2011.01.26

京都検定2級合格(^o^)

昨年暮れに受験した「京都検定2級」の合格発表がありまして、無事に合格できました。100問100点満点で、88点です。

受かったからいうのも何ですが、今年の問題は各級とも易しかったです。2級の合格率は63.1%、平均点は72.9%です。ちなみに1級は17.9%、3級は66.1%と、いづれも過去最高の合格率です。

3月末までのところが多いですが、合格者特典で入場無料になったり割引してくれたりする施設があります。受験料を少しでも取り戻すために(笑) ぼちぼち行って見ましょうか。
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2010.12.12

祝!! 6周年(^O^) &京都検定 & HP更新のご案内

おかげさまで、このブログも満6周年を迎えることができました。
読者のみなさまのおかげと感謝しております。<m(__)m>

さて、今日は京都検定の2級を受験してきました。なかなか歯ごたえのある(笑)問題ばかりで、みなさん頭を悩まされている様子でした。

恒例の鉄道沿線巡り(^^♪ は、昨年の叡電に続いて、今年百周年を迎えた嵐電が取り上げられてます。等持院、龍安寺、妙心寺、御室仁和寺、車折神社、鹿王院に関する問題が出てます。鳴滝の桜のライトアップも宣伝されてます(^_^;)

そのほか、宇治地区の名所旧跡が集中問題で最後に出たのはでした。
今年の葵祭りの禊神事は上賀茂神社か下鴨神社のどっちであったか?なんていう際物もでました。(正解は上賀茂)

個人的には、「何とかクリアー出来たかな・・・・・?」
と、いった手ごたえでした。(100問中70問正解で格です。

発表は、来年一月末とまだ先なので、気がかりな年末年始を過ごすことなりそうです(笑)

またまた、話は変わりまして、恒例の「京洛のもみじ2010」を我楽多館にアップいたしました。
今年は、「数年ぶり!」とも云われる良い紅葉が見られ、京都市内も郊外も紅葉の名所は、ひとでいっぱいでした。

6周年にあわせて、ひさしぶりに「懐かし系」のページの新作を冬休みに公開したいなぁ。と、思っております。

これからもご愛読のほどよろしくお願いします。
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京都検定の試験場に向かう途中で見つけた、旧京都市電下鴨線の架線柱。
この付近には、旧京電の出町停留所がありました。
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こちらは、試験問題に出た映画の父「牧野省三監督」の銅像です。試験場の立命館大学の隣の等持院の境内にあります。
嵐電の問題の答え合わせに寄りましたが、「正解」でほっとしました。
等持院を創建したのはだれか?→足利尊氏
等持院に銅像が立っている映画の父と呼ばれるひとは誰か?→マキノ省三
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2010.11.15

【本】謎解き 洛中洛外図 黒田日出男著

今晩は、かなり冷え込んでます。
風邪などひかないように、暖かくして早く寝ましょう(^^ゞ

さて、みなさんは、洛中洛外図屏風をご覧になったことがありますでしょうか。室町末期から江戸初期にかけて、当時の「京のみやこ」の名所・旧跡をちりばめ、そこに暮らす何百人もの人物を描き分けた、京都観光案内図のご先祖さまのような屏風です。

Rakuchu_rakurai 現在も70点程度が伝わっているそうですが、特に有名なのが「国宝 上杉本 洛中洛外図屏風」です。この屏風は、狩野永徳が描き、織田信長が上杉謙信に送ったと伝えられており、代々の米沢上杉家に秘蔵され、現在は米沢市上杉博物館に所蔵されています。

この本は、この上杉本洛中洛外図の成り立ちの謎を解き明かしたものです。はたして先に書いた伝説は本当か否か?

