。一度ご覧になることをお勧めします。
http://www.kamitakano-doshikai.com/tokusyu_pages/tokusyu06_ema.html

参拝・見学については、神社のHPへ↓
http://www.miyake-hachiman.com/
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(知恩院から将軍塚散策へ続く)
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2012.09.19

【叡電】秋の花シリーズ(2012)その2 秋めいて来た沿線

15日撮影の叡山線の様子の続きです。
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三宅八幡駅では、ムラサキシキブが色付き、ススキも揺れて秋の風情を出してました。
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駅の北側には、ピンクの芙蓉が咲いてました。まだ3時前後なので、朝は白くて夕方に赤くなる酔芙蓉ではなくて、もともとこんな色の品種なんでしょうね。

赤錆びた鉄柱とマッチしています。
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もう少し八瀬方へ歩くと、下鴨神社の御神田の稲穂がだいぶん垂れていました。
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案山子さんのお顔は、植木鉢でしょうか?
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9月23日は、ここを「鉄コン」電車と「ひだまりスケッチ号」のイラスト電車が走ります。

どこかですれ違ってくれると、よい被写体になるのですが・・・・・
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(三宅八幡宮の秋祭りに続く)
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2012.09.18

【叡電】秋の花シリーズ(2012)その1 夏と秋の同居する沿線

早や9月も半分が過ぎ、お彼岸の話題が聞かれる時期になってきました。

乗車率が散々に終わった「真夏」のシリーズを終え、今日から実りの秋のシリーズをお届けします。

まずは、15日撮影の叡山線の様子からです。
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12日から、23日に京都国際会館にて開催予定の「スルッとKANSAIバスまつり」のHMが、「加茂川マコトちゃん」のHMを下ろしたばかりのデオ732号に取り付けられたので、さっそく撮影に出ました。

バス祭りの詳細は、スルKANのHP参照↓
http://www.surutto.com/newsrelease/release/s120821.pdf

修学院車庫横の踏切へ行くと、いきなり732号がお出まし。でもまだ撮影体制に入ってなかったので、とっさに花の生垣と合わせて撮影しました。西洋アサガオと芙蓉、真夏と初秋の花が並んでフレームに入ってくれました。まだあさ9時台なので、アサガオも元気です。
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戻りは、一乗寺公園脇の踏切から。
まだまだ木陰がうれしいです。もうしばらくするとこの木陰の下には真っ赤になヒガンバナが咲くとはずです。
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午後からは、三宅八幡宮の秋祭りの見物を兼ねて、叡山線で撮影を続けました。宝ヶ池~三宅八幡間でも、ヒマワリとコスモスが同時に咲いて、夏と秋が同居です。
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三宅八幡駅の構内には、ニラの花にタテハチョウが止まってました。うしろを電車が通っても逃げません。甘い誘惑には勝てないんでしょうね
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ニラの花って真夏から初秋にかけて咲くんですね。知りませんでした。ちなみに花言葉は、「多幸 ・ 星への願い」だそうです。花の形をみるとそんな感じします。
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(続く)
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2012.09.17

【JR西・近鉄・京阪】宇治・伏見でみた電車

宇治の散策は、世界遺産の見て歩きがメインですが、もちろん(笑)電車も、目に付く都度写してます。
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宇治川の中の島からみた宇治橋と宇治川鉄橋。近接してるので遠くから見ると、電車と自動車が同じ橋を一緒に渡っているように見えます
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Uji11
大吉山の山頂展望台からみた宇治橋と宇治川鉄橋。

夏場は、樹木が茂って下回りを隠すので、冬場の方がすっきりした写真が撮れるかも?
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鉄橋の左岸には、ユニチカの宇治工場が広がっています。かつては宇治駅から工場へ専用線が延びていました。
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Uji13
さらに遠景を入れると巨椋池干拓地に京滋バイパスの高架がはしり西山が続いています。
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帰りは、JR奈良線を使いましたが、桃山駅の鄙びた(失礼)が気に入ったので途中下車しました。

