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2012.09.22

円山公園周辺を歩く

連休2日目は、東山の円山公園界隈を歩いてきました。

京阪を三条で降りて、繩手通りを南へ。新橋通りを曲がると祇園新橋のお茶屋さん街です。まだ日は高いの201209yoshimizu01 で、舞妓さんも芸子さんも歩いてませんが、祇園甲部の秋の温習会の赤い提灯が下げられてて、いい雰囲気。

古門前の骨董屋街をぬけて、東山通りにでます。まっすぐ行くと知恩院さんの境内に入りますが、「京都文化祭典KAF2012」の旗に誘われて、古川町のアーケード街に寄り道します。日曜日なので閉まっているお店が多いです。旧東海道のところで再び粟田口の方に回ります。この界隈は昭和の面影を残すお店が多く、低料金で長期滞在もOKなゲストハウスも見られます。

白川にでたところでまた川に沿って逆戻り、この川沿いの道は非常に雰囲気が良いのですが抜け道になっていて狭いのに、車どおりが多いです。景色に見とれてぼぉ~と歩いていると交通事故に遭いそうです(笑)

201209yoshimizu05 白川には、テレビドラマでもおなじみの一本橋(行者橋)が架かっています。橋のたもとに案内板があって、「比叡山の阿闍梨修行で千日回峰行を終えた行者が粟田口の元三大師に報告した後、京の町に入るときに最初に渡る橋で、行者橋、阿闍梨橋とも言われる。江戸時代には、この橋を粟田祭の剣鉾が差して渡る『曲渡り(曲差し)』が呼び物であった。」と、書かれています。このか細い石橋にこんな由来があるのは知りませんでした。

こんどこそ、知恩院さんの境内に入ります。参道をあがって行くと、巨大な三門が見えてきます。その三門に覆いかぶさるように東山が連なっています。お寺の裏山を華頂山といい、知恩院の山号にもなっています。左手が粟田山、右手が円山です。

三門をくぐって境内に入ると、御影堂が大修理のため足場で覆われています。参拝順路も阿弥陀堂から入って、鶯張りの廊下を通り、集会堂を改築した仮の御影堂で法然さまを拝んで、新玄関から退出するようになっています。有名な左甚五郎の忘れ傘も見えなくなっていました。

国宝の大鐘楼に登ります。こちらも撞木に足場が組まれて動かないようにしてあります。誰かが勝手に鐘を鳴らすのを防ぐためなのでしようか?

ここから華頂山の山頂の将軍塚へ登るハイキングコースがあります。15~20分で登れるようなので、上がってみることにしました。すこし登ると「円山聖天堂」と書かれた歓喜天を奉ったお堂があります。ここまでは石段ですがここから本格的な(?)山道になります。京都一周トレイル東山コースの一部なので、それなりに散策するひとも多く、自然観察路を兼ねているのか、途中の樹木や岩石には名札が付いてます。家族連れで、植物図鑑片手に歩くのも良さそうですね。

華頂山全体が、青蓮院か知恩院の境内となってるのか要所に石を積み上げた塚のようなものがあって、お地蔵様がお奉りしてあります。ひと汗書いたところで山頂に着きました。所要時間は15分、標高216mだそうです。

ここには、青蓮院門跡の飛び地別院の大日堂が建っています。お堂の中には、石造の大日如来さまが奉られ201209syogun_zuka06 ています。露天にあった時期が長いのか、磨耗が激しくてお顔が良くわかりません(^^) 車で登ってくるひとは、たいがいは駐車場の展望台に行って、ここまで回ってくるひとは少ないです。わたしもその口ばかりなので、今回はお庭に入ってみることにしました。

入ってびっくり(@_@;) 山のてっぺんが整地されて、回遊式の庭園になっているのです。なんと3000坪、学校のグラウンドくらいの広さはあります。中には、展望台が2つ、枯山水の石庭や築山もあります。そして庭の奥のほうに、将軍塚があります。ここが華頂山の頂上です。