筆者は、まず、洛中洛外図の「謎」とは何かをわかりやすく説明され、そのあとで、謎を検証するにはどのような方法があるかを読者に示しておられます。
さらに先学の研究成果の概略を紹介し、それにたいする検証と批判を述べられています。

いよいよ、先学の成果をもとに第一の仮説をまとめられ、それを立証する資料を探されます。しかし、なかなか思うような資料に出会わない。疑問と再検討を繰り返されます。

そして「決定的な資料」を発見し、ついに「謎」を解明し、「結論」を導き出されれます。
本の題名から見て、その答えをここに書くのは遠慮しておきますが、興味のある方は一度、手にとって読んで見られることをお勧めします。
 
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2010.10.16

永観堂から南禅寺付近を散策してきました。

今日は、朝から絶好の散歩日和だったので、京都検定の実地研修(笑)に東山を散策してきました。

銀閣寺道までバスで行って、銀閣寺の特別公開を拝見しようとすると「15、16日は特別拝観はお休み」の張り紙が・・・・・ガッカリです(^^ゞ

気を取り直して、哲学の道をぶらぶら歩いていくと、ほどなく若王子(にゃくおうじ)神社の遊歩道の終点まで来ました。いつもはここからすぐ永観堂の方へ向かうのですが、初めて若王子神社に参ってみました。

Eikando2010_01 このお社も、「後白河法皇が紀州の熊野大社を勧請して作った京都三熊野神社は、(熊野若王子神社)と(聖護院の熊野神社)と(今熊野の新熊野神社)である。」としてよく出題されています。

本殿の裏山には、滝宮があって水垢離の修行場もあると聞いたので少し登ってみました。途中には「いのししが出るので注意!」などと書かれています。しばらく上ると水量は少ないですが、水垢離場がありました。お不動さまが二童子を従えて滝を睨んでおられます。

若王子神社をでて、永観堂に向かいます。ここはうちが檀家のお寺の本山に当たるお寺です。今年は、中興の祖永観律師の900年忌、来年は宗祖法然上人の800年忌とお寺や宗派の大きな節目に当たっているので、本山もお堂を改修したり、お庭を整備したりと大忙しのようです。

まだ、もみじの最盛期にはすこし間があるので、お庭では庭師の方が大勢で庭木の剪定や掃除をされてます。広大な境内ですから作業も大変なようです。

Eikando2010_03_2 お堂を巡って、仏様を拝んだり、襖絵を拝見したりしながらだんだんと上に上っていくと、阿弥陀堂にでます。ここは有名な「見返り阿弥陀さま」がおまつりしてあります。首を左に向けてうしろを振り返られたお姿はユニークであり、遅れて付いて来る者(我ら凡人)を思いやる仏様の慈悲の心を体現したものと云われています。

堂内は、綺麗に修繕されて、仏様はもちろん、お厨子も天蓋も金ぴかで、柱や梁は極彩色に塗り替えられ、まさにこの世の極楽浄土といった趣です。

今は、お堂の外部の整備が進められており、足場を組んで外柱に手書きで模様や飛天や鳥や動物が遊ぶ様子などが丹念に彩色されているのをじかで見ることが出来ました。このような文化財修復の現場はなかなかなまで見ることは少ないので貴重な体験でした。

Konchiin2010_01 明治の財閥や元勲の別荘のお屋敷の立ち並ぶ一角を抜けて、南禅寺の境内に入ります。塔頭の金地院の前に来ると、ちょうど「猿猴捉月図」の襖絵を公開中とあったので拝見させてもらうことにしました。
金地院といえば、歴史の教科書に、「徳川家康のブレーンで天海僧正とともに黒衣の宰相と恐れられた。」と書かれる以心崇伝禅師のお寺として有名ですが、じつはここも今まで一度もお参りしたことがありませんでした。

禅寺ですから、見た目は質素なのですが、境内に足を踏み入れて、まずは小堀遠州作の鶴亀の庭の壮大さに驚かされます。白砂と借景の東山の緑とコントラストが鮮やかです。方丈には、快慶作の本尊の地蔵菩薩、襖絵は狩野探幽、尚信兄弟の筆で飾られています。

