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2015.06.22

伏見桃山城の遺構の発掘現場を見学してきました

20日の土曜日に、豊臣秀吉の伏見桃山城の遺構の発掘現場を見学してきました。
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会場は、京阪伏見桃山、近鉄桃山御陵前、JR桃山駅から歩いて数分の団地の一角、古い建物を取り壊してマンションを建てるための文化財調査で発見されました。
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この遺構は、豊臣秀吉が隠居屋敷として建設した「指月城」の跡ではないかと推定されています。

今は家が建て込んでいますが、当時は桃山丘陵の南面になり目前に宇治川、その後ろに巨椋池さらに山城盆地から生駒山地を望む景勝地だったです。

しかし竣工後、わずか3年で地震で城下町もろとも倒壊し、1年後に、新しい伏見城(木幡城)へ立て替えられ破却されました。
木幡城は、のちに伏見城の戦いで落城炎上します。

説明によれば、石垣は自然石をつかい穴太積みの工法で構築されており、堀は石垣をつまず素彫りのままなのだそうです。
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石垣と堀のあいだの犬走といわれる空間が狭いのも特徴だとか。

石組みは、下層の1・2段のみ残っていますが、もとは3段以上に積み上げられていたと考えられています。
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花崗岩や堆積岩など、京都近郊の山で普通にみられる岩石を使っています。大阪城のように遠くから巨石を運んではこなかったようです。
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出土した瓦などです。金箔を押したり、菊紋や桐紋の模様をつけたりと、天下人の屋敷らしい豪華な造りです。

おそらく、地震で壊れた瓦礫を堀に埋めたと推定されています。木幡城が落城炎上して、火をかぶった遺品が多いのに対して、こちらはそのような形跡はないとのことです。
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伏見城というと、鳥居本忠の伏見城戦いの血天井とか、この建物は伏見城の遺構だとかの話をよく聞きますが、それは木幡城のことで、その前に地震でつぶれた指月城が別の場所にあったのは実は知りませんでした。

400年の時を経てふたたび現れた指月城、歴史のロマンは尽きないものだと、つくづく感心して会場を後にしました。

写真は、復元された桃山城。現在は立入禁止になってます。
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(次回は、叡電ネタにもどります)
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お帰りは、このバナーから「本館」へどうぞ。

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コメント

復元された桃山城が懐かしいです。昔、初デートで天守閣に登りました
立入禁止になっているのは運営会社の倒産ですか。それとも耐震不足かな。
遊園地も運営していないのでしょうか。

指月城なんて、初耳です。

鳥居元忠はかっけーですが、天保の改革のイヌ・鳥居耀蔵はカッコ悪い。
でもこの二人、実は先祖と子孫なんですよね。

>> SILVIAおじさん へ

おはようございます。

おぉ桃山城は、なつかしい青春の想い出 の場所だったのですね。

10年以上前に観客の減少で近鉄が遊園地を止めて、お城も含めて京都市に
譲渡されたのですが、お城の建物はおっしゃるように耐震強度不足で立入禁止
になってます。

地元では、再整備を求めていますが、なかなか財政難のようで

>> 笠井君へ

おはようございます。

伏見桃山城が、2回にわけて建設されてたなんてよほどの歴史好きじゃ
ないと、知らないですよね(笑)

鳥居耀蔵は、鳥居元忠の子孫なんですか、これも知らなかったなぁ(^^)

歴女というほどではないけれど、
歴史好きなので、これはかなり興味津々です。
こうした見学ができるなんて貴重な体験ですね。

>> ホシノさんへ

こんにちは。

京都は、遺跡の上に建ってる街(笑) ですので、ちょっと地面を掘り返す
だけで、ゴロゴロと遺跡がでてきます。

たいていは、食器や瓦などのゴミですが、タマには貴重品もでてくるようです。
古井戸の底などから見つかることが多いのは、火災や戦乱のときに貴重品を
放りこんで、結局引上げらずに土に埋まってしまったんでしょうね。

東京でも再開発工事の時に、発掘されることがありますが、奈良-京都-大阪のように歴史とすぐに直結できるまでのものは、見たことが無いです。
ロマン感じますね!
なかっちょさんは、考古学の会かなにかにお入りになられているのですか?

>> キハ58さんへ

こんばんは。

関西は、日本の中枢になっていた期間が長いだけに、歴史も積み重なって
いるんでしょうね。

特にサークルに入っているわけではありません。ただ好きなだけですハイ(^.^)

現地説明会に行かれたんですね。
最近頻繁に通るので、観月橋駅から桃山南口駅にかけての小高い丘の上が城であったらしいことはネットで調べたりして知っていたのですが、やっぱり掘れば出てくるんですね。
それにしても建設業の秀吉さんはすごい。
宇治川の流れを変えてしまったり、地震にもめげず、すぐに新しい城を作ったり、御土居で街を囲ってしまったり、よくまあ短期間にそれだけのことができたもんです。

伏見桃山城は、バスでの校外学習で桃山城と醍醐の迷路を組み合わせて企画し、迷路会場にあった京都市電の前で集合写真を撮りました。30年くらい前のことです。

>> ヤマさんへ

こんにちは。

桃山丘陵の南面に初代の伏見城があったことは、文献では知られているのですが
物証が無くて、研究者の間では存在を疑う人もあったそうですが、これで実在が
ほぼ確定できたようです。

たしかに、秀吉さんの晩年の土建業大好きは、田中角栄元総理を思い出させ
ますね。というか今太閤と呼ばれた角さんが、秀吉のまね(笑)をしたんですけどね。

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