モノクロのほうが、木造のホーム屋根や柱に似合いますね。103系も規格形の駅舎だけでなく意外とローカル線の駅にもマッチするようです。
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石組みの基礎と木造の柱は、明治の奈良鉄道時代まで遡る代物かもしれません。スレートの屋根も昔は板葺だったのかも。ホームのブロックで嵩上げされた部分は電化時に改築されたのでしょう。

歴史の古い駅ではよくみられる構造です。
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こんな記念碑がありました。

タブレット時代のこともうっすら覚えてます。京都駅にも奈良線ホームの木津方の端に事務室があって、通票閉塞器が置いてありました。DE10に引かれた貨物列車が着くと、助役さんが線路を渡ってタブレットを受け取ってました。

東福寺駅は京阪の上り線と共用ホームになってて、京阪の助役さんが国鉄の列車の発車も見送ってました。舗装されていない赤茶けたホームが印象に残ってます。

ここ桃山駅には、貨物ホームもあって伏見の清酒がタンクや瓶詰めで発送されてました。今は貨物駅のところはマンションになってます。

宇治駅の貨物ヤードは結構広くて、先端に止まっている機関車にタブレットを渡すために、助役さんが自転車で構内を走っているのを見たことがあります。腕木信号機も何本も立ってたように思います。
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夏草をかき分けるように発車していく103系。電車も背景もグリーン一色なので、回りだけ色を抜いてみました。

この駅は丘陵地にあるとはいえ、非常に静かで京都市内とは思えに無い、雰囲気の駅です。
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桃山丘陵を下りて、京阪観月橋から中書島へ歩きました。途中、宇治川派流運河を渡る近鉄線の下をくぐります。ちょうど京都市交の地下鉄電車が通り過ぎました。
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もうすこし線路に近づいたところで、ビスタカーと8000系のすれ違い風景が撮れました。
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近鉄線は、京阪宇治線を越えて、澱川鉄橋で宇治川を渡ります。うまくすると両線の上下の出会い風景が撮れるかも? 涼しくなったら一度挑戦してみます。
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2012.09.16

【叡電】真夏の花シリーズ(2012)その3 秋の訪れ

まだまだ昼間は暑いですが、朝夕はだいぶん涼しくなってきました。また気温とは関係なく、お日様の運行時間も段々と短くなり、秋の訪れを感じさせます。

さて、今年の真夏の「花とえーでん」の撮影は、一部のHM電車の運行などを除いては非常に低調な結果に終わりました。

やはり猛暑と撮影好適地の減少が響いているようです。

実りの秋に成果のあることを期待して、このシリーズは運転終了といたします。ご愛読ありがとうございました。
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稲穂の垂れ下がりはじめた、修学院~宝ヶ池間  2012.09.09

次回から、「秋の花とえーでん」シリーズをお送りします。コスモス、稲穂、ヒガンバナ、ススキ、菊、えーでん祭り、秋の臨時列車(火祭り、イベントなど)をお届け出来ればなぁと思います。運転は当面、敬老の日の3連休から、勤労感謝の日の3連休頃までを考えてます。

第1号は、夏から秋へ移り変わり行く、3連休の釣り物をお届けします。
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2012.09.15

宇治へ行って来ました。(その4)宇治上神社から早蕨の道を歩く

先日の集中豪雨で亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被害に合われました方へ心からお見舞い申し上げます。

宇治の散策の最後は、宇治上神社から早蕨の道を通って、黄檗駅まで歩きます。
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宇治上神社の境内では、「清めの砂」の山を作ってました。毎日整備するんでしょうけど、けっこう大変なのかな?
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この神社のお使いはうさぎです。祭神の菟道稚郎子(うぢのわきいらつこ)がこの地に宮殿を構えられた時に、うさぎが道案内したとされる古事にちなみます。

右のうさぎの口から出てくるのは、桐原水と呼ばれる名水です。
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**これもうさぎ?