将軍塚というのは、「桓武天皇が平安京を作られたとき、都を護るために、高さ2.5mの巨大な武人像を作り、それに武装させて山頂に埋められた。」という言い伝えから来ています。また、国家に異変のあるときは、この塚が鳴動するとも伝えられます。現代の情けない政治情勢では、地下の武人像は阿保らしくて、揺り動く気にもならなさそうですね(^^♪

展望台は、当然ながら京都市内の眺めがよいです。お寺の方の話では、特に夜景がきれいで、デートスポットのひとつなんだそうです。今年は、10月27日(土)~12月9日(日)に夜間ライトアップ(17:00~21:30)があるとのこと。照明に輝く紅葉はキレイそうですね。

将軍塚をでて、今度は粟田山へ向かいます。しばらくはゆるやかな尾根道が続き、粟田山の山頂とおぼしきところから急に下り坂になります。すこし下ったところで、山中に突然フェンスが現れます。「あれあれ?」と思ってると、都ホテルの散策路が通っているのでした。今は通行止めになってますが、以前はホテルの方へ下る道も有ったみたいです。

201209syogun_zuka08 麓近くまで降りてくると、尊勝院(元三大師堂)にでます。ここが最初のほうに書いた行者橋の説明板にでてくるお寺みたいです。いまは粟田山の中腹にありますが、その昔は三条白川の付近にあったのだそうです。

元三大師は、おみくじを初めて作ったお坊様として有名で、厄除けの「角大師」や「豆大師」のお札でも知られています。比叡山横川の元三大師堂へ行くと、神託を伺う人が列をなしています。このお寺でもおみくじを引いて、神託を聞くことが出来ます。

粟田口の旧東海道のところに降りてきました。すぐ横は青蓮院の門前です。天然記念物に指定された巨大クスノキが、四方に枝を伸ばしています。山頂での休憩も含めて、ちょうど1時間ほどで再び、知恩院前に戻ってきました。

ちょっと休憩して、今度は、南門をくぐって円山公園に入ります。入ってすぐに有名な「いもぼう」を食べさせる平野屋さんがあります。海老芋(里芋の一種)と棒鱈を一緒に煮ただけの素朴な料理なんですけど、なかなか家庭で作るのは大変です。イモの皮むきやかちかちの干物の棒だらを戻したりするのは面倒ですし、それでいてなかなか美味しく煮上がりません(笑) やはり300年の伝統にはかないませんね。

公園の奥の方にどんどん上がっていくと、料亭やお寺が散在する真葛ケ原と呼ばれる清閑なところにでます。ここに安養寺というお寺があります。このお寺は法然上人が三十数年間、称名念仏を続けられた吉水草庵の跡とされています。親鸞聖人もここ吉水で法然上人に弟子入りされており、浄土宗、浄土真宗の発祥の地とされています。

安養寺を出て、南側に階段を少し降りると、弁天堂があります。急いで歩いていると見逃しそうな小さなお堂です。このお堂の横手に湧く清水が「吉水」です。古くから知恩院のある一帯を吉水と呼びますが、この清水が由来とは知りませんでした。

201209yoshimizu10 さらにお堂の裏に回ると、慈鎮和尚宝塔(重要文化財)がひっそりと立っています。鎌倉時代の逸品です。慈鎮和尚とは、慈円大僧正のことです。慈円の供養塔がここにあるのは、慈円が青蓮院の住職を務めて、吉水僧正と呼ばれていたのと、その昔はこの円山公園から知恩院の一帯も含めて、青蓮院の寺域だったからでしょう。

慈円は自著「愚管抄」で法然の専修念仏の教えを批判していますが、意外にもその迫害には保護者の立場に回っています。まあ法然は比叡山で修業したいわば仲間内ですし、親鸞は、慈円によって青蓮院で得度してますから、直弟子のひとりですものね。

弁天堂をでてまた坂道を下っていくと、長楽寺です。このお寺もなぜかご縁が無くて、今回が初めてのお参りになります。ここは建礼門院徳子のゆかりの寺として有名です。壇ノ浦から連れ戻された徳子は、この寺で髪を下ろして尼になります。その際に仏様に差し上げる布施として、安徳天皇の遺品である御衣を差し出し、それを幡に仕立てたものが、寺宝として伝わっています。拝観所にある女院の木造は、御影図が古くなって剥落も激しくなってきたので、それをもとに彫られたものです。可愛らしいお顔をされていますが、29歳の女盛り、ちょっとなまめかしくもあります。