方丈の奥に入ると、小堀遠州作の茶室、八窓席があります。この茶室の控えの間に長谷川等伯筆の「猿猴捉月図」はありました。「手長猿が池に写った月を捉まえようと手を伸ばしている。」という、なんと言うことも無いテーマの絵なのですが、深い禅の教え(一般には、身のほどをわきまえず、能力以上の事を試みて失敗することのたとえ)を表しているのだそうです。

Eikando2010_05 お茶席を拝見していると、ちょうど光の具合で障子が虹色に輝く「虹窓」になっていました。和風のステンドグラスといった趣きですが、昔の人はよく考えたものだと感心しました。

他にも、これでもか、これでもか!と、書ききれないくらいの文化財を拝見して、最後は東照宮の土佐光起の三十六歌仙絵でノックアウト(笑)されて、出てきました。

最初は、この後、山縣有朋の無鄰菴も見て回ろうと思ってましたが、院政期から鎌倉・室町・江戸初期の名品を見た後、明治維新を見ては目が回りそうなので(^^ゞ 地下鉄蹴上駅からそうそうに、帰って来ました。

いやはや、東山文化は恐るべしです(^^)
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早くもホンノリと色付いた永観堂のお庭
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やったぁ!! トップナンバーだぁ!!!
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実物は、もっと奥深いです。
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2010.10.07

相国寺から出町の寺町を散歩してきました。

10月に入りまして、いよいよ「京都検定」の申し込みが始まりました。私も2級に応募しまして、今日受験料を振り込んできました。もう後には引けません(笑)

ここで、問題です。
本能寺で、明智光秀に奇襲されて果てた織田信長のお墓のあるお寺はどこでしょう?
1.金戒光明寺
2.清浄華院
3.阿弥陀寺
4.瑞泉寺

答えは、今日の散歩を読んでいただくと最後に出てきます(笑)
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Syokokuji2010_01数日前の新聞で「相国寺で円山応挙の七難七福図全三巻が全幅展示される。
との記事を読みまして、日曜日に鑑賞に行ってきました。

有名な絵師の展示会なので、混んでいるかもしれないと思い、10時の開場とともにいったのですが、待っているのは数人だけ。
まずは、法堂に入って、お釈迦さまに「京都検定突破!」をお願いしてから、大きな拍手をして、天井の鳴き龍を思いっきり鳴かしてきました。

Syokokuji2010_02 夢想疎石をまつる開山塔のお庭は、ちょうど秋の七草の藤袴が満開でした。白砂の枯山水の庭と、背景のまだ緑のもみじがマッチしています。これから仕事の忙しくなる時期なので、お庭を見て、リラックスできました。

美術館もほぼ貸切状態、今までも何度もきてますが、すこしは勉強してから、寺宝を拝見すると、むずかしい禅の教えも、ほんの少しは(笑)理解できます。
特に、夢窓疎石の頂相(肖像画)に自賛した言葉は、なかなかウイットに富んで面白かったです。室町時代初期の高僧が一気に身近になりました。

他にも、足利三代将軍義満公の木像や自筆書状、周文の十牛図など、歴史の教科書にでてくる文化財がごろごろ(失礼)してます。

Syokokuji2010_04 第2展示室に回って、いよいよ七難七福図を拝見します。
最初は、「七福図」です。満面の笑顔をたたえた人々の幸せそうな様子が画面に溢れてします。見てるほうも、Happy!な気分になれます(^^)v

続いて、「七難図(人災)」です。
強盗、山賊、一家心中、切腹、処刑の様子と、真っ赤な絵の具が踊ります。
「七福図(天災)」は、
火事、地震、水害、暴風雨と人知の及ばない自然の猛威を描き出しています。

4年もかけて制作されただけあって、三巻とも、非常にリアルで、今の劇画のように細密に描かれています。初めて見ましたが下書きのデッサンの巻物も一緒に展示されています。おそらく、何度もスケッチし、構想をねって描き上げたのでしょう。
見るものを圧倒させてくれます。
他にも応挙の作品が数点展示されています。まだの方は、一度ご覧になられることをお薦めします。