**黒い鵜の鳥と白い鷺の鳥で

**ウサギ

 

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神社をでて、背後の大吉山に上ります。ゆるいハイキングコースが続いています。
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山頂近くの展望台からは、平等院・宇治橋が見下ろせ、遠くは大阪市内の高層ビルも見通せます。天気の良い日は大阪南港のコスモタワーまで見えるんだとか。
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もときた道を下って、さわらびの道を三室戸寺の方に向かいます。ここは前に源氏物語宇治十帖のスタンプラリーで歩いたことがあります。そのときの記事は、
↓のアドレスへ
http://nakkacho.cocolog-nifty.com/main/2006/11/post_7191.html 
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しばらくは、古民家の残る旧街道らしい風情の道を歩きますが、京滋バイパスの陸橋を渡ると急に進行住宅地になってちょっと興ざめ

電車の窓から見えた茶畑で最後の一枚を撮影して、JR黄檗駅から帰路につきました。
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(宇治・伏見の電車に続く)
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2012.09.13

上賀茂神社社家 梅辻家住宅を拝見

烏相撲の神事を見た後、社家町にある梅辻家住宅の特別公開に回りました。
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この梅辻家は、明神川のせせらぎを石橋で渡って入って行く、よくイメージされる社家のお家のところからもう少し東へ行ったところにあります。

このお家は、子供の頃から見慣れているのですが、失礼ながら神職さんのお家の重要な遺構とは知りませんでした。上賀茂村の庄屋さんの家かと思ってました

まず、この門構えは「長屋門」という形式で、武家や苗字帯刀を許された庄屋・神官などにだけ許された格式のある門だそうです。
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門を入ると外庭があります。石畳の奥には、式台といって高貴な方を迎える表玄関があります。

式台の左手の竹垣の後ろには勝手口にあたる大戸口(内玄関)があります。この玄関は柱が鳥居形に組まれているのがいかにも神職のお家ですね。勝手口の横には、お供の方が待っている腰掛があります。ただし露天で夏冬や雨の日は大変だったでしょうねぇ

玄関の右手の白壁の切妻屋根が母屋、手前の引き戸の内側は内庭で書院につながっています。
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建物の内部は、撮影禁止なので、入場券の写真で説明します。これは書院の内部です。もとは御所の御学問所を移築したといわれています。天井も柱も鴨居も黒く塗られた黒書院造です。皇族の居間は一般に黒く塗られていたのだそうです。

手前の屏風は源氏物語扇面貼付屏風、欄間の書は三条実美の筆になるものです。奥の屏風は花鳥図でしょう。

他にも、契沖の書、江戸城の見取り図、秀吉の書状(戦勝祈願への礼状)などが展示してありました。

お庭に面した窓の釘隠しには菊の御紋も残ってます。あと変わったところでは、御印殿収蔵庫とよぶ、上賀茂神社の実印を持ち帰って保管する金庫のような箱が庭の中門の内側に残っています。
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なお、常時公開されている社家に、西村家住宅があります。小川を渡って入っていくお庭は、テレビや雑誌でも良く紹介されるので、ご存知方も多いと思います。
例年3月15日~12月8日(冬季は休止) 9:30~16:30 有料
tel. 075-781-0666

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(次回は宇治の散策に戻ります)
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2012.09.11

上賀茂神社の烏相撲を見てきました。

201209kamigamo01 9月9日は、重陽の節句、陽数(奇数)の一番大きな数である「九」が重なるめでたい日とされています。

この日に上賀茂神社では、重陽神事(神前に菊の花を供えて無病息災を祈る)に続いて、烏相撲の行事が行なわれます。

今年は日曜になったので、はじめて見学してきました。宇治のレポートが終わってませんが、割り込みでこちらをお届け。
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201209kamigamo02 10時から神事が1時間弱続いたあと、11時から子供力士が神職に導かれて土俵に入ってきました。

