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2018.06.28

石仏と剣豪の里、柳生街道を歩く(その2、剣豪の里)

6月22日は、振休がとれたので前から行きたかった柳生街道を歩いてきました。
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笠置から峠を越えて、柳生の集落に入ってきました。

まず目についたのが、お城のような民家。遠目には旅館か料亭のように見えましたが、普通の民家のようです(^-^)

もしかして、柳生藩の重臣の子孫のお家だったりして(^^;
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十兵衛杉です。

「柳生十兵衛が諸国漫遊に旅立つ時、植えていった」と伝えられています。50年ほどまえに落雷をうけ枯れてますが、いまなお剣豪の凛々しさを彷彿させますね。
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柳生藩家老屋敷です。村を見下ろす高台にあります。残念ながら非公開です。

白壁にアジサイが似合います。
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柳生家の菩提寺の芳徳寺。こちらも山の中腹にあって、家老屋敷から一旦、バス道路に降りて、また登ってお参りします。

さすがに剣豪の里だけあって、観光コースも起伏があって足腰に自信がないと大変です(^^;
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柳生藩歴代の墓所。

柳生但馬守宗矩やその子、十兵衛三厳が眠っておられます。
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芳徳寺の近くには、「剣豪で名高い柳生石舟斎宗厳が天狗と試合中に一刀両断に断ち切った」と伝えられる「一刀石」があります。
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この付近は、巨石が林立し、天石立神社としてあがめられています。

「神話時代、手力男命が天岩戸を開いた時にその扉石が当地に飛来したもの」との言い伝えもあります。
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柳生の里の見どころはほぼ回ったので、また峠を越えて円成寺に向けて歩きだします。

峠の登り口に疱瘡地蔵があります。1319年(元応元年)の銘があります。ちょうど700年前、鎌倉時代末期の作ですね。
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お地蔵様の彫られた岩の横手にも何体かの仏さまが彫られています。
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道が急坂になっているところは、有名な石畳が敷かれています。人馬の通行を楽にするために、江戸時代に敷かれたとも、それ以前から敷かれているともいわれます。

それにしても、このような山道に石畳を敷くには大変な労力がかかったことでしょう。

個人的な感想ですが、雨あがりの石畳は濡れて滑りやすく、ズック靴では歩きにくいです。昔はわらじ履きなので、石畳は足に馴染んだんでしょうか? 現代人には土道のほうがありがたいです
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昼食休憩させてもらった、夜支布山口神社。この付近の村の鎮守さまです。
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休憩後は、また円成寺に向けて最後の峠を上ります。
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(続く) (次回は、円成寺から滝坂道を奈良市内へ下ります)
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お帰りは、このバナーから「本館」へどうぞ。

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コメント

こんにちは
今日は幾分気温も下がって、風もあります
一刀石、
石を一刀両断に、を想像して何だかドキドキしました
最後の紫陽花は白いクローバーがアジサイについているように見えます
絵に描けそうで可愛いです(*'ω'*)

>> na nori さんへ

こんにちは。

雨が降ったり止んだりで、蒸し暑い日が続きますね。
「一刀石」 みごとに真っ二つに割れてます。とても人間業とは
おもえないので、天狗の仕業かもね(^^ゞ

最後のアジサイは、柳生から奈良に向かう最初の峠道で写しました。
まだ絵になる構図をさがせる余裕がありました

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