お寺を出て、出町へ戻ります。すこし暗くなって小雨もぱらついてきましたが、本降りには間がありそうなので、寺町を散歩します。この通りは、秀吉の京都改造で御土居が作られ、そのすぐ内側にお寺を集めたのがはじまりだそうで、北は鞍馬口通りから南は五条通りまで、寺院や神社が並んでいます。

Syokokuji2010_05 最初の問題の答えの「3-阿弥陀寺」もこの出町寺町の一角にあります。私は、信長の墓は本能寺に(変時は四条油小路付近にあって、数年後に秀吉の命で寺町御池に移転)にあるとばかり思ってまして(^^ゞ、消去法で4番を選ぶとブーでした。

回答の解説文を読むと、当時の阿弥陀寺は、大宮上立売(西陣のど真ん中)にあったそうですが、やはり秀吉の命で、寺町今出川上ルの現在地に移転したのだそうです。

残念ながら、信長公をはじめ織田家の家臣たちのお墓は改葬中なのか見つけることが出来ませんでした。また墓地の整地が終わった頃に出向きたいと思います。

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(左)阿弥陀寺の南隣の「十念寺」のキリスト教会(?)のような現代建築の本堂。異彩を放ってます。
(右)その2軒南隣の「本満寺」境内の変わった形の燈籠群。このお寺はサクラの隠れた名所のひとつだそうですが、今はどのお寺も萩と桔梗が満開です。
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2010.09.26

西陣を散策してきました。

急に、涼しくなってきましたね。
昨日から、部屋着も長袖、長ズボンに衣替えです。

さて、西陣で「西陣美の辻」というイベントが開かれて、その中で普段は予約制の写真家水野克比古先生の町家写真館が一般公開されるので、見に行ってきました。

201009_nishijin01 まずは、堀川一条の晴明神社へ、最近はパワースポットとして喧伝されているだけあって、若い人を中心に大勢のお参りで賑わっています。わたしもスポットで「気」を頂いてきました。

神社から一歩でると、まわりは静かな京町家が続きます。さすがに西陣織の本場だけあって、ウィンドウにみごとな織物や衣装をならべたお店も目に付きます。そんな町家の一軒に、水野先生の事務所兼アトリエがあります。もし看板が出てなければ見落として通り過ぎてしまいそうな普通の民家です。

入って、写真集やポスターで見覚えのある絵のパネルを拝見させていただきました。やはりおおきなパネルでみると迫力が違います。プロの構図とかシャッターチャンスのつかみ方を、勉強させてもらいました。

201009_nishijin02 なつかしい、箪笥階段を上がったお二階には、お嬢さまの水野歌夕さんの「京の路地風景」のパネルが展示してあります。女流カメラマンならではの繊細な絵が古い町家に似合ってます。向かいの分室は、水野秀比古氏のギャラリーになっていて、こちらにも京都の四季の風景の傑作が並んでいます。ご本人も、編集者の方と打ち合わせ中でした。

帰り際に、写真集(ご本人のサイン入り)を見ていると、水野先生ご自身がやってこられました。まあ、お向かいにご自宅があるのですから当たり前ですが(笑)
挨拶だけはさせていだきましたが、プロの写真家を前にすると上がってしまって(^^ゞ、「私も写真をやってます。」とは、言い出せませんでした。←(シャイですねぇ)

次の一般公開の日には、先生が取材でお留守の時間帯を狙っていきましょう(笑)
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2010.09.24