この取り組みでは、西方を禰宜方(ねぎかた)-写真では手前、東方を祝方(はふりかた)-向う側-と呼びます。
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201209kamigamo03 最初に、神主さんが参列者一同をお祓いした後、土俵を清める神事を行ないます。
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201209kamigamo04 棒のようなもので、地面を引っかくような所作をします。

おそらく、土地の神様になにかを伝えるのでしょうね。
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201209kamigamo05 続いて、今日の取組み表を読み上げます。
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201209kamigamo06 取組み表を、斎王代に渡します。
高貴な方(の代理)へ直接手渡しするのは失礼なので、紙はさみのようなものに挟んで渡します。

ちなみに、今年の第57代の斎王代は、呉服店「ゑり善」社長のご令嬢だそうです。

呉服屋のお嬢さんなら、こんな十二単を着て長い時間座りっぱなしのお勤めも、あまり苦にならないのかも
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201209kamigamo07 手紙を開封される斎王代。
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201209kamigamo08 取組み表を読まれる斎王代。
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201209kamigamo09 そして、烏相撲の由来となっている、「烏跳び」・「烏鳴き」の神事です。

禰宜方、祝方の両方から、刀禰(とね)が幄舎(あくしゃ-テントのような小屋)から、横跳び(これを烏跳びといいます)に出てきて、弓・矢・太刀・円座(ワラで編んだ座布団)などを運んでいきます。
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201209kamigamo10 運んできたものを、立砂(円錐形に盛り上げた砂で、ここに神様が天上から降臨されます)の前に立てかけます。

最後に、円座に座って、「カーカーカー」(禰宜方)、「コーコーコー」(祝方)とカラスの泣き真似をします。
非常にユニークなお祭りです

今は、カラスといえぱ、腹黒い悪魔の鳥のイメージが強いですが、古代は、八咫烏(やたがらす)の神話にあるように神聖な鳥と見られていたのでしょうね。

神社の説明によれば、「祭神の賀茂別雷命(かもわけいかづちのみこと)の祖父の賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)が神武天皇の東征のときに、八咫烏に変身し、天皇の弓先に止まって先導したという故事に基づく。」のだそうです。
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201209kamigamo22 肝心のちびっ子力士たちは、昨晩は、遅くまでリハーサルがあり、おそらく今朝も早く起こされて、延々と訳のわからない神事に付き合わされて、しかも炎天下に、裸で座らされてちょっとお疲れ
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201209kamigamo11 やっと、出番が来たと思ったら、今度は熱い砂の上をはだしで行列して、立砂の回りを三度回らないといけません。

この所作も、神様に土俵入りを見てもらい、神様から力を授かるといういわれがあるのでしょうね。
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201209kamigamo12 取組みの前に、いったん土俵を整備して、

いざ、初取組み。呼び出しで土俵に進み、礼。
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201209kamigamo13 見合って、見合ってぇ!
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201209kamigamo14 はっけよい、のこったのこったぁ!!
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201209kamigamo15 勝負あったぁ!!
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201209kamigamo16 女の童(めのわらわ)を従えて観戦される斎王代。

さすがに、身を乗り出したり拍手されたりすることはありませんが、勝負が付くと勝者の方へ笑顔を向けておられました。
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201209kamigamo17 勝負は、1回勝負の一回戦と3人勝ち抜きの二回戦の二度行なわれました。

最後に、斎王代を真ん中に記念撮影。
勝った子も、負けた子も、よく頑張りました。

この子供たちは、地元の氏子のお子さんだそうです。上賀茂地区の小学校では、葵の苗を育てたり、神社の行事に参加したりして、伝統行事を守る取組みを積極的に行なっていると聞きます。

この子供たちが大人になって、神事を引き継いで行ってくれるのでしょうね。
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201209kamigamo18 近くの幼稚園の子供たちも、斎王代さんとふれあいます。

緊張がとけてお姫様の顔にもリラックスした表情が
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201209kamigamo19 神事の後に、神前に供えられた菊の花を浮かべた菊酒をいただきました。

