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2018.09.05

旧東海道を山科から小関越えで大津へ(前編)

9月2日は、また涼しくなって秋を感じたので(^^) 旧東海道を三条大橋から大津宿までウォーキングしてきました。
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コースは、三条から四宮までは旧東海道をの本道を、四宮から大津までは脇道の小関越を歩きます。(逢坂山越えはもろに国道の排ガスを浴びるので(^^;
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三条から山科までは、何度も歩いてるブログの紹介は、Pass

琵琶湖疏水の終点の蹴上の疏水記念館の「楽百年之夢」の扁額だけあげときます。
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京阪山科駅では、だんだん少なくなってきた旧塗装の800系を記録。
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山科(四宮)地蔵さんです。8月22・23日の六地蔵巡りでは賑わったことでしょう。
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左手の手水舎のアップ。 井戸に掘られた〇通マークが気になりますね(^^)/
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京阪四宮駅まで東海道本道とわかれて、JRの下をくぐり抜けて疏水脇の道を行きます。

しばらく歩くと有名な逢坂山・長等山トンネル出口の名撮影地にでます。
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追分駅からの道と合流して、この付近から滋賀県大津市になります。

「小関越・三井寺 7Km」とありますが、実際は3Kmかせいぜい4Km程度? 誤記では(^^;
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峠道の入り口です。
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しばらく歩くと、こんなドームのようなものが。
「疏水第一立坑」です。

疏水のトンネルを造るとき、ここから地下に竪坑を掘り、底からも大津側と山科側に掘り進んで、工期短縮を図りました。
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路面は簡易舗装されて歩きやすいです。ハイカーやサイクリストとすれ違います。
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15分ほどで峠に着きました。山科駅からも寄り道をいれても1時間弱です(^^♪

立派な地蔵堂が立ってます。道路を改修したときに掘り出されたお地蔵様を地元のひとがお祀りしてお堂を立てたのだとか。

この先の道中安全をお願いして下ります。
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(後半に続く)
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お帰りは、このバナーから「本館」へどうぞ。

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コメント

こんにちは
たまに閲覧させて頂いていたのですが
叔父の事があり、来る事が出来ずごめんなさい。

残暑のご挨拶になってしまいました
この台風の影響はなかっちょさんの所では、大丈夫でしたでしょうか
こちらは教室3階のバルコニーのガラスにカーポートの天井が飛んできて
被害に…ですが、人災はなかったので幸いです
今日は北海道で大きな地震がありました
今年の日本は被害続きで、怖いですね

それでも頑張らねばデスね
教室も続けていくつもりで頑張ります(#^^#)

昔、鈴ヶ森刑場跡から始めて、第一京浜脇の旧東海道を歩いたことがあります。
刑場が近いからか、品川寺をはじめ、近辺には多くのお寺がありました。
史跡旧東海道は、住宅地を通る普通の細い道でした。

江戸が始点で京都が終点の東海道。
小六の頃、切手収集が流行りましたね。
広重の切手も人気でした。

因みに、品川寺は地元では「ホンセンジ」とはいわず「ボンセンジ」と言うようです。
なんか、われわれが「シュガクイン」を「シュウガクイン」、「ミドロガイケ」を「ミゾロガイケ」と呼ぶのと似ています。
そういえば、現在八十代後半の江戸っ子の先生が「木挽町はコッピキチョウ」と教えてくれました。

国土地理院は、地元での呼び名を優先すべきですね。

>> na nori さんへ

こんにちは。
お返事がおそくなりました。すみません。

台風に地震と自然災害が続きますね。うちは幸い被害はありません
でした。そちらは、教室のガラスの破損とは大変ですね。パソコンが水濡れすると
やっかいですから。

バタバタしているうちに、だんだんと秋の気配も感じられるようになってきました。
もう少し涼しくなったら、本格的にウォーキング再開です(^^)

>> 笠井君へ

こんにちは。
台風で仕事が立て込んで、ばたばたして返事が遅れてすみません。

旧東海道は、東京勤務の時に、品川駅から大森駅くらいを歩いたことが
あります。まだ昭和の頃(笑)ですから、いま以上に宿場町の面影が
残っていかのかもしれませんが、当時は歴史とかにあまり興味がなくて
ただ、ぶらぶら歩いてただけです。

住居表示で、昔からの由緒ある地名が失われたところが多いです。
いまさら元に戻すのは無理でしょうけど、せめて旧地名の由来などを
しっかり残して欲しいですね。

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