201209yoshimizu14 収蔵庫には、時宗の祖、一遍上人や歴代の時宗の上人さまの木像など、貴重な寺宝が展示されています。裏山の墓地には、幕末の思想家、頼山陽のお墓もあります。ここに眠っておられることも知らなかったのですが、墓石の枯れ葉を取り除き、ペットボトルのお茶ですが、残暑の渇きを癒していただきました。

最後は、祇園さんの境内を抜け、祇園四条駅から帰途につきました。前から気になっていながら、なかなかお参りできなかったお寺などを巡って充実した散歩道でした。

それでも、知れば知るほど、京の町は奥深いです。

次回は、東寺と六孫王神社を歩きます。
*
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コメント

 京都にいたときには、四条河原町のあたりには、よく行きましたが、八坂神社の奥の方へ入ることは、すくなかったように思います。祇園甲部にも、通ったとは思いますが、意味がよくわかっていなかったと思います。次の機会に歩きたいと思います。豊橋の高師緑地では、ハトは、ふんを出すので、害鳥扱い(エサをあげている人もいますが)なのに、昨年末、円山公園にいったときには、ハトは平和の象徴で、公園の真ん中に像があり、ハトのえさまで売っていて、その扱いの違いを感じました。(京都のはとは、幸せですね)

>> としちんさんへ

円山公園を散歩する人は、たいがい坂本龍馬と中岡慎太郎の銅像の辺りから
東大谷さんへ回るコースを取って、その奥へ足を進める人は少ないですね。
日が暮れてからは、カップルと呑み助の天国ですが(笑)

記事には書きませんでしたが、私もお菓子をもっていって、ハトと池の鯉に
やりました。カラスがすぐ横取りするので 追い払うのが大変でした。

舞妓さんのお座敷芸は、ある程度の年齢にならないと、逆に面白くない
かもしれませんね 単に若い子と遊ぶだけなら他にお店もありますし・・・・・・

夏に行ったとき、青蓮院の中で涼みながら庭を眺めていたことを思い出しました。ゆったりとした時間が流れる東山ですね。

>> キハ58さんへ

東山山麓には、錚々たる寺院が並んでますが、私も含めて意外と
行かないんですね。
「お宗旨がちがう。」とか、「門跡さんは格が高い。」とか
いろいろもっともらしい訳をいいますが、本当のところは、拝観料が
モッタイナイと思ってるからでしょうね(笑)
京都人は、昔から締まり屋ですからね。

北白川に勝軍地蔵があり、当時北白川在住の私は、そのため将軍塚との関連を想像し(実は何もないのだけれど)、勝手に親近感を抱いていました。

で、一度車で出かけたら(1983年頃)、あの辺りの山道、暴走族が跋扈していてビビりました。

もう三十年も前なのですね。あの暴走族の諸君も、いいおっさんになっていることでしょう。

こんにちは^^
出遅れコメでスミマセン
将軍塚は、京都が一望できますね
関西に住み始めてすぐ、京都在住の知人が
車で案内してくれました
そのあと、滋賀県との県境にあるドライブインから
琵琶湖を眺めたり。。。。。大変貴重な思いでです。

>> 笠井君へ

こんにちは。
北白川の勝軍地蔵と将軍塚は、たぶん関係ないんでしょうねぇ。

暴走族も、最近はあまり言わなくなりましたねぇ。
おとなしくなったのか? たまたま近くで走らなくなった
だけなのか?

>> くまモンママさんへ

こんにちは。こちらこそママさんの記事にコメントできなくて
すみませんです

将軍塚は、手軽に京都市内を展望できるので、京都が
はじめてのお客さんを連れて行くと喜ばれます。

そのあと、目に付いた名所にご案内します。

琵琶湖を眺められたのは、比叡山へ登る田ノ谷峠からで
しようか。ここからの景色も良いですねぇ。

また、京都にも遊びにおいでください。

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