ほんのり苦い菊花の味がしました。
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201209kamigamo23 甘党の方のお土産は、こちら。

神馬堂(じんばどう)のやきもち。

門前には、二軒やきもちを売るお店があるけど、やっぱり老舗の味はこちら。

あさ9時に神社に着いてすぐに買いました。昼過ぎに神事が終わってからお店を見るともう売り切れで掃除してました(^^ゞ

この日は特別かもしれないけど、早めの購入をお勧めします。ちなみに通販は不可。日持ちは当日限り。1個120円です。
Te075-781-1377
営業時間7:00~16:00 (売切れ次第終了)
* (上賀茂社家 梅辻家住宅へ続く)
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2012.09.09

宇治へ行って来ました。(その3)興聖寺から宇治上神社へ

先日の集中豪雨で亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被害に合われました方へ心からお見舞い申し上げます。

宇治の散策は、平等院をでて、宇治川の右岸へと進みます。
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橋を渡ったところに、恵心院があります。このお寺は恵心僧都源信のゆかりのお寺です。

恵心僧都は、源氏物語の宇治十帖に出てくる、宇治川に身投げした浮舟を助ける横川の僧都のモデルとされています。比叡山の恵心堂に行くと、そこにも源氏物語の碑が立っています。

ここは、「花の寺」とも呼ばれ、本堂は拝観できませんが境内は四季の花が咲き、植物公園のような庭園もあります。今の時期は残暑の季節であまり見ものはありませんでしたが、ノウゼンカヅラとサルスベリが暑さに負けず(笑)原色の花を咲かしてました。
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宇治発電所の放水路を渡って、興聖寺の門前にきました。ここからお寺に上がる参道は琴坂と呼ばれて紅葉の名所ですが、やはりこの前の集中豪雨で被害を受けて復旧工事中でした。
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琴坂の途中にある、五重塔。岩山を切り開いて参道を付けた切通の岩の上に立っています。
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琴坂から竜宮城のような(木の枝で上部が隠れてますが)山門を見たところです。もみじのトンネルになっています。この付近は整備が終わっているようですが、ここから下では多くの作業員の方が出て、溝にたまった土砂をスコップで取り除いていました。またお坊さん方も、倒れた木の片付けをされてました。みなさん暑い中ご苦労様です。
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法堂(本堂)前からみた内庭の様子です。

最近、パノラマ写真を画像ソフトで作ることを覚えて、というか家のPCを最新型に更新したので可能になったので、広々とした景色をみると何枚か分割写真を撮っておいて、あとで一枚に合成して遊んでます

あまり広い画角で撮影できないコンデジでも、合体すれば、それなりの風景写真を作れて便利ですね。*
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合体といえば、こちらは、三面大黒天様。

大黒天(招福、金運の神)、毘沙門天(財宝、戦勝の神。四天王では多聞天という)、弁財天(芸能、学術、商売の神)が合体した最強の天部なのだそうです。

お祈りすれば、ご利益間違いなし!!
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遊歩道は、さらに天ヶ瀬ダムに向かって伸びてますが、通行止になってるので引き返します。ふたたび朝霧橋のところから山手に入ると宇治神社です。

祭神は、菟道稚郎子命(うじのわきいらつこ)で、この先の宇治上神社に対して下社とか若宮とか呼ばれたそうです。
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宇治神社をでて、すぐに宇治上神社の鳥居があります。世界文化遺産を示すでっかい石碑が立ってます。
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(宇治上神社から早蕨の道を黄檗駅へに続く)
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2012.09.07

宇治へ行って来ました。(その2)平等院鳳凰堂(続き)

先日の集中豪雨で亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被害に合われました方へ心からお見舞い申し上げます。

宇治の散策は、平等院の鳳凰堂の外観につづいて境内を巡拝します。
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正門を入って、すぐ左手に扇の芝とよばれる広場があります。ここは、平家追討の兵を揚げた源三位頼政が、平知盛の軍に破れ、自刃したところと伝えられています。

