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2018.05.12

「池大雅展」 in 京都国立博物館

5月4日は、午前中に野崎参りを終えて、午後から京都国立博物館で開催の「池大雅展」を鑑賞しました。
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池大雅(いけのたいが)は、江戸時代中期に京都を中心に活躍した文人画家、書家です。

代表作は、国宝の「楼閣山水図屏風」や、国宝の「十便十宜図」(上の写真)などがあります。

副題に-天衣無縫の旅の画家-とあるように、金銭や世間体にはあまりこだわらず、我が道を行くという生活態度だったようです。そのため当時のひとからはかなり変人とみられたようで(笑)、いろいろなエピソードが残されています。

詳しくは、新聞のコラムですが「池玉瀾 大雅亡き後に求めた独自性」が参考になります。
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO84585890Z10C15A3TY5000

また文人画をというジャンルのためか、近代に入ってからはあまり脚光を浴びず、同時代の画家では、十宜図を共作し俳人として有名な与謝蕪村や華やかな花鳥図を残した伊藤若冲に比べて知名度が低いように感じます。

実際、GWの午後にもかかわらず観客はほどほど で、じっくりゆっくり鑑賞できるのは有難いですが、特別展としてはちょっとさみしい入場者数でしたね
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201805kyoto20 会場をでて、池大雅夫妻の草案のあった祇園真葛が原(今の円山公園の音楽堂付近)にきてみました。いまは「大雅堂旧跡」と彫られた石碑が残っているだけです。

大雅の妻、玉瀾(ぎょくらん)の旧姓は徳山といい、母親は徳山町(ときのやま まち)というひとです。

作家の池波正太郎は長編小説「おとこの秘図」の中で、徳山という苗字から、火付盗賊改方徳山五兵衛秀栄(とくのやま・ごへい・ひでいえ)が若いころ江戸を出奔して京の町に流れ着き、祇園社で町と知り合って、生まれたのが玉瀾と書いています。

小説ですから事の真偽はわかりませんが(^-^)、管理人は学生時代(昭和53年初版・新潮社)にこの小説を読んで、池波正太郎と池大雅のファンになりました(^^♪
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円山公園一帯は、京都観光のメッカのひとつですが、大雅堂跡の石碑は、音楽堂の生垣に半ば隠れて目につきにくく、ねねの道を行く観光客の目に留まることはほとんど無いようです。

たまに江戸の文学や美術や歴史に興味があるひとが当時を偲べる西行堂の茅葺屋根とともに当時に思いをはせるだけです。
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小雨のぱらつく円山公園もGWとは思えない静けさでした。

この展示をきっかけに大雅の人気が上昇することを期待したいですね
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(次回は、下鴨神社の御蔭祭です)
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お帰りは、このバナーから「本館」へどうぞ。

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