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2015.01.12

京の師走の散歩 赤山禅院の三十三観音と十六羅漢さま

赤山禅院に入ります。ここももみじは散り果てて、境内ではお正月の準備が始まっています。
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本堂の横に、三十三観音と十六羅漢さまの石像が並んでいます。11月に来た時に一体だけ撮らせてもらったのですが、今回はじっくりと写させていただきました。
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如意輪観音さま 半跏思惟のお姿です。
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十一面観音さま すっくとした立ち姿です。
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十一面千手観音さま 光背の千本(通常は左右20本ずつ40本に造る)の腕の細工がみごとです。
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阿弥陀三尊像 右手に観音さまが居られるのですが、隠れてしまいました(^^ゞ
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羅漢さまです。 非常にリアルな面相に作られています。今にもこちらを向いて、「おい! そこのカメラ向けてるやつ、うまく撮れよ。」と呼びかけられそうです。
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何も説明書きはありませんが、江戸時代頃に彫られたものでしょうか。硬い石でこれだけの彫像をつくれる当時の石工の腕の良さが感じられます。
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この羅漢さまのお顔なんか、近所にそっくりなおじいさんが歩いてそうですね

リアルなだけに、写真をとるのは非常に緊張しました。数枚とっただけで疲れてしまって、ギブアップ
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子供のときから何度もこの仏様を見慣れているのに、真剣に写真を撮らせてもらったのは初めてです。

それにしても、こんなに良いお顔をされてるとは気がつきませんでした。まあ、やっとそれがわかる年になれたのかもしれませんね(^^)
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早咲きのスイセン
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(続く) (次回は、上高野から岩倉へと歩きます)
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お帰りは、このバナーから「本館」へどうぞ。

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コメント

とっても安らかな気持ちになりました。
世の中の色々なコト、なにやってんだい!って言われちゃいそうですね。
パソコン画面を思わず拝んじゃいました!

石像を見て綺麗だと思うことは初めてです。
2枚目の写真はウットリするくらいです。

石仏さんの顔が怖いと思った子供の頃・・・
今は いいお顔に見えるから不思議
それだけ歳って事??

>> キハ58さんへ

こんばんは。

石仏さまは、風雨にさらされてお顔がわからないことが
多いのですが、良いお顔されてますねぇ。

江戸時代の作かと書きましたが、案外新しいのかも。


>> SILVIAおじさん へ

こんばんは。

たしかに二枚目の観音様は、良いお顔です。
いままで気がつかなかったのが不思議なくらいです。


>> 音姫さんへ

こんばんは。

最近は、仏像ガールといって、若い女の子の間でも
仏像を見て回るのが静かなブームなのだとか。

こんな時代ですから、宗教心とまではいかなくとも
こころのより所を見つけたいでしょうかねぇ

>なかっちょさんへ
こんばんは。

またまた、反響大きいですね~!
あらゆる人々を救い、
また、人々のあらゆる願いをかなえる観音様ですから。
時代を超えても思いは同じですね。
時代を作り、時代を変える力をひとりひとりが持っているのですが、
なかなかそんな簡単にできないのが現実ですので、
この様な羅漢様がたくさん日本中におられるのですね。
また、真剣にこの世の中を議論している様なリアルな羅漢様。
それを、リアルに写真に収められたなかっちょさん。
すごい!
江戸時代には無くて、
今の人々が持っているのは、
「選挙権」かな?

>> 播州太郎さんへ

こんばんは。

観音様に、羅漢さま、
きっと、昔の人の切実な思いが凝縮されているんでしょうね。

比叡山の麓や山中を歩くと、このような石仏さまが数多くにあります。
それが、いまでも目に付く限りは、一体たりとも粗末にされず
花やお水が供えてあります。

お経やお祈りのかかれた前かけをまとわれている仏様も多いです。

いままでは、信仰の対象である仏様をカメラで興味本位に写すのは
控えていたのですが、やっと仏様も納得してくださりそうな(笑)
写真が撮れるようになりましたので、今年からすこしずつ撮りためて
いこうかと思ってます。

羅漢さま、ほんとうにドキッとするようなリアルな表情と
いまにもおしゃべりをはじめそうな迫力ですね。

半跏思惟の如意輪観音さまが柔和で
なんだかとても癒されます。

見る側の気持ちや年齢で
同じものを見ても
違ってくるんですね。

>なかっちょさんへ
こんばんは。

そーですか。
一体一体大切に、
花が生けられているのですね。
時代を超えた人間の悲願、思いですよね。
それでは、中々レンズを向けることに抵抗あますよね。
というか、そう感じられているなかっちょさんをリスペクト!

観念にとらわれずに、
そういう、感性を大切に、
行動を起こす事こそが大切だと思います!
だから、あんな素敵に写真が撮れるんだ!

私も、感性を磨き、
素敵な写真が撮れる人間になりたい!


>> ホシノさんへ

こんにちは。

羅漢さま、リアルですねえ。
京都では、伏見の石峰寺の伊藤若冲が彫らせた五百羅漢さまが
有名ですが、こちらはかなりデフォルメされたユニークな姿を
されてます。

観音様は、やはり半跏思惟のお姿がお気に入りですか。
小首をかしげて、なにを考えておられるのでしょう。

>> 播州太郎さんへ

こんばんは。
お返事ありがとうございます。

最近は、仏像ブームとかいって、テレビや雑誌でも仏様を特集した番組や
記事を良く見ますね。

ただ仏像や神像を美術品や文化財、ひどいのになるとフィギュアの一種
として捉えて、美しいとかきれいとか、カッコいいとか、表現している場合がありますね。

まあ、ひとによって受け取り方はまちまちでしょうし、それで広い意味での宗教
の裾野が広がれば良いとは思いますが、
わたしは、あくまで信仰の対象として拝んでますし、神様仏様からお許しを得られた
と感じたときだけ、撮影するように心がけてます。

撮影禁止のお堂の中で、隠し撮りするなどは、もってのほかと思ってます

と、偉そうなことを書いてますが、どうしてもカメラを持つと、素敵に撮りたいという
欲求を抑えるのに、苦労しますね(笑)

最近とくに、鉄道カメラマンの非常識な行動が批判にさらされているところですから
自重したいものです。

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