宇治は古来交通の要衝として、なんども兵火に見舞われていますが、この鳳凰堂が焼け残ったのは奇跡的といえるでしょうね。
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源頼政のお墓です。

埋木の花咲くこともなかりしにみのなるはてぞかなしかりける

(力を発揮しないままに、朽ち果てて行く事は心残りがして、くやしいことだ。)
との、無念の辞世の歌をのこして世をさりました。享年77歳。 合掌
(平家物語 第四巻 「宮御最後」より)

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頼政のお墓のそばには、萩が秋の訪れを告げていました。紅白の花が源平の軍旗に重なって見えました。
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いよいよ時間となって、鳳凰堂の内部へ入ります。平らな橋、小さな中の島、反り橋と渡ってお堂に向かうのも、平安時代の様式そのままなのだそうです。ちょっとお公家様の気分です(^^ゞ

ここでも、職員さんによるガイドがあります。
中央の阿弥陀堂は、10m四方くらいのちいさいお堂です。その真ん中に高さ280cmの大きな阿弥陀さまがお座りになり、まわりの壁を雲中供養菩薩像を取り囲んでいます。仏様は、木像漆塗りで金箔が貼られています。

剥落して何が描かれているのかわからなくなっていますが、内壁や柱には極彩色の阿弥陀来迎図や宝相華(唐草文様)が薄っすらと残っています。

おそらく創建当時は、目も眩むばかりのこの世の極楽であったのでしょうね。

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あっという間に、15分間の説明時間が終わり、全体をもう一度見回してお堂を退出しました。

そのあとは、ミュージアム鳳翔館に入ります。ここには、鳳凰堂の阿弥陀様と飛天の一部を除く、国宝や重文をはじめとする寺宝が展示してあります。

まず目に付くのが、日本三銘鐘のひとつに数えられる梵鐘です。鳳凰や天女の姿が鋳だされています。

次に、雲中供養菩薩と鳳凰。お堂の屋根の鳥はレプリカで、本物はここに納められています。目の高さでみる鳳凰は高さが1mほどでなかなか迫力があります。

空飛ぶ菩薩さまに僧形の像があるのは知りませんでした。みな天女のような姿かと思ってました。新たな発見です(^^)

最後は、復元された鳳凰堂の内部の様子。先ほど見てきた本物は、長年の劣化がいちじるしいですが、こちらは極彩色で再現されています。来迎図も九品にしたがって、最上級から並等まで描き分けられているのが面白いですね(^_^;)
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たっぷり2時間かけて隅々まで見て回って、満足して平等院を後にしました。

宇治川沿いの遊歩道には、源氏物語宇治十帖の灯籠が並べてあります。
まだ10時半頃で時間が早いせいか、暑いためか、遊歩道を歩く人はあまりいません。

夕方以降、灯の入った頃に川風に吹かれながら散策すると涼味満点なんでしょうけどね
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橘橋を渡って中の島へ渡り、宇治橋の見える下流側の先端で、しばらく休憩しました。

この朱塗りの橋は、朝霧橋と呼ばれます。

朝ぼらけ宇治の川霧たえだえに あらはれわたる瀬々の網代木
                                                       (千載集 冬 419)

有名な百人一首64番の権中納言定頼の歌から取られたのでしょうね。この歌は、百人一首の中でなかでも一番好きな歌です。

残念ながら、歌枕を訪れても、一番最初の宇治橋のところでも書きましたが、残暑がきびしくてとても優雅な歌合せの世界に浸ってる気分にはなれませんでした 



宇治川の右岸へ進みます。
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(興聖寺・宇治上神社へ続く)
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2012.09.05

宇治へ行って来ました。(その1)平等院鳳凰堂

先日の集中豪雨で亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被害に合われました方へ心からお見舞い申し上げます。

宇治の平等院鳳凰堂が9月3日から一年半に渡って、修理のため拝観停止になるので、駆け込みで拝観に行って来ました。
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鳳凰堂の拝観は、「20分毎に1回50人限り。早く行かないと整理券が無くなるかも?」、と聞いたので7時過ぎに家を出て、8時20分に、京阪宇治駅に着きました。

