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2014.05.28

京の初夏の散歩 梅津から嵐山へ

24日に、嵐山駅の梅酒フェスタに行く前に、梅津から車折神社ふきんを散策しました。
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たまたま来たバスが、松尾橋経由だったので、「梅」つながりで梅宮大社にお参りしていくことにしました。

3月はじめの「梅まつり」のときに真っ白な花を咲かせていた梅の木も、いまは青々と葉を茂らせて,真ん丸の青梅を実らせています。

神社の方にうかがうと、「今年は実の出来がよくない」とのことです。実は丁寧に収獲されて梅干や梅酒に加工して、信者の方に頒布されるとのこと。
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いつもは、バスか車で直接、神社の駐車場へ乗りつけるのですが、今回はバスの中でスマホの地図アプリをみてコースを決めます。

最近は歩き慣れてきて(^^)、地図をみただけで昔ながらの旧街道を判別できるようになってきました。それでバスをひとつ手前の停留所で降りて、旧参道を神社に向います。

まっすぐに神社に行くときは気がつかなかった古い民家を発見
軒先になにか看板のようなものが見えます。
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昔(明治の頃?)の薬の看板でしょうか? 「六神丸」とか「奇応丸」などは、今でもありますね。
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梅津から嵯峨野へのみちは「千代の古道」と名づけられています。大覚寺から広沢池へいたる「千代の古道」は有名ですが、右京区に広く指定されてるみたいです。知りませんでした。

さつきの咲く生垣に、白壁の蔵。いい雰囲気です。ちかくの保育園の園児がはしゃぎながら通っていきました。
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すこし開けたところに出ました。このふきんは田んぼは少なくて、畑ばかりです。遠くに嵐山や鳥居形(曼荼羅山)、愛宕山が望めます。

畑の奥にある校舎は、嵯峨芸大でしょうか。
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三条通りに出たところに、斎宮神社がありました。

由緒書によれば、『この地は、初代の斎宮にして、伊勢神宮を創祀された倭姫命の別荘のあったところとされ、のちに里人が天照大神を勧請したと伝える。また、その昔、伊勢の斎宮に選ばれた皇女が伊勢に下る前に三年間潔斎した野宮のひとつ「有栖川禊所」の旧跡とも伝える』

とのことです。斎宮の野宮は、嵯峨野の野々宮神社が有名ですが、京洛の近郊に何ヵ所かあったんですね。

うっそうと茂る椋の木と千木を上げた神明造りのお社は、記紀神話の昔に連れて行ってくれそうです。勉強になりました

ここも何度も前を通っているはずなのに、今まで気がつかなかったとは不思議です。やはり、歩かないと見えてこないものは、たくさんあります。
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さっき見えていた嵯峨芸大に寄ってみることにします。
ギャラリーで、「中仙道を描く」というスケッチ展をやっていました。

作者の大西治雄さんは、この大学の講師です。
埼玉県浦和宿から滋賀県草津宿まで約470㎞を実際に踏破され、街道筋の表情や雰囲気を画面に定着できたらとの想いで描き重ねられたスケッチ92点が一堂に展示されています。

中山道は、木曾路などをのぞいて関西人にはあまり馴染みがなく、わたしも、宿場名を聞いただけでは、どの辺だとすぐにピンと来ないところもあります。

それでも、車社会のなかにポツンとのこった江戸の旧跡など、味わい深い画題が並んでいます。百点ちかい絵を順にみていくと、自分も江戸から京にむかって、中仙道を上り旅している気分になれました。
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これも大学の通学路で見つけたものですが、左は「愛宕灯籠」の火袋に、たぶん芸大の学生さんが自分の作品を置いてみた

右は、桂川の支流の西高瀬川の小さな橋ですが「蜻蛉尻橋(トンボジリバシ)の名前がユニーク!!
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車折神社前駅にもどって、嵐電を数枚撮影。

ここは、何度も撮りに来ているので季節柄、春バラと
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初夏の花壇とパト電を。この付近は柵が低いかまったく無くて、撮影しやすいので好きです。
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(次回は、叡電ネタです)
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お帰りは、このバナーから「本館」へどうぞ。

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コメント

おはようございます。

この界隈の風情は良い雰囲気を醸し出していますね。

昔の薬の看板ですが、「六神丸」と「奇応丸」という名前は、初めて聞きました。

最後の2枚の嵐電の写真は、ナイスですね。
自分は叡電もですが、嵐電も「ご無沙汰」しているので、来月以降にぜひ出かけてみたいと思いました。

動悸、息切れに広貫堂の六神丸と宣伝していまして、

富山の家庭には昔からある常備薬ですね。

うちの母親は、カバンの中に必ず持ち歩いておりました。

こんばんは。
花と電車を見ると、地元の人々の大切にされている様子がよくわかりますね。
え~でんも同じくですね。

>> 京阪快急3000さんへ

こんにちは。

六神丸や奇応丸をご存知ありませんか? 
どちらも、ちいさな丸薬で、SILVIAおじさんさんのコメントにありますように
富山とか奈良とかの置き薬で有名です。

わかりやすくいえば、「ラッパのマークの正露丸」のような薬ですよ。

>> SILVIAおじさんへ

こんにちは。

富山の広貫堂さんは、富山の置き薬で有名な薬屋さんですね。
「越中富山の反魂丹」と、よく母親や祖母から聞きました。

こどもの頃は、まだ売薬さんが回ってきて、おみやげにおもちゃを
もらったような記憶があります。

ふるい看板を見て、懐かしかったです。

>> ありんこさんへ

こんにちは。

嵐電の沿線や、叡電でも比較的はやくから都市化されたところは、
線路脇の柵に、布団をほしたり、ちょっとした鉢植えを置いたりと
まるで、自分の家の裏庭のように(笑)使っているところが
目に付きますね。

だんだんとマンションがふえたりして風情がなくなってきているのは
ちょっとさみしいですが、これも時代なんでしょう

こんばんは。ムシコ窓、いいですね。これは、関西でないと見られません。
板を垂直方向に配置した壁も、正に関西♪
京都の民家を見ていると、なんだか2時間サスペンスでも見ているような気になる東京人です(^_^;
中山道、長いから、地元に近い方でないとなかなか分かりませんね。私も岐阜県辺りの宿場は分かりません。
関ヶ原辺りから西は、東海道本線が沿っていますので、比較的分かります。

>> 老いて27000さんへ

こんにちは。

虫籠窓は、こちらでは街中でも郊外でも、どこでも見られるので
あまり気にしておりません(^^♪
縦羽目板もそんなに珍しいものだとは気がつかず(^^)

いちいち写していると、カメラのメモリーがいくらあっても足りないので
特に絵になりそうなお家のみ紹介しております

中山道(に限らないのかもしれませんが)、旧街道は戦略的な観点
からか、直線の最短コースをとらずに結構おお回りの迂回ルート
をとってるんですね。自分の足か、駕籠か馬の背くらいしか交通
手段がなかったころは、やはり旅は大変だったでしょうねぇ。

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