【古典】きのふはけふのものかたり 武藤禎夫訳

「京都検定」参考書シリーズの2冊目です。

Kinou_wa_kyou_no 江戸初期に成立したとされる小噺集「きのふはけふのものかたり(昨日は今日の物語)」を紹介します。

今の落語の小噺の元祖のような本ですから、面白くない訳がありません。書かれている内容は昔話ですが、そのエッセンスは、狂言から川柳、狂歌、落語、と続き、今のお笑いネタから四コマ漫画へと受け継がれ、今も十分通用します。
教訓的な話、たわいもない馬鹿話、そしてちょっとHな艶笑噺と続きます。

ひとつの話は、数行からせいぜい1ページ以内の小噺ですが、上下巻合わせて、150話、それに丁寧に、現代語訳と注釈、さらに類似の物語や川柳などが載せられているので、なかなか読み進みません(^^ゞ

同じような話が延々と続くのですが、そのつど笑ってしまいます。

(小噺その一)
むかし天下を治め給ふ人の御内に、傍若なる者どもあつて、禁中へ参、「陣にとらう」といひて、槍の石突をもつて御門をたゝく。

御局たち出あひ給ひて、「是は内裏様とて、下々のたやすく参るところにてはないぞ。はやはや何方へも参れ」と仰せければ、

「此家を陣にとらせぬといふ理屈のあらば、亭主罷り出て、きつと断を申せ」といふた。

(現代語訳)
昔、足利将軍の家来に、むちゃな連中がおって、あろうことか天皇様の御所へ「陣地を作らせてくれ。」と言って、槍のカバーで、門を叩いた。
あわてて、女官が出てきて、「ここは皇居といって下々の者の来るところではない、そうそうに立ち去りなさい。」と説教された。
それを聞いて、「ここへ陣地を作らせないと言うなら、主人(天皇様を指す)が出できて断りを述べるのが筋ではないか(恕)」と、怒鳴ったということである(^^)v

(小噺その二)
ある比丘尼、寄合ひて、色々の物がたりをしてあそばれたる所へ、わやくなる者行て、戸の節穴より、わたくし物を、いかにも見事にしたてゝ、によつと出す。

主の比丘尼是を見つめて、「やれやれ、こゝへ何やら知らぬ、蟲めが出た。そこな金火箸を、焼いておこさい。取りて捨てふ」といふ。

金火箸のくる音を聞て、かの物をひきければ、比丘尼うろたへて、「今までこゝにあつた摩羅がない」といはれた。

(18禁につき、現代語訳は遠慮いたしておきます(^^ゞ)

いかがですか?面白いでしょう。
えっ、面白い詰まらんの前に、古文が読めない。

それは、失礼しました<m(__)m>
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2010.09.19

【本】京都故事物語 奈良本辰也編

Kyoto_koji_monogatari 前に書きましたように、「京都検定」の2級合格をめざして勉強しております(^^ゞ
参考書を読むと、いろいろと参考文献が挙げられてまして、知識補充のため、いろいろと図書館で借り出したり、古本屋を漁ったりして読んでいるところです。

その中で真っ先に手配したのがこの本です。奈良本辰也先生が編集された、京都歴史本の古典です。昭和42年に初版がでて以来、昭和55年に新版、平成になってからも文庫版と読み続けられています。

さすがに40年も前に書かれた本なので、当時の街中の様子の描写などは古く感じますが、もともと平安から戦前くらいまでの京都の歴史を通観したコラムの集大成ですので、執筆当時の社会情勢(学園紛争の真っ只中でした。先生は、この騒ぎに巻き込まれて立命館大学教授を辞任されました。)などはあまり関係ありませんが(笑)。

京の町家からはじまって、京の味、京女・京言葉、装い、年中行事、水と道などのテーマで150項目以上のコラムが続きます。

知っていること、知らないこと、もっと知りたいことがいっぱいあって、その都度、ネットで調べたり、手元の資料を探ったり、ヒマな時は実地調査と称して散歩に出かけたりしています。

それにしても、京都の文化は奥が深いですね。勉強しても勉強しても、次々とわからない問題が出てきます。
はたして、12月の試験までに、暗記しきれるでしょうか???
不安になっています(^^ゞ
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