朝日を浴びる宇治橋と宇治川です。先日の水害の余波はすでに収まったようで、水量も普通の状態に戻っているように見えました。
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橋のたもとの紫式部さんも、朝日を背中から浴びてます。今日も一日残暑が続きそうです。

朝の宇治橋を渡るのは、学生さんやお勤めの人、それに地元の散歩の方ばかりでまだ観光客の姿はほとんど見えません。
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参道の土産物屋街も、まだシャッターを下ろしているか仕込み・掃除中ばかり(^^ゞ

2・3分歩くとお寺の入り口です。咲き残った一輪のハスの花が出迎えてくれました。
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開門は、8時半からですが、すでに数人がお待ち。5分前に窓口が開いて職員さんが説明してくれます。

「鳳凰堂は、9時半からの公開となります。9時10から整理券を発売しますが、1回50人づつなので、定員オーバーの場合は、9時50分からとなります。しばらく間があるので、庭園やミュージアムを見ててください。」
とのこと。

この方、ときどきジョークを交えたりして結構案内がうまいです。毎日毎日おんなじこと喋ってりゃ、ガイドのプロにはなるでしょうけどね(笑)
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8時半に入門して、しばらく朝日を浴びる鳳凰堂をみたりして時間をつぶし、9時前からふたたび並んで無事に、本日一番の組の拝観券をゲットしてひと安心。
時間まで境内を見て回ります。
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パノラマ撮影で写した、鳳凰堂の全景。

まだお堂には人影は無く、お庭も閑散としてて、ゆっくりじっくり写真が撮れます。電車の撮影では、一番電車で出かけることは良くあるのですが、お寺や神社に一番乗りして記念撮影するのは滅多にありません。でも「観光地でキレイな写真が撮りたければ、人の少ない朝一番に。」のアドバイスは、本当ですね。
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ご本尊阿弥陀如来さま

この後、お堂に入ってまぢかから拝ませていただきます。
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お堂前の阿字池。発掘調査により平安の創建当時の様子に復元されています。水際の州浜が美しい曲線を描いてます。
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南東側のスイレン池から見た、浮き上がっているような優美なお堂です。

北東あるいは正面(真東)からみた荘厳な雰囲気とは、また違って見えます。

今度は、夕焼けに染まるところを見てみたいですが、しばらくすると足場で覆われるでしょうから、1年半先までお預けのようですね。
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(諸堂を経て鳳凰堂参拝へ)
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2012.09.03

大出雲展に行って来ました。

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京博で開催中(9日まで)の「大出雲展」を見てきました。

神話時代から明治時代まで、出雲地方という限られたセクションの非常に長い歴史を一堂に集めるという、意欲的な、(カゲグチではまとまりの無い)展示会でした。

いろいろと展示されていますが、気になったのは、まず「子持ち土器」
チョット説明しにくいのですけど、普通の甕や花瓶のような土器の口の周りに、5個くらいお猪口のような土器がくっ付いた変わった形の土器です。

写真は、文化庁の文化遺産オンラインを見て下さい。
http://bunka.nii.ac.jp/SearchDetail.do?heritageId=135414

説明書きに「はそう」とありましたが、またこの専門用語がわからない
帰って調べると、用途はラッパのような吹奏楽器?だそうです。


それから、摩多羅神(またらじん)像。神像はたくさん展示してましたけど、この摩多羅神は、太秦広隆寺の奇祭「牛祭」のヒーロー として登場するので、気になりました。

太秦広隆寺は、渡来系氏族の秦氏の氏神様。朝鮮との往復に出雲を通ったでしょうから、その関係で出雲の神様も、京都へいらっしゃったのでしょうかねぇ?

写真は、島根県立古代出雲歴史博物館の記事を見てください。
http://www.izm.ed.jp/cms/news.php?mode=yoyakuadd&id=582

そして、荒神谷遺跡・加茂谷遺跡出土の銅鐸・銅矛・銅剣の数々。
やっぱ、こんだけゴロゴロ・ザクザクとでてくると出雲の国は単なる神話の世界ではなくて、武力・政治力をそなえた現実の王国であったと実感できます。

写真は、やはり出雲博物館へ
http://www.izm.ed.jp/db/osusume.php
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伝説の巨大神殿の復元模型
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しかしデカイ!!!
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圧巻は、この古代の出雲大社の模型と、宇豆柱(うづばしら)ですね。
模型の大きさは、1/10だそうですけど、それでもかなりの存在感があります。街角の地蔵堂よりはるかに大きいです。

杉の大木3本を1組にし、直径が約3m もある大柱が地中に埋まっていたんですよ。模型の神殿は、ただの空想ではなく、現実に聳え立っていたのは、違いないでしょう。

出雲地方は、最近行けてないです。また出雲大社をみて、出雲そばを食べに行きたくなりました。
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(宇治の散策に続く)
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2012.09.01

【近鉄・京都市交】夏休み撮影会(その3) 上鳥羽口駅、竹田駅

とうとう夏も終わって、9月になりました。

夏休み「関西撮影会」の最後は、近鉄上鳥羽口駅と地下鉄竹田です。
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宇治橋を後にして、「帰りにすこし京阪宇治線も撮ろう」と、黄檗駅で下車してみましたが、あまりよいポイントが見つけられず、そのまま丹波橋まで移動しました。

ここで、もうすこし旧3000系を撮ってから、近鉄丹波橋駅に移動。ちょうど22000系ACEがやってきました。京阪の8連を見慣れると、4両の特急は短い感じがしますね。
*
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上鳥羽口駅に着いて、まずやってきたのが12400系サニーカーの橿原神宮前(吉野連絡)の特急です。

この車もすでに車齢30年を越えてますが、何度かリニューアル工事を受けて、京都線ではまだまだ主力で頑張っています。ただ春から近鉄全線にわたって減量ダイヤが実施され、京都・橿原線の特急も減便されています。今後の見通しは、あまり明るくないのかもしれません。
*
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ダイヤ上、この駅と次の十条駅の間で特急どうしのすれ違いが良く見られます。

30000系ビスタカーと12200系新スナックカーの出会い風景。
個人的には、一番見慣れた近鉄らしい2車種と感じます。
*
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次の特急は、上の30000系、ビスタEXの戻りです。

もうすこし左によって、ご自慢のダブルデッキがはっきり写る構図にすれば良かったです。

左手後方に隣の十条駅を通過する伊勢志摩ライナーが見えています。
*
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最後は、伊勢志摩ライナーの奈良行きでした。

最初は、この一本後と思ってたので、時間を節約できました(^^ゞ
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帰り道は、地下鉄烏丸線で四条へ出ることにしました。

上鳥羽口へ行く途中に丹波橋でみかけた1111Fのゾロ目編成がそろそろ新田辺から戻ってくる頃と待ち構えていると、ドンピャでやってきて、地下へ潜っていきました。
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続いて、額縁の1107Fと近鉄3207Fの末尾七番のラッキーセブン編成が並びました(^^)v

出来ればアンパンマンのラッピング電車も見たかったのですが、これには出会えませんでした(^^ゞ
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「夕食は、鴨川べりで」ということで、四条から夕暮れの錦小路・新京極・木屋町・先斗町とそぞろ歩いて、木屋町三条のがんこ寿司に入りました。

ここは、リーズナブルなお値段でそれなりの京料理を頂けるので、よく利用しています。

出来れば、川床へでもご招待したいところですが、盆休みの予約は数ヶ月前から埋まっているとも云いますし、仮に席があってもご予算が (笑)

最後になりましたが、一日お付き合いくださいました。フナさん、やぶおさんにお礼申し上げます。また京都へお出で下さい。

東海・首都圏方面も、機会があれば寄せていただきますね。
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