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2012.10.09

【本】沢庵禅師逸話集 禅文化研究所編

みなさんは、沢庵禅師のことをご存知ですか?

Takuan_jenji実は、この本を読むまで、「たくあん漬を発明したお坊さん」くらいの認識しかありませんでした。失礼ながら、みなさんも、似たりよったりでしょう(笑)

沢庵禅師は、但馬国出石村(現兵庫県豊岡市出石町)に織田信長の天下取りの時代に生まれ、徳川家光の時代に江戸で亡くなりました。

地元のお寺で出家の後、京都の大徳寺や堺の南宋寺などで修行ののち、大徳寺の住職にまでなります。しかしわずか3日で辞し、堺に戻り、やがて地元出石の宗鏡寺に帰ります。

江戸時代になり、禁中並公家諸法度により、幕府の朝廷に対する締め付けが厳しくなります。そのため後水尾天皇が、幕府に許可を得ずに高僧に紫衣を与えたのを、幕府が咎め取り上げを命じた、いわゆる「紫衣事件」が起こります。

沢庵は、取り上げに反対し、幕府から睨まれて出羽国の上山(歌人の斎藤茂吉の故郷としても有名ですね)に流されます。

二代将軍徳川秀忠の死去に伴う恩赦で江戸へ戻りますが、その時、前に坂本の町を歩いた時に紹介した慈眼大師天海太僧正や剣豪柳生但馬守で知られる柳生宗矩が尽力しています。

宗矩は沢庵を師とあがめ、家光も、幕府にたて突いた沢庵に逆にいろいろと相談を持ちかけ、品川に東海寺を寄進されたりします。これを家光の懐柔策とそれに取り込まれたと見る意見もあります。

それでも、大徳寺や妙心寺の紫衣を取り返し、朝廷により住職の任命権も取り戻し、ひとりの跡継ぎも作らず73歳の生涯を閉じました。
*
Takuan_jenji2 この本は、禅師の波乱万丈の生涯を、著作や弟子が作った年譜、当時の書物などをもとにわかりやすく説明してくれます。

紫衣事件のあらましや、なぜ大根のぬか漬けが「たくあん」と呼ばれるようになったという有名な(?)エピソードをはじめとする逸話の数々が載っています。

これを読むと、沢庵和尚は、あのトンチの一休和尚に負けない(失礼)、学才豊かでユーモアにも富み剣道や馬術といった武道の心得もあったことがわかります。

決して抹香くさい、座禅の本ではありません。これからの秋の夜長に読んで損の無い一冊と思います。
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(次回は、秋の比叡山から坂本のハイキングの様子です)
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お帰りは、このバナーから「本館」へどうぞ。

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コメント

  日本史の教科書の沢庵がたくあんの発明者とは、知りませんでした。精進料理の一種として、考えたのでしょうか。沢庵との関係を知らないまま、出石も上山城も行きましたが、みんな関連しているのですね。禅宗の立場からは、また、違った日本史があるのでしょうね。

>> としちんさんへ

たくあん漬けを知らないひとはいないでしょうけれど、その語源が
沢庵和尚なるひとが作ったからと知るひとは少ないでしょうね。

出石は近いので行ったことがありますが、上山は電車で
通り過ぎただけです。関西から山形は遠いです。もう行く機会は
ないかも(^_^;)

こんにちは~(#^.^#)
沢庵禅師さまの事、たくあん漬けと聞いて
なんとなく聞き覚えがあるような・・・~(・・?))
程度で・・・スミマセン
でも、なかっちょさんの説明がとても分かりやすくて
興味深かったです〜d(^_^o)特に、たくあん漬けの由来が、
気になります~

>> mik さんへ

こんにちは。わたしも「沢庵さんが作ったからたくわん」
程度しか知らなかったんですよ。

なぜかたくわんでお茶漬け食べたあとでもないのに(笑)
この本が目について読んでみました。

たくわんの由来はネットでも出てますから調べて見て